1189年4月 四代目
奥州・蝦夷の里
木隠御所が燃え崩れていく中、藤原秀衡の命も消えようとしていた。
「父上にまた救われました……」
泰衡が上半身だけになった秀衡の体を起こすと、秀衡は泰衡の頭を優しく撫でた。
「手がかかる子ほどかわいいものじゃ……。だが、もう守ってやれそうにない。それだけが心配じゃ」
「不甲斐ない息子で申し訳ありませぬ。私は強くなります。だから、どうか……」
「うむ。そなたを信じて世を去ろう。後を頼んだぞ、四代目……」
秀衡は凄惨な姿とは似つかわない、やすらかな笑顔で死んだ。
泰衡が決意を込めた瞳で由利維平を睨みつける。
「ほう、少しは男の顔になったじゃねえか。かかってこい。ジジイの後を追わせてやる」
「笑わせるな。奥州藤原家当主が蝦夷くずれを相手にするか」
「てめえ! 蝦夷くずれだと!」
「刺客たちよ! 私とユーリは袂を別った。私に味方すれば鎌倉の倍の俸禄を支払い、平泉に屋敷を与えよう!」
編み笠の武士たちの動きは止まり、互いに顔を見合わせた。
「フフフ。奥州藤原家当主と御家人にもなっていない素浪人、どちらの言葉に信があるかは馬鹿でもわかる。さあ、一番初めに味方になったものは奥州の名馬も与えよう! 早い者勝ちだ!」
「某がいただく!」と言って編み笠の武士の一人が、隣の仲間を斬った。しかし、斬った武士も、「裏切者!」と言われ、違う武士に斬られて死んだ。
「せっかく一番手になったのに惜しいな。さあ、名馬は誰が手に入れる。今、斬った男にも機会はある。途中で気が変われば褒美は与えるぞ」
編み笠の武士たちは疑心暗鬼になり、仲間を牽制するように間合いをとったまま動けなくなってしまった。その様子を見て吉次が蝦夷の若者に命令する。
「動ける者は帝を中心に集まれ!」
十人が集まり、安徳帝を守るように円陣を組んだ。
「四代目、見事な計略です。危ういところを立て直せました」
「私を当主と認めてくれるのか?」
「ええ。共に奥州を守りましょう」
由利が編み笠の武士の首を刎ねながら近づいてくる。
「てめえらなんぞ、俺様一人で充分だ!」
「全員でかかれ!」
吉次たちは由利を前後左右から攻撃するが、戦い続けていたため動きは鈍かった。
「泰衡様! 帝とお逃げください。早く!」
「わかった。必ず助けを呼んでくる! それまで生きよ!」
泰衡は安徳帝を連れて走った。しかし、十一歳の少年の足だ。吉次たちを蹴り飛ばした由利がすぐに追いついてきた。
「てめえは後だ」
由利は泰衡の襟をつかむと後ろに放り投げる。
安徳帝は大木を背にして由利と向き合うと、背負っていた草薙剣を外した。
「大したガキだ。俺様にビビってねえ」
「朕一人なら負ける気がしないもん」
「フハハハ! 宝剣を使えばどうにかなると思っているのか。やはりガキだな」
「じゃあ朕から技を見せていい?」
「ああ、どこからでも打ってこい」
「行くよ~! ほっ!」
安徳帝は大木に鞘を立てかけると、柄の部分に足をかけて上へ飛んだ。枝を掴むとそのまま枝の上に乗り、鞘についていた紐を引き上げる。
「なっ!?」
「木登り遊びなら負けないよ~」
安徳帝はスルスルと大木を登っていく。多くの枝に遮られて、由利からは安徳帝の姿は見えなくなった。
「おのれ、子猿があああ!」
由利が太刀を叩きつけても大木を少し削るだけだった。登ってみても重い体はずり落ちる。弓矢で狙おうにも射線が取れない。火矢を使っても春の生木は燃えなかった。由利は手詰まりになり、癇癪を起した。
「あああああ! こうなったら皆殺しだ!」
「いいの~。ここから離れたら、朕は逃げちゃうよ~」
由利の真上から安徳帝の声が聞こえる。
「ぐぬぅ!」
「吉次、怪我人を連れて逃げて。もう誰も死なせちゃだめ! 朕のことなら大丈夫。一日ぐらいなら木の上で寝れるから」
「御意!」
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半刻も経たずに蝦夷も編み笠の武士も里からいなくなり、残ったのは安徳帝と由利の二人だけになった。
「ユーリ、聞こえる?」
「なんだ、子猿」
「ユーリは山が嫌いなの?」
「そういうわけじゃねえ。蝦夷は和人より強え、一時は和人に従っても、戦い続ければきっと政を取って変われる」
「頼朝のように?」
「ああ、だから仲間に山を出ろと言ったんだ」
「みんな仲良くできないかなあ」
「ガキは殴り合っても、次の日にはいっしょに遊べる。だが、大人はそうはいかねえ。譲れねえもんがある」
遠くから馬のいななきが聞こえてきた。
「――時間切れのようだな。俺様は吉次や泰衡は勝ったが、てめえ一人に負けた」
「頼朝に怒られる?」
「しくじったからな。だが、他に行く所もねえ。泰衡とも縁が切れちまったしな」
ヒュッという風切り音がした後、由利の目の前に剣が突き刺さった。
「どういうつもりだ?」
「あ~あ、狙ったのに外しちゃった」
「……ありがとよ、子猿」
由利は草薙剣を引き抜くと、森の中へ消えていった。




