1189年4月 白河の戦い・後
下野国・国境
幕府軍の追撃をかわした優介軍は、東海道で勝利した平教経の紅軍と合流した。紅軍と呼ぶのは教経が平家の紅旗を掲げて戦っているためだ。好みで紅旗を使っているわけではない。関東に隠れている旧平家方の豪族たちの決起を促すためだ。
「佐竹秀義でござる」
味方に志願してきた大物が佐竹一族だった。常陸国の大豪族で源頼朝とも激闘を繰り広げた過去を持つ。史実では奥州合戦の際に幕府軍に志願して従軍した。それを知っていた優介は、先手を打って佐竹秀義を支援し、旧領を与える約束をしていた。
すぐに優介は教経と侍大将を集め軍議を始めた。
「優介、東海道の戦は楽勝だったぞ。義経の影武者を十人使って動揺させた後、倍する軍で攻撃をかけたら、あっさりと崩れたわ。死者もほとんど出ておらぬ」
「こっちは白河の幕府軍を二万五千まで減らした。俺が晴兵衛に託した策がハマればまだ減ると思う」
「こちらは紅軍の二万と志願兵が三千。それに優介隊の二千を加えると同数か」
「当初の作戦通り、紅軍と白河本願寺宗徒での挟み撃ちがでれば、圧勝できたんだけど、五分五分の戦いとなると犠牲が増えるな……」
「それがどうした! 我らは戦をやっておるのだ」
「犠牲を出さないのが名将だ!」
平教経は激しく舌打ちをした。
「我に上から説くな! ならば、貴様の理に合わせて話してやろう。決戦を避ければ、頼朝は略奪しながら進軍し、平泉を焼く。犠牲が多いのはどっちだ。応えてみろ!」
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奥州白河から離れた林
白河本願寺からの退却を指揮していた安倍晴兵衛は裸輿の上から白河本願寺のほうを遠目で見ると、胸を撫でおろした。幕府軍を振り切るのに成功したからだ。
「殿には犠牲を気にするなと申したが、少ないと嬉しいのも事実」
北門の幕府軍を突破した後、宗徒は鎧兜を脱ぎ捨て軽装で走った。対する幕府軍は鎧兜をつけ、水が引いた泥土の堀を渡ってきたので、足も泥にまみれていた。両者の速度には明らかに開きがあった。
さらに逃げる途中で宗徒に懐に入れた地図をわざと落とさせた。そこには退却した後の集合場所が描いてあるが、すべて嘘である。地図を手に取った敵は自ら森に迷い込み、罠にかかって死ぬだろう。
「――殿、後は頼みましたぞ」
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下野国で合流した奥州軍が白河本願寺へ戻ると、幕府軍が寺を背に待ち受けていた。
平教経の体から殺気があふれ出す。
「やっと、やっと会えたぞ、頼朝! 平家一門の恨みを晴らしてくれる!」
「その前に交渉だ」
「この期に及んで、まだ言うか!」
「教経、冷静になれ」
優介は教経に紙を渡すと、馬を前に進めた。
「頼朝! 浄土宗徒はお前を認めない。征服しても苦労するだけだ。奥州への野心を捨てて和平しないか! 今から条件を記した矢文を送る。よく考えてくれ!」
優介は文を矢に括り付けると、幕府軍に打ち込んだ。
すこし時間が経った後、返事の代わりに幕府軍は攻め鐘を鳴らしてきた。
「ほれ見ろ。諦めがついたか?」
「仕方ないな。教経も冷静になったか?」
「ああ。横陣を組むのに必死で、頭に血を昇らせておる暇などなかったわ」
教経は優介が渡した陣形図をヒラヒラさせて言った。
「交渉と時間稼ぎの二段構えをさせてもらった。犠牲を少なくするためには、圧勝するしかないからね。教経は敵左翼を、流為は敵右翼を騎馬隊で崩せ。その後、教経は後ろに回って敵本陣へ。流為は敵の横腹をえぐれ。速さが命だ。敵の首にこだわって足を止めるなよ」
「元より頼朝の首にしか興味はない!」
「……優介が心配」
「先の戦いで敵の馬は減らしたから耐えてみせる。流為、敵を早く崩して、俺を助けてくれ」
「……うん」
「おいおい、戦の前に見せつけてくれるな」
「教経、頼朝は影武者を使って逃げるかもしれない」
「フッ。貴様に頼朝の首を彫らせたのは誰か忘れたのか? 顔は脳裏に焼き付いておる!」
教経と流為が立ち去ると、敵が味方本陣に突っ込んでくるのが見えた。この時代の戦術は左翼右翼はあるが、連動して動くことはめったにない。我先にと突っ込んでくるだけだ。
優介は横に並んだ陣をゆっくりと前に進めた。
「槍を構えろ! 横列を乱すな!」
どうだ、三百年後の戦法だぞ。科学のかけらもないけど。
奥州軍は敵が個々に突撃するのを槍衾で止めた。
――今までになかった陣形や戦術を稽古だけでわからせるのは難しい。可能にしたのは奥州人の識字率の高さだ。テキストを配り、行動の意味から教えていく。武士一人一人が戦術を理解して動けるのが奥州軍の強さだ。
「人は狙うな! 馬を狙え! 一人で突くな! 数人でかかれ!」
すぐに幕府軍から罵声が飛んできた。
「大事な馬を!」「卑怯者!」「武士として恥ずかしくないのか!」
「どうも。悪口は義経軍にいたときから慣れている」
――怒れ、怒れ。大将首はここだ。俺の本陣に戦力を集中させてこい。
優介は槍を回し、ゆっくり後退するように合図をした。敵とぶつかって前に進もうとすれば横陣が保てなくなる。乱れたら最後、幕府軍に細切れにされる。そう思うと額から汗が流れ落ちた。
半刻後、幕府軍の形が前のめりになり、後方の兵が手薄になったところに、教経が敵左翼を、少し後に流為が敵右翼を崩したのがわかった。優介は敵の圧力が弱まるのを感じた。
「みんな、一糸乱れずよく耐えた! 今度はこっちの番だ。全軍前進っ!!!」
幕府軍は流為に横腹をえぐられ、頼朝がいる本陣は教経に襲い掛かれて、統制を失っていた。勝ちを悟った優介は横陣にわざと穴を空けた。敵の犠牲を減らし、味方の勝利を加速させるためだ。
「幕府軍よ、よく聞け! 本陣の右を開けた。そこから逃げる者は追わない!」
だが、予想に反し逃げようとする者は少なかった。
「あれ? おーい! あそこに行けば助かるんだよー」
「舐めるな!」「臆病者と思うてか!」「生き恥をさらせるか!」
源平の戦いで勝利した坂東武士のプライドの高さは優介の想像以上だった。
「え~と、今回はたまたま負けただけだって! ほら、勝敗は武家の常っていうだろ? 逃げるのは恥じゃない! 生きて名誉を挽回すればいいだけさ! 俺はいつでも受けて立つから! なっ!」
彼らのプライドを傷つけないよう言葉を選んで言うと、ようやく敵が逃げ始めた。
「まったく、何で殺さないために気を使わなきゃいけないんだよ――ん?」
今度は横陣の穴から逃げていく敵の数が急速に増えていく。
その中には、なんと頼朝と藤九郎の姿もあった。
「まさか! 教経が討ち漏らしたのか!」
優介は辺りを見渡すが、教経軍は戦場から忽然と消えていた。




