1188年5月 北朝会議
奥州・蝦夷の里
一年に渡る奥州調査の旅を終えた優介は、蝦夷の里へ戻った。
ここには丸木で造った質素な館がある。通称、木隠御所。北朝の朝廷だ。
優介の身体の所々にある傷跡を見て吉次は驚いた。
「流為、優介を守れなかったのですか!」
「……無理。自分で怪我をするもの」
「流為は悪くない。獣道や崖を調べようとして自分で落ちたんだ」
「……何度も無茶をした」
「ハハハハ、だから一年もかかってしまった。みんなは揃っていますか?」
木隠御所では藤原秀衡、安倍晴兵衛、平教経、弁慶が安徳帝を中心に左右に並んでいた。
「秀衡様、お身体はお変わりないですか?」
「ああ、薬師のおかげで前より頑健じゃ。人気が落ちて元気は無くなったがのう」
秀衡は恨めしそうに優介を見た。去年までは奥州中に秀衡のポスターが貼られていたが、今では左大臣と奥州浄土宗・法主を兼ねる優介のポスターに張り替えられていた。一年も経つと民衆も秀衡の時代が終わったことを感じ、秀衡は過去の英雄として扱われるようになっていった。
「ポスターに描くなら、帝じゃろうが!」
「帝の顔を世間に知られるのは危険です。いずれ秀衡様のポスターも復活させますから」
優介は秀衡をなだめると、平教経に軍の調練について聞いた。
「ああ、ちゃんと集団戦法を教えている。法然から送ってもらった小難しい兵書も読んだ。だが、性に合わぬ。軍の先駆けをさせろ。戦の最中に奥でじっとなどしておれぬわ!」
「じゃあ、歩兵の調練は国衡殿にお願いしよう。豪族の信望もあるしね。教経には騎馬隊の調練を任せる。その代わり戦になったら大軍に突っ込んでもらうぞ」
「そうこなくてはな。我に任せろ」
晴兵衛からは浄土宗の布教が終わったことと、白河の関で完成した寺について報告された。
「日本一の大きさの寺ができました。浄土宗の象徴の造営に加わりたいと、宗徒が手弁当で手伝いに来ているので、国費にかかる負担はございませぬ。して、殿。寺の名は何といたしましょう」
「もう決めてある。白河本願寺だ。引き続き工事を頼む。弁慶、宣旨の効果はどうだ?」
「西国では鎌倉に従わない豪族が反乱を起こしている。だが、東国では宣旨に応じた者が反乱を起こす前に誅殺された。参河守・源範頼、遠江守と下総守を兼ねている安田義定。それから――」
幕府の大物の名前が出てきたので、皆が騒めいた。秀衡が唸る。
「むぅ。範頼といえば頼朝の弟で平家追討の大将ではないか。安田義定は甲斐源氏の筆頭格で所領の大きさでは群を抜いていた。反乱が成功すれば鎌倉も無傷ですまなかったじゃろう」
「惜しいな。連携すれば鎌倉に勝てた」
「教経、そうじゃないよ。無実の罪を着せられて殺されたんだ。義経のように」
史実では奥州を征伐して幕府の敵がいなくなると、源範頼と安田義定は些細なことで誅殺されている。違うのは、数年早まっていることだ。
「頼朝の気性から、きっかけさえあれば粛清をするだろうと思っていた。そして、その間は奥州へ攻めてこられない。だからこそ、俺は安心して奥州を周ることにしたんだ」
「流石は殿! 反乱が起こりそうにもない東国にまで宣旨をばら巻いたのは、頼朝に利用させるためでござったか!」
「でも、こんなに手早く粛清を終わらせるとは思わなかった。この分だと頼朝はすぐに攻めてくるかもしれない。吉次さん、武器のほうは揃っていますか?」
「そのことですが――」
吉次は遠慮するように秀衡に視線を送った。
「わしが話そう。泰衡に武器造りを任せていたのじゃが、これまで作ったほどのない量じゃ。すいぶんと遅れておる」
「鍛冶場の規模は俺も知っています。できない量じゃない。あいつは俺のことが嫌いです。きっと嫌がらせをしているんでしょう。泰衡を担当から外してください」
「そう厳しく申すなな。泰衡も奥州のために働こうと頑張っておる。あやつにはわしから言っておく。だから続けさせてやってくれ」
優介は渋々承知した。
――今、秀衡と不仲になるのはまずい。だけど、放っておくのも気がかりだ。
「なら、ユーリを泰衡の側から離してください」
「おお、たやすいことじゃ。というか、ユーリは姿を消して久しい」
「そうなのか? 弁慶」
「ああ。探したが見つからなかった。山へ隠れたか奥州の外へ逃げたか」
――ユーリは泰衡を見限ったのか? それとも泰衡に命じられて何かをしようとしているのか?
「晴兵衛。浄土宗を奥州の外へ拡げてくれ。他国の民は文字を知らない。布教するときは絵で伝えるようにしろ」
「戦の前に坂東の民を味方にするのでございまするな」
「吉次さん、蝦夷の精鋭を貸してください」
優介が蝦夷を使った作戦を話していると山伏が飛びこんできた。
弁慶がたしなめる。
「朝議の最中だぞ」
「京からの急報です! 源頼朝がこの夏に征夷大将軍に任じられるとのこと!」
「「「「なにぃ!」」」」
全員が瞬時に意味を理解して立ち上がった。
――準備万端で来るってわけか。予想より早いが、受けて立つしかない。
「稲の刈り入れが終わったら頼朝が来る! 備えを怠るな!」
「「「「おう!」」」」




