1188年6月 ブレイク
平安京郊外・鴨川
静御前は呆然と河原に座っていた。腰まで伸びた自慢の黒髪が泥で塗られていく。キララはというと実験を楽しむかのように作業をしていた。
「後は小枝で巻いて天日で干すだけ。これで誰も見たことがない髪になるわ」
「ウウッ……。やっぱり、あなた狂ってるわ!」
「バズるためよ。あたしもやるから、泣かないで」
泥が乾くと髪から払い落していく。静御前の周りに何十本もの小枝が転がった。キララが川に連れて行くと川面に静御前の姿が映った。
「これは……。髪が波打っているわ」
「超ロングだとすごいね。カッコいい! 動画サイトの“古代のパーマやってみた”を見ておいてよかった~」
「そうかしら? 変に見えるけど」
「髪型だけじゃなく、衣装も露出高めに替えよう。大人の女の魅力をロリコン男に魅せてやるのよ!」
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平安京郊外のとある神社
別の神社で行われた奉納祭ではキララもパーマをかけた。セミロングなので静御前ほどインパクトはないが、それでも人目は引いた。
「キララ、みんなが奇異の目で見てる。これが無かったら恥ずかしくて出られなかったわ」
「いいでしょ、このサングラスもどき」
サングラスといっても木製でグラスの部分は小さな穴を多く空けて見えるようにしたものだ。キララが職人に作らせた。二人がサングラスをつけて舞台に上がると、パーマヘアーということもあって、登場だけで騒めいた。
「シズ☆キラです。よろしくぅ!」
曲も狂巫女時代の激しいものに変え、静御前も情熱的に歌い踊った。おもしろがっていた観客も、静御前の熱唱に引き込まれ、終わった後には喝采が起きた。
「よし! 成功よ。シズカ」
「こんな激しい曲が受け入れられたのが不思議だわ」
「過去にわたしとアッくんで組んだ狂巫女の楽曲で免疫ができてるのよ。懐かしいと思っている人もいるんじゃない? よ~し、今度は街でバズらせてやる!」
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静御前がキララの言葉の意味を知ったのは一週間後だった。京の街を歩いているとパーマヘアーの少女がいたのだ。それも一人じゃない。一日だけで十人は見かけた。驚く静御前にキララが自信満々で応える。
「ライブを続ければ、もっと増えていくわ」
キララの言葉通り、パーマヘアーの少女は増えていき、一カ月後にはシズ☆キラは完全にブレイクした。パーマヘアーのこともシズ☆キラ髪と呼ばれ、若者を中心にバズっていた。
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平安京・静御前の屋敷
そして、とうとう静御前の元に朝臣のトップ、九条兼実から宴席の誘いがきた。
静御前は喜びで部屋中をクルクル舞っていた。
「やったわ! 摂政よ! 摂政からの御誘いよぉ~!」
「テンションやばいって。グイグイ行くと引かれるよ」
「何としても息子に気に入られるわ! 未来の関白のお妾さんになるのぉ~! そうだ。とっておきの衣を着てかないとね」
「あ! ちょっと待って! ライブ衣装にしようよ。舞で呼ばれているんだし」
「これは一世一代の勝負。そういうわけにはいかないわ。うふふ」
鼻歌を歌いながら静御前は行李を開けた。
「――無い! 無い! あたしの大切にしていた衣がない!」
キララがソロリと部屋を出ようとすると、静御前が止めた。
「待ちなさい! キララでしょ!」
「ごめん!」
「あの衣がどれだけの価値があるかわかっているの!」
「し、知ってるよ。売ったらすごいお金になったもん」
「売ったですってえええ!!」
「絶対買い戻すから! ほら、もう呼ばれている時間じゃん。早く行かないと嫌われちゃうよ」
「帰ってきたら折檻よ! 覚えってらっしゃい!」
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平安京郊外・月輪の山荘
キララが招待されたのは前の九条兼実の館ではなく、兼実が月輪という地域に新しくつくった山荘だった。それ以来、九条兼実は月輪殿とも呼ばれている。
「立派な山荘。やっぱ摂政になるとお金持ちだね」
出迎えにきたのは、今年十九になる兼実の嫡男だった。
「九条良経といいます。御高名のシズ☆キラ殿をお招きできて光栄です。どうぞこちらに――」
優雅な仕草で案内する様は、さすが摂関家の貴公子だった。
「キララ聞いた? 九条ヨ・シ・ツ・ネ様ですって! これって運命だと思わない? きっとそうよ!」
「落ち着いてシズカ。瞳孔が開いているって!」
宴席には九条兼実親子に藤原定家、そして法然がいた。ライブの準備をしながらキララが言う。
「法然シショーなら、お兄ちゃんのこと知ってるかも」
「どうかしら。九条様が鎌倉派なのは有名よ。あなたの正体がバレたら捕まるかもしれないわ」
「心配してくれるの?」
「恋の邪魔をしてほしくないだけ。今は集中して。最高のライブを見せるわよ」
何が何でも良経を振り向かせてやる、という静御前の執念が、今までにキララも見たことが無いパフォーマンスとなって現れた。曲のクライマックスになる直前に、静御前はサングラスを取って放り投げる。
「荒ぶってんね~、シズカ。カッコいいよ!」
キララがそう言ったとき、宴席から大声が上がった。
「あっ! 歌泥棒!」
藤原定家が静御前を指して叫んでいた。




