1189年5月 紛糾
下野国
白河の戦いの後、優介は下野国を侵攻中に安徳帝の無事の知らせを聞いた。安心した優介は越後国へ向かい、撤退中の幕府北陸道軍を出羽軍と挟撃して敗退させ、そのまま出羽軍が越後を、平教経率いる紅軍が常陸を、優介は安倍晴兵衛が再びまとめた浄土宗徒を率い下野国を攻略していった。
「幕府とは上手いこと言ったものだね」
陣幕を張っている優介の元に、平教経、弁慶、吉次、晴兵衛、泰衡など北朝の主要人物が集まった。ここで政を行うためである。まず、吉次が帝について報告した。
「帝には伽羅御所へお移りいただいた。山が恋しいと言っておられるが、壊滅した蝦夷の里では守り切れません。泰衡様も快く譲ってくれました」
「泰衡もいっしょに住むってことですよね? 信用していいんですか? 吉次さんも今まで泰衡がやったことを知っているでしょう」
その問いに泰衡は優介を見ずに答える。
「私なりに奥州を考えてやったことだ。しかし、誤りは認めよう」
「らしくないな。いつものお前なら怒って文句を言うのに。俺のことが嫌いなんだろう?」
「私事だ。公事には私情は挟まない」
「なら、なぜ俺と目を合わせない?」
「私情を抑えるのにまだ慣れていない。貴様を見ずとも公事はできる」
「優介、いい加減にしなさい。泰衡様は四代目になって変わられたのです」
「吉次の言う通りだ。喧嘩がしたければ、戦を終わらせてからにしろ」
教経は扇子で地図の下野国を指すと斜め下に滑らせた。
「一気に鎌倉を突いてな」
「教経は行ったことがないから知らないと思うけど、鎌倉は要害の地だ。負けた頼朝は当然、守りを固めている。わざわざ不利な戦場に行く必要はない。領土を拡げるのもここまでだ。今日はそれを伝えるために集まってもらった」
「馬鹿な! 味方は勝ちの勢いに乗っている。勝機を逃すつもりか!」
「勢いはいずれ落ちる。領土を拡げれば隙ができる。幕府はそれを見逃さず、あの手この手で仕掛けてくるだろう。もちろん防ぐ方法はある。浄土宗の布教とポスターによる宣伝だ。信仰心には調略が効かない。宣伝で奥州についたほうが得だと思わせる。そのために今回手に入れた三ヶ国への布教を優先させる。これ以上、拡げても布教が追い付かない」
「まどろっこしい! 頼朝の首を刎ねれば済む話だろうが!」
「まだ話は終わっていない――俺は頼朝と和平を結ぼうと思う」
「なっ!」
「今なら頼朝は乗るはずだ。幕府軍を立て直す時間が欲しいだろうからね」
「敵に利を与えるだと! ありえぬ! 理由は何だ!」
「キララを取り戻すためだ。それを和平の条件にする。それでも頼朝が飲まなかったら、獲った国も返す。みんなも賛成して欲しい」
しかし、誰も言葉を発せず、複雑な表情をしたままだった。
「どうして黙っている! みんなキララとは縁が深いはずだ。助けたい気持ちは同じだろ!」
「優介、落ち着きなさい」
「吉次さんも反対なのか!」
「越後、常陸、下野の三国は奥州の武士、宗徒、蝦夷の犠牲を払って得たものです。キララの一人の身と引き換えにすることはできません」
「俺は犠牲を抑えて戦った。そうだろ、教経」
「敵の犠牲もな。白河の戦いで敵に逃げ道を与えずに全滅させれば、今頃は鎌倉に入り、キララも助けられたんじゃないのか?」
「キララを助けるために死者は増やせない!」
「同じことだ! 奥州の民はキララを助けるために死んだのか? 否! 奥州のため、浄土宗のために死んだのだ!」
――そんなことはわかっているさ。だけど、俺がいなかったら奥州は滅んでいたんだ。わがままを聞いてくれたっていいだろ!
「みんなの意見はわかった。その上で左大臣兼奥州浄土宗法主・優介が命じる。反対することは許さない!」
「優介!」「考え直すのです!」
泰衡が静かに立ち上がると優介を見ずに言った。
「優介、キララを助けだしたら、奥州を父上に返す。そう約束したな」
「そうだ。左大臣を辞し、摂政の地位も譲るつもりだった」
「父上が亡くなった今、返す相手は私になる。優介、私も約束しよう。キララは私が取り戻す。だから今すぐ返せ。奥州の民を第一に考えられない者に公事は任せられない」
「――何だと?」
「吉次、教経に命ずる。前の左大臣・優介殿を幽閉しろ――奥州への勲功並びない御方だ。くれぐれも丁重にな」
吉次と教経が立ち上がる。優介の後ろ塞ぐように弁慶が動いた。
「弁慶! お前もか!」
「少し頭を冷やせ。泰衡殿がキララを助けると言っている」
「あいつを信じろっていうのか!」
優介は抵抗むなしく、近くの寺に閉じ込められた。
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下野国とある寺。
翌日、優介が幽閉されている寺に泰衡がやってくると、優介の前に桶を置いた。
「奥州王になった祝いに鯉でも食わしてくれるのか」
蓋を開けると塩水に浸された生首があった。顔をしかめる優介に泰衡が言う。
「弁慶に幕府軍の死体から適当な首を探させた。誰かに似ていると思わないか?」
そう言うと、泰衡は横を向いたまま首桶に猫面を入れた。
「義経の偽首か!」
「察しがいいな。さすがは偽物造りの名人だ」
「だけど、よく見れば別人なのはわかる」
「塩漬けにしていても、初夏の季節だ。鎌倉に運ぶまでに腐って顔は崩れる。この偽首とキララを交換する」
「奥州の義経が死ぬことになる」
「貴様が作り上げた命無き幻影だ。消えて悲しむ者はいない」
「お前が義経殺しの汚名を着ることになる。それでもいいのか?」
「構わぬ。奥州を救ってもらった礼だ」
泰衡は首桶を持つと立ち上がる。
「泰衡、ありがとう」
「まだ早い」
――史実でもこの年に泰衡は義経の首を頼朝に送っている。これは偶然なのか、歴史の力が働いているのか……。
去り行く泰衡の背を見ながら、優介は歴史の修正力について考えた。




