1188年7月 月輪山荘の宴
平安京郊外・九条兼実の月輪山荘
ライブ終わりの宴席で、キララは法然から頼朝が間もなく征夷大将軍になると聞かされた。
「お兄ちゃんの話よりも早いじゃん。頼朝が征夷大将軍になるのは法皇が亡くなった後のはずよ」
「優介がそう予言したのか? 確かに法皇は征夷大将軍任官に反対している。しかし、鎌倉は京都守護の名目で軍兵を入れ、いつでも法皇を幽閉できる、という暗黙の脅しをかけてきた。征夷大将軍とは名の通り蝦夷、つまり奥州を征伐する大将軍だ。優介は危機に陥るだろう」
「だったら九条様に止めてもらってよ! お兄ちゃんも可愛い弟子でしょ!」
「残念だが九条様は逆のお立場。安徳帝の正体を疑い、偽朝廷と罵っておられる」
「シショー、何か方法はないの?」
「九条様を動かせるとすれば、ご嫡男の良経様だけ」
この年、兼実の長男の良通が急死し、兼実は出家を考えるほど落胆したという。今は次男の良経が嫡男となり、兼実の期待を一身に受けていた。
「折をみて良経様を説いてみよう」
「そこにいるんだから、頼めばいいじゃん。言ってくる!」
「急いては事を仕損じる。待つのだ! ハァ……。兄と違って無策すぎる」
キララは良経の側に行くと、手を掴んで立ち上がらせた。
静御前が文句を言う。
「ちょっと! 何、良経様の手を握ってるの! 離しなさい」
「頼朝が征夷大将軍になるとお兄ちゃんが危ないの。止めるのを手伝って!」
「父上が勧めていることです。反対はできません」
「鎌倉と奥州が戦えば、多くの人が死ぬわ。それでいいの? あなた大納言でしょ。未来の摂政なんでしょ!」
「――民が死ぬのは悲しいことです。ですが、きっと父上には深いお考えがあるのでしょう。未熟な私が口を挟むことはできません」
「賢ぶってんじゃないわよ! 悲しいと思ったんでしょ! だったら、自分の感覚を信じなよ!」
「キララ、いい加減にして! 良経様が困っているじゃないの」
「もうやめよ」
キララの肩に法然の大きな手が乗った。
「九条様がこちらを見ている。言葉を続けても憎しみを買うだけだ」
「――そうみたいね。シショー、もう偉い人には期待しない。いいわ! あたしが戦を止めてやる!」
キララはみんなに宣言すると山荘を出て行った。
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平安京・静御前の屋敷
キララが屋敷に戻って一刻もしないうちに静御前が帰ってきた。
「あれ、早かったね」
「誰のせいだと思っているの。あなたが暴れたせいで、すっかり場が白けたわ。で、すぐにお開きよ。せっかく良経様といい雰囲気になれそうだったのに」
「ゴメン。どうしても戦を止めたくて」
「征夷大将軍になれなくても、頼朝は奥州を攻めるのではなくって?」
「――うん。あたしも後でそう思った。だから、美容院で稼いだお金を返すのを待ってくれない?」
「は!? なんでそうなるのよ。わたくしは良経様の元に通うのにおしゃれしなきゃならないの!」
「お兄ちゃんがやっていた紙造りを孤児たちに教えたいの。儲かったらすぐ返すから、ね」
「それなら、わたくしを美しくしたほうが早いわ。良経様の妾になったらいくらでも貸してあげる。キララ、わたくしはこの機会に賭けているの。おわかり?」
九条邸で暴れたキララも、恋に燃える静御前には何も言えなかった。
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次の日からキララはシズ☆キラとは別にソロでも活動しはじめた。人の集まるようなところに行って演奏し、投げ銭をもらうのである。姿はシズ☆キラと同じく男装にサングラスである。
「なーんか、ネットアイドルでスパチャ乞食してたときみたい。でも、美容院の稼ぎが溜まるまで、じっとなんかしてらんないしね」
投げ銭用の籠に金の粒が投げ込まれた。キララの声が弾む。
「ありがとう! いっぱい歌うね――って、九条家のお坊ちゃんじゃん。からかいに来たの?」
「いいえ。静御前が君を連れてこないので理由を聞いたら、都の辻々で笛を吹いていると」
「あっ、そう。これ返すわ。この籠に入ってる銭はね。庶民が汗を流して稼いだものなの。取り立てた税金のおこぼれなんかいらない」
「父のことで、ずいぶんと嫌われたみたいですね。では、これならどうです?」
良経はキララに何枚かの紙を渡した。紙には線が強く屈曲の激しい文字で漢詩が書かれている。
「何これ? 恋歌ならシズカにあげてよ」
「私の書は売ればお金になります。これは税ではないですよ」
「……ありがとう」
「どういたしまして。ではこれで」
良経の書を質屋に持っていくと驚くほどの銭をくれた。店主によれば、九条良経は書道の天才と言われており、貴族の間でもてはやされているらしい。
「――へえ、バズってたんだ。アイツ」
キララはその銭で琴を買った。笛を吹きながら歌うことができないので、演奏していても客の集まりは少なかったからだ。
「危ないけど、稼ぐためにはあそこに行くしかないか」
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平安京郊外・六波羅
キララは琴を担いで鎌倉軍が駐屯している六波羅に行った。ここにいる武士たちは異変が起こらない限り、ヒマを持て余している。キララが歌い始めると物珍しさに集まってきた。もともと、エネルギーが有り余っている男たちである。キララがノリのいい曲を歌うと大盛り上がりになり、籠に銭がどんどん投げ込まれていった。
「何事じゃ! 騒がしい! 戦がないからといって気を緩めるでない!」
「ちょっと! 邪魔しないでよ! あっ! アンタ!」
キララが指さしたのは北条時政だった。
「京都守護の顔を指さすとは無礼なやつめ」
「あ、あなたは天下人の相を持っている。だから驚いたのよ」
「何じゃと!?」
時政の顔に緊張が走るのがキララにもわかった。
「天下人は鎌倉殿の他にない! この男を屋敷に連れてこい」
「えっ、ホメたじゃん。なんで!」
逃げようとしたが周りは路上ライブに集まった鎌倉武士だらけだった。
キララは逃げるのを諦めるしかなかった。




