1189年7月 セレブ
平安京
奥州を出た優介は流為を連れて京へ入った。キララがバズろうとするなら都しかない。京にいなければ九州の太宰府に行くつもりだった。
優介が京の街を歩いていると、どこの大路にもパーマヘアーの女子が歩いていた。
「こんな髪型をバズらせることができるのは一人しかいない。お前がキララなんだろ?」
編み笠のつばを上げると、優介は塀に貼ってあるポスターに向かってつぶやいた。ポスターにはサングラスをかけた男女二人が、新商品と書かれた白粉を持つ姿が描かれていた。
優介がパーマヘアーの少女を引き留める。
「この人たちに会いたいんだけど、どこへ行けばいいかな」
「おじさん、京は初めて? シズ☆キラに会うなんて、絶対無理! 超人気者なのよ。庶民はライブで見ることしかできないわ」
シズ☆キラはアーティストだけでなく、パーマ美容院、化粧品販売、オリジナルファッションブランドも経営しており、京でも指折りの富豪らしい。私生活ではシズは関白の息子との恋物語、キラは貧民を救う活動をしているという話を、少女はまるで自分自身がシズ☆キラのメンバーの一員であるかのように誇らしげに語った。
「そんなにバズっているのか……」
優介はシズ☆キラの屋敷を探すとすぐに見つかった。白粉御殿と呼ばれる洋館風の建物はすべて白く塗られており、誰もが場所を知っていた。門前市を成すという例えがあるが、門の前にはファンが殺到していた。
向こうから白馬が曳く二頭立ての馬車がやってくるとファンが歓声を上げて馬車を囲もうとする。それを屈強な男たちが押しのけて馬車の道を空けていった。
「あたしのファンを怪我させないでね」
馬車の窓からサングラスをかけた男が顔をのぞかせると、歓声が黄色い悲鳴に変わる。男は小さな包みをファンに向かっていくつも投げた。
「新しい白粉の試供品よ。良かったら使って」
優介は声ですぐにキララだとわかった。走って馬車に近づこうとするが、護衛の男が遮ってくる。
「キララ! 俺だ! 優介だ!」
優介の叫び声はファンの黄色い悲鳴にかき消された。
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平安京郊外・吉水の庵
翌日、優介と流為は京でバズっている、もう一人の男に会いに行った。
「上人。ご無沙汰しております」
「南無阿弥陀仏。奥州の噂は聞いておる。よく幕府から浄土宗を守ってくれた。余り大きな声では言えぬがな」
「はい。法然上人と奥州浄土宗は無関係としておいたほうがよろしいでしょう。京での布教の邪魔になります。俺は幕府にとっては仇敵ですからね。編み笠無しでは京を歩けません」
「キララとはもう会ったのか?」
「それが――」
優介は昨日の出来事を上人に話した。
「ここ数カ月、愚僧も会っておらぬ。互いに忙しくなってしもうてのう」
「なんか拍子抜けしました。俺は妹のことをずっと心配していたのに、あいつは俺のことなんか忘れて京の生活を謳歌している」
「それは違うぞ、優介。頼朝の征夷大将軍任官を遅らせたのはキララだ。そなたの身を案じてのう」
「本当ですか! そうか、キララが俺のために――」
「焦れば目が曇る。時には立ち止まるがよい。さすれば大切なものが見えてくる」
「――大切なものとは?」
法然は問いに応えるかわりに優しい眼差しで流為を見つめた。
流為の目に涙が浮かぶ。
「我慢せずとも良い。言葉にできぬのなら泣けば良い。そうでもせねば、この馬鹿亭主は民だの妹だのとばかり言って、そなたの弱さに気づこうともせぬ」
流為は堰を切ったかのように大声を出して泣いた。
はじめて見る流為の姿に、優介の胸は後悔で埋め尽くされた。
「優介、すぐにキララの身に危害が及ぶことはあるまい。流為を労わってやれ」
「はい……。目を開かせていただきました」
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その夜、宿へ帰った俺は流為に謝った。
「流為、今まで苦しませてすまなかった」
「……謝らないで」
「でも!」
「……お願い。優介の心に住まわせて」
流為が立ち上がり帯をほどく。傷だらけの裸体が月に照らされた。
傷を愛おしそうに撫でながら流為は言った。
「……悲しいとき、身体の傷だけが慰めてくれた」
――初めて会ったときは傷一つなかった。すべて俺のためにできた傷だ。
「……都人のように、綺麗な身体のほうがいい?」
「いや。流為には天女さえもかなわない」
その夜、優介とルイは初めての契りを交わした。




