1189年4月 帝の危機
奥州白河
白河の戦いは幕府軍が総崩れとなり、奥州軍の勝利が見えた。
しかし、犠牲を増やさないために、わざと空けた横陣の穴から頼朝と親衛隊が逃げていくのを見て、優介は目を疑った。敵本陣を襲った教経が頼朝をやすやすと逃がすとは考えられなかったからだ。
優介は教経の姿を探すと、教経だけじゃなく教経軍がまるごと戦場から消えていた。
「流為! 教経が消えた!」
「……あれ」
流為が指した先に赤い狼煙が昇っていた。
「帝の身に異変が!? だから教経は戦を捨てて急行したのか?」
――だが、誰が帝を襲う? もし、日本海側で戦っている味方が負けたとしたら……。
「流為。教経だけじゃ危ない。騎馬隊を率いて木隠御所へ向かえ」
「……優介は?」
「徒歩じゃ間に合わない。俺は勝ちに乗じて、このまま隣国を制圧する」
流為は騎馬を集めると、平泉へ向かっていった。
「弁慶の馬鹿、指示を守らなかったな!」
優介は出羽の方向に向かうと、舌打ちをした。
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奥州・出羽国
幕府の北陸道軍と相対する奥州出羽軍の大将・藤原国衡と副将の弁慶は、奥州の日本海側の入口である鼠ケ関を見下ろせる、弁天山に陣を構えていた。
「へ~くしょい!」
「風に当たりすぎたのではないか、弁慶。見張りを変わらせよう」
「国衡殿、気遣いは無用でござる。こうでもせぬと敵を忘れてしまいそうで」
開戦後、幕府軍は弁天山を攻撃してきたが、出羽軍はすべて跳ね返した。優介が作った地図があるので、難路を通って奇襲してくる敵も伏兵で返り討ちにできた。
一週間ほど経つと敵は弁天山の近くの山に陣を張って動かなくなった。後でわかったことだが、東海道軍の敗北と大手軍が白河で足止めされていることを知り、単独で奥州に深入りするのを恐れたのだ。
そして両軍とも動かなくなってしまった。
出羽軍が動かないのは優介から、「守りに徹して足止めをしろ」と厳命されているからだ。紅軍と白河軍で勝てば、北陸道軍は退却するしかなく、戦いで勝つ必要はないというのが優介の考えだった。
「そろそろ紅軍が白河についたころだろう。勝利を願おうではないか。ん? あれは……」
国衡が弁慶と白河の方を振り返ると、赤い狼煙が昇るのが見えた。
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奥州・蝦夷の里
赤い狼煙を上げた蝦夷の里では、編み笠を被った武士団の襲撃を受け危機に陥っていた。里長である吉次も太刀を取り木隠御所を守っている。御所の入り口から藤原秀衡が出てきた。
「わしも戦うぞ」
「敵の正体がわかりません。秀衡様は帝の側に!」
武士団を指揮していた大柄の男が編み笠を取った。
「正体を隠す気なんざねえよ!」
「ユーリ!」
「俺様だけじゃねえ。なあ、旦那」
「――よせ、父上がいる」
「まだそんなこと言ってやがる。イタズラをしている子供じゃねんだ。親離れできなやつが、優介から奥州を取り戻せると思ってんのか? 優介はもう秀衡を超えた。旦那は優介より下でいいのか?」
「良いわけがない!」
ユーリの隣にいた武士が編み笠を投げ捨てた。
「吉次、奥州藤原家当主として命ずる。偽帝を渡せ」
「泰衡様は当主ではございません。蝦夷の名にかけて帝はお守りします」
「馬鹿が! 和人の王を担ぐなど、蝦夷の名が泣くわ!」
「時代は変わる。安徳帝は蝦夷と和人と真の和合を果たせる御方だ」
「時代を変えたのは頼朝だ。そこにいるガキじゃねえ。頼朝は俺様を御家人に取り立てると言った。吉次、よく聞け。俺様はチンケな御家人で終わるつもりはねえ。幕府内で偉くなる。だから手を貸せ」
「泰衡様についたときも、そうやって蝦夷の仲間を口説いたのでしょう? そのとき仲間はなんと答えました?」
「――山を捨てるのかと罵られた」
「私も同感ですね」
「蝦夷って奴は皆くだらねえことにこだわりやがる。だから蝦夷は見下されるってのがわかんねえのか。そんな馬鹿は生きている価値がねえ! てめえらも皆殺しだ!」
由利が指示を出すと、編み笠の武士が再び木隠御所に襲い掛かった。しかし、守る蝦夷の民は倒れても傷ついても起き上がって戦い、由利をイラつかせた。
「チッ、坂東武士も大したことねえな。時がかかりすぎる」
由利は火矢を構えると木隠御所へ狙いを定めた。泰衡が止めようとする。
「中に父上がいるのだぞ!」
「ジジイは逃げずに焼かれるほど馬鹿じゃねえ。ガキと一緒にあぶりだす」
由利が放つ火矢が木隠御所に次々と打ち込まれると、秀衡が帝と出てきた。
「ほらな。旦那、手柄はくれてやる。親父を超えてみせろ」
泰衡が大きく息を吐くと太刀を抜き、二人に近づいていくと帝の前にいる秀衡を突き飛ばした。それを見て由利がにやりと笑う。
「父上、私は偽帝を斬り、奥州を優介から取り返します!」
「泰衡、愚かな真似はやめろ!」
秀衡は帝をかばうように抱きしめると、泰衡の凶刃が秀衡の背を襲った。
すると破れた直垂からは泰衡が斬った傷と、古い斬り傷が並んで見えた。
「背中を斬られるのは二度目じゃのう。覚えておるか、泰衡」
「……忘れるものですか。幼少のころ、父上が賊から身を挺して守ってくれたときの傷です。ああ、私は……、私は父上になんてことを!」
「泣くな、泰衡。傷は浅い。幼子を斬ることにためらったのじゃろう? そなたは心優しい男だ。その心根を歪ませてしまったのはわしのせいじゃ」
「いいえ、父上は悪くありません!」
泰衡の後ろから、拍手をする音がした。
「いいねえ。美しい親子愛だ。素晴らしい。だが旦那、てめえには愛想がつきた。長い付き合いだったがここでお別れだ――死ねい!」
「泰衡っ!」
由利が横なぎに太刀を振るう。同時に秀衡が飛び込む。
「父上――――っ!!」
秀衡の上半身が血を噴き出し、宙を舞った。




