1181年5月 大飢饉
舞合わせで途中退場させられたキララと平敦盛だったが、話題性は抜群で二人の噂は京中に広まった。ただし、その代償として各神社から出禁を食らい、舞を披露する場がなくなってしまった。
奥州から京へ戻って来た吉次はその話を聞くと呆れていた。
「京でも狂巫女と呼ばれているようですね。敦盛様にまで迷惑をかけて」
「お恥ずかしい限りです。ただ、キララの願いは叶えることができました。さあ、支度をしろ。吉次さんが船に乗せてくれる」
キララが両手を合わせる。隣にいる敦盛も頭を下げた。
「お願い! もう少しだけ京にいさせて。アッくんが本気になってくれて、あたしたちのパフォーマンスがどんどん良くなってるの」
「バズったら帰る約束だったろ。俺は京で紙作りを覚えた。紙があれば奥州でもバズれる」
「優介、もう一度舞台に立たせてほしい。もう観客に臆したりしない」
「敦盛様も諦めてください。寺社に出禁を食らっているんですよ。平家の力でも無理でしょう?」
「うん。平家と寺社の仲は日に日に悪くなっていっているからね。ただ希望はある。狂巫女の噂を聞いた公卿から声がかかっているんだ。彼らの評判が良ければ……」
「ダメです。キララを京で危険な目に合わせたくありません」
「平家は大軍だし、源氏は東国だ。京が戦場になることはない」
――言われなくても知っているさ。木曽義仲が来るまでには、まだ二年ある。だけど危険は戦ばかりじゃないんだよ。
「間もなく大飢饉が襲ってきます。そうなれば民衆は歌舞を楽しむどころでは無くなるでしょう」
「嘘だ! そんな話は聞いていない!」
吉次が敦盛を諭すように言う。
「平家が緘口令を敷いているのです。昨年来、西国では日照りによる干ばつで米が取れていません。東国からの年貢も源氏の反乱により止まっております」
「そうだったのか……。僕は何も知らなかった」
「知る必要がないからですよ。平家一門が飢えることはありません。しかし、すでに餓死者が増えております」
「それならキララは奥州へ帰ったほうがいいかもしれない……」
――ナイスアシスト、吉次さん!
「お待ちください。先ほど敦盛様が、公卿に呼ばれていると言われましたが、どなたでしょうか?」
「何人かいるが、大物では右大臣・九条兼実」
「――ほう。優介、船の出航は遅らせます。飢饉が襲ってきても二カ月ぐらいは、飢えから守ってあげられます。敦盛様、九条様に舞を披露される際はこの吉次もご同伴させてください」
「ああ、わかった」
「やったね! アッくん」
手を取り合って二人は喜んだ。
優介は吉次を別室へ連れていく。
「何で邪魔するんです!」
「清盛公亡き後、後白河院を中心に朝廷の力が戻っている。九条兼実を押さえておく必要があります」
「自慢の黄金を使えばいいでしょう!」
「九条兼実は秀衡様が陸奥守を叙任したとき、天下の恥と嘆いた男です。奥州を心から見下している。黄金を持っていっても蔑まれるだけでしょう」
「だからといって、キララに頼るなんて。秀衡様の知恵袋が無策すぎませんか」
「優介は口が悪くなりましたね。先ほど一、二カ月分の米を持ってきたと言いましたが、実はもっと大量に持ってきています。キララが失敗したときはその米を交渉材料にします」
「キララが上手くいけば、米を使わずに済む。セコイ考えですね」
「私は商人。セコイは褒め言葉ですよ」
――――――――――――――――――
一カ月後。
昨年に引き続き、今年も西国が干ばつになるのがわかると、京に流通する食糧は激減し、餓死者が急増した。埋葬も追い付かず、鴨川の河原に打ち捨てられる死者が日に日に増えていった。
そんな状況の中、キララたちは公卿の屋敷を周り、歌舞を披露していた。
優介が紙の原料となるコウゾの繊維を叩いていると、吉次がキララや敦盛を連れて帰ってきた。
「狂巫女は大したものです。怨霊のような踊りが、だんだんと様になってきました。ところで優介。あそこで遊んでいる童たちは何ですか?」
「近所の子です」
優介は吉次のほうを振り向きもせず答える。
「いつまで怒っているのです。さあ、敦盛様、あんな男は放っておいて祝杯をあげましょう。九条様へ呼ばれる日が決まった。いや、めでたい」
吉次が敦盛を連れて奥へ行く。キララだけが残った。
「……今日も餓死した人を見た。歩いている人がいきなり倒れて動かなくなるの。でも、公卿たちは塀の外の世界など知らないようにお酒を飲み、舞を楽しんでる! あたし、踊っていて楽しくない! 奥州へ帰りたいよ!」
「しばらく帰る気はない」
「どうして? あんなに帰ろうとしてたじゃん! 怒って、変な意地張らないでよ!」
次の日からキララは敦盛の屋敷で合宿をすると言って出て行った。
吉次も九条への貢物を選ぶといって帰ってこない。
だが、優介としては好都合だった。
九条兼実の館へ行く前日、久しぶりに宿坊に戻ってきた吉次とキララ、敦盛は、目の前の光景に唖然としていた。
「優介、何ですか、この大勢の童たちは! とっとと追い出しなさい」
優介は子供たちをかばうように前に立った。
「すべて俺の養子です。追い出させはしない」




