1189年5月 義経の首
鎌倉の街
「どいつもこいつも湿気た顔してやがる。初めて負けたぐらいでよ」
由利維平は厳戒態勢の鎌倉を歩きながらひとりつぶやく。
蝦夷の里から逃げたときは少なからず落ち込んでいたが、奥州からの道中で幕府軍の負けを知ると、持ち前の野心が燃え始めた。
坂東武士を見ながら由利はつぶやく。
「こんな雑魚ども、一気に追い抜いてくれる」
大倉御所の前に立つと、由利はにやりと笑った。
「前に来たときよりも、威圧される感じはしねえ。常勝の府ではなくなったからか、それともコイツのせいか」
由利は絹袋に入れた草薙剣を見る。
今日は頼朝に安徳帝暗殺の件について呼ばれてきたのだ。
小姓に広間に案内されると、頼朝が大江広元とやってきた。
由利は左に置いた草薙剣を握る。
「奥州攪乱の件、真に申し訳なく。ですが、代わりに――」
「よくやってくれた。褒美をやろう」
「お待ちを。大江殿を通じて失敗したと報告したはず」
「偽帝を危機に陥れただけで十分だ。おかげで余は死地を脱することができた」
平教経が安徳帝の危機を救うために戦場から離脱したことを広元が説明した。
「そういうことでしたか――」
「御家人にも取り立てよう。まだ戦は続く。これからも余のために働いてくれ」
「ハハーッ!」
「ところで、その包みはなんだ?」
「これは……。太刀が欠けたので鍛冶屋に出そうと」
「余が新しい太刀を授けよう。そこに置いて行け」
「いえ。先祖伝来の太刀ゆえ、大切に使いたく存じます」
「ふむ。そうか」
頼朝が瞳をのぞき込むように見つめてくる。
由利は脇から汗が流れ落ちるのを感じた。
「公方様、例の確認を」
「ああ、そうだったな、広元。ユーリ、奥州で義経を見たことはあるか」
「いえ。ただ奥州にいるという噂は聞きました」
「そなたを裏切った泰衡から、キララの身と引き換えに義経の首を送ると言ってきた。本物だと思うか?」
「それは……。ただ、泰衡は義経を恨んでおりました」
頼朝は難しい顔をすると、由利を退席させた。
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「御家人になれたんだ。コイツは返さねえとな」
大倉御所の回廊で、由利は草薙剣の入った絹袋を見ていると、北条時政が鼻歌を歌いながらやってきた。
「じいさん、幕府が負けたっていうのにご機嫌だな」
「生まれた子のことを考えると、顔がつい緩んでしもうてのう。おぬしの噂は聞いておる。帝を襲ったのじゃろう。たいした才じゃて」
「嫌味かじいさん」
「違う、違う。帝に刃を向けるなど、凡人にはできぬ。どうだ? わしの仲間に加わらぬか。手柄を立てさせてやるぞ」
「――暗殺したいやつでもいるのか?」
「……いやいや、赤子のことで頭がいっぱいじゃて」
大倉御所を出ると由利は鼻を鳴らした。
「あのジジイ、何か隠してやがる――おもしれえ。ならば互いに利用し合おうじゃねえか」
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由利を下がらせた後、頼朝は大江広元と梶原景時の意見を聞いた。
「わからぬことを考えても無益です。確かなことは、奥州が義経殿の死を認めれば、今後、義経が生きている、といった計略を使えなくなるということです」
「鎌倉で首をさらせば、落ち込んだ軍の士気も上がりますな」
「その士気を持って反撃に転じれば、奥州軍の勢いも止められましょう。そうすれば和議の機会が生まれます」
「和議だと! 大江殿、それでは領国を奪われた御家人が納得しまい。幕府の権威も地に落ちる」
「この戦いに負ければ幕府が終わります。時を稼ぎ、東国の武士だけではなく、全国の武士を集めて圧勝すれば良いのです。さすれば地に落ちた権威は再び天に昇り、公方様の天下は盤石のものとなるでしょう。そのためには西国の反勢力を駆逐し、朝廷を味方にする時が必要です」
「――西国を固めることはできよう。だが、院はどうする? 大天狗は?」
「公方様自らが上洛し、北朝が勝利すれば南朝が危ないと法皇を説く。これが一手。次に大姫様を後鳥羽帝に入内させる。それでも無理なら待てばよいのです」
「何を待つ?」
「法皇はご高齢であらせられます。これより先はご容赦を」
頼朝もそれ以上は問わず、黙りこんだ。
「大江殿の智謀は流石でござる。だが、ちと話が先に進みすぎではないか? まずキララがいないことには義経の首も受け取れぬ」
「御台様は何と?」
「政子や大姫は奥州と反対に逃げさせたと言っている」
「ううむ。それで兄の優介が信じるかどうか。大江殿はどう思う?」
「――公方様に伏して申し上げます。御台様と大姫様にお力添えを願えないでしょうか」
両軍相対している中間の場所に、優介に義経の首を持ってこさせ、政子と大姫が受取人になる。そこでキララのことを話してもらう。それが広元の案だった。
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武蔵国と下野国の国境
両軍が見守る中、義経の首受け渡しが行われた。
「御台様、姫様。初にお目にかかります」
「あなたがキララ自慢の兄君ですね」
政子はキララの大倉御所での生活ぶりを、大姫はキララをどうやって逃がしたかを話した。
「御台様、キララをよくしていただき感謝します。大姫も逃がすのを手伝ってくれてありがとう。二人ともキララの恩人だ」
「えへへ~」
大姫は照れ臭そうに笑った。
「これからどうするつもりです?」
「奥州を出てキララを探します」
「地位を捨てるのに何の迷いもないのですね」
「そんなのより、愛のほうが大切だよね!」
「その通り。大姫とは気が合いそうだ」
「じゃあ、友達になろうよ」
「ああ、いいとも」
「まあ、大姫ったら」
三人は気心の知れた友のように笑い合った。
「でも、キララを探す手がかりはあるのですか?」
「はい。バズっている先に妹は必ずいます」




