1181年3月 紙屋院
優介は京の街をキララと歩いていく。二人の両手には布に包まれた頼朝の首像があった。
「吉次さん、飛ぶように帰っていったね」
「相国が亡くなったことを早く知らせたいんだろ。これからは後白河院の力が強くなる。京にいるとせっかくもらった陸奥守任官の宣旨を無しにされるかもしれないからね」
陸奥守任官が上手くいったので、優介は宿坊を追い出されずにすんだ。吉次が寺に追加で寄進したからである。そして優介も生活費の心配から解放されつつあった。
「お兄ちゃん、ずっと頼朝さんの顔を作ってるね」
「あの一件以来、平家の公達の間で、門前に頼朝の首像をさらすのが流行ったからね。悪趣味だけど、教経様の頼みは断れないよ。お金ももらえるしね」
「でも、頼朝さんの首像の表情ひどくない。あたしと一緒にいたときはもっと優しい顔してたよ」
「誇張しているわけじゃないさ。転生した直後に、初めて見た顔がこれだ。俺を笑いながら殺せと指図した顔が、今でも目に焼き付いている。あー、思い出すだけでムカつく」
「だから、勘違いだってば。頼朝さんはそんな人じゃない」
「いーや、そんなやつだね。それより早く京でバズってくれよ。俺は奥州に帰りたいんだから」
「簡単に言わないでよ――ねえ、笛の音がしない?」
――――――――――――――――――――
笛の音は平教経の屋敷からだった。中に入ると教経がご機嫌で迎えてくれた。
「尾張の戦で頼朝の弟・義円を討ち取ってやったわ! 貴様と会ってから我の運気はうなぎ登りだ。ほら、首像の礼金だ。受け取れ」
源氏の挙兵は頼朝だけではなく、日本各地で起こっていた。義円も兵を起こしたが、頼朝と連携しているわけではなかった。
「礼はもう充分にもらってます。今日はお願いがあってきました。紙屋院を紹介してもらえませんか」
紙屋院とは朝廷の役所だ。嵯峨野の天神川沿いに造紙手と呼ばれる役人が百人ほど工人を差配して、紙を製造している。
「容易いことだ」
「お兄ちゃん、何するつもり?」
「この時代にはSNSはない。バズらせるには他のメディアがいる。この時代で最強のメディアは紙だ」
――早くキララをバズらせて、安全な奥州に帰らなければいけない。
「ところで、見事な笛の音が聞こえたのですが、教経様が吹いていたのですか」
「いや、あれは敦盛だ。臆病者で弓矢の稽古をせずに笛ばかり吹いておる。紹介しよう。おーい、敦盛! こっちへ来い! 笛の音を聴かせてやれ」
敦盛を見た瞬間、優介はゾクっとした。それほどの美少年だった。平家の公達は化粧をしているが、それを差し引いても美しい。そんな少年が美しい笛の音を奏でる。美のてんこ盛りだ。
キララも同じ感想を持ったらしく、敦盛に駆け寄った。
「あたしといっしょにライブしようよ! ビジュアルが爆発してるし、二人なら絶対バズるわ!」
「ライブ?」
「みんなの前で演奏することよ。歌と踊りはあたしに任せて!」
「人前でなんて恥ずかしいよ……」
横で見ていた教経が笑う。
「敦盛、そなたも平家の公達。いずれは侍大将になる男だ。臆病なままではいかん。ちょうどいい機会だ。人前に出て度胸をつけてこい!」
「そんな……」
「じゃあ、決まりね。今からレッスンするよ! お兄ちゃんばかりに甘えてられないわ。あたしは敦盛君といっしょに京でバズってみせる!」
「ちょっと待って……」
キララは敦盛を引きずるように、屋敷の奥へ連れていった。
「おもしろい娘だ。南都でも奇妙な踊りで焼け出された僧を励ましていたと聞く」
「困った妹です。そして、何よりも大切な存在です」
「それなら、わしが良き男を探してやろうか。美人だから相手はすぐに見つかる」
「お気持ちだけいただきます。妹の恋は妹のものですから」
――――――――――――――――――――
翌日、俺は教経の紹介状をもって紙屋院を訪ね、造紙手の頭に工程を教えてもらった。
これが、聞けば聞くほど面倒くさい。
収穫期にコウゾの枝の皮裏にある繊維質をはがし、それを天日で干しておく。これが原材料になる。紙を作るときは必要な分だけ水でさらし不純物をぬく作業を繰り返し、その後に煮てアクをとり、叩いて繊維をほぐす。ここまでで十日から十五日かかる。再生紙でも十日ほど必要だ。
その後、ようやく紙漉きができる状態になるのだが、できるのは一日で畳を一回り小さくした程度にものが五十枚ぐらい。最後に天日でかわかせば完成だ。
頭の中でざっくりと計算する。
一人あたり五十枚つくるのに約半月。一日あたりの生産量は大きな紙、三、四枚だ。日当一万としたら、一枚の原価は三千円超。A4サイズに切り分けると、だいたい三十枚になるので、一枚百円。A4ノートは100ページ(50枚)なので、一冊あたりの原価は五千円になる。
「市場に出る値段は中間業者のマージンを乗せると一万円ぐらいか。高いなあ。頭、もっと工程を簡単にできないですか? 安く作りたいんです」
「不純物やアクを取る作業を減らせばいい。ただし、紙の色は白から遠くなり、表面もデコボコになる。宋なんかは採りやすい竹で作っとる。質が悪いので、向こうの皇帝も和紙を気に入って使っているそうだ」
造紙手の頭は胸をそらせた。職人として誇りを持っているのだろう。
「悪いことは言わん。安い紙を作るのはやめておけ。貴族や僧侶は高くても質の良い紙を好む。民に売ろうにも文字を知らんから買わん」
――そんなことはわかっているさ。俺は紙を売りたいわけじゃない。
優介は毎日のように作業場を行って仕事を手伝った。そして帰ってから、その工程を絵に描き起こし続けた。




