1187年4月 奥の手
奥州平泉・伽羅御所
藤原秀衡が奥州の豪族を集めて花見の宴を行っていた伽羅御所は、浄土宗徒に囲まれたことで騒然とした。しかし、優介が藤原秀衡と話し合いをしたいと告げると、徐々に落ち着きを取り戻していった。
伽羅御所の門から秀衡と豪族が出てくる。宴のつもりできているので、鎧ではなく直垂に太刀だけを手に持っていた。優介と晴兵衛が前に出る。
「狡猾な男め。跡目問題を解決するいって油断させ、息子を捕えるとは。泰衡に手を出すことは、わしへの謀反! それをわかっているのか!」
「先に仕掛けたのは泰衡です。秀衡様、あいつは跡目にふさわしくない」
「それはわしが決めることだ!」
「そこまで大事な嫡男なら、取引ができそうですね。跡目を俺にして、秀衡様は隠居してください。認めてくれれば泰衡は無傷で解放します」
「恩知らずめ。御所を囲んでいるからといい気になるなよ。一日耐えれば騒ぎをしった武士が駆け付けよう。そうなれば烏合の衆など敵ではない!」
「民相手に凄み、鎌倉には耐え忍ぶ。それがあなたの限界だ。聞け! 豪族たちよ。秀衡様は治世の名君。だが、乱世では違う! 奥州藤原家に任せれば鎌倉に滅ぼされるぞ!」
「戦ができるからとのぼせ上がるな! 平民のそなたに誰が従うというのだ。わしは陸奥守! 鎮守府将軍・藤原秀衡ぞ! 頭が高いわ!」
安倍晴兵衛が泣きそうな顔で優介の袖を引っ張る。
「殿ぉ~。任せろと言っておいて、煽っただけはありませぬか~」
「いけるかと思ったんだけどなあ。俺が思っていたよりも秀衡は傑物だ。囲まれても少しも動揺しない」
「感心してどうなさる。向こうの言う通り、援軍が来たらボロ負けですぞ。こちらには兵糧もありませぬ。早く宗徒をけしかけて、豪族ごと討ち滅ぼしましょう」
「で、俺は豪族たちの仇敵になって内戦が始まる。血を流す国造りはゴメンだ。心配するな。次の策を鳳凰が運んでくる」
「奇跡頼みではありませぬか! 大体、鳳凰というのは神話のことで――」
晴兵衛の目に宗徒の頭上を金色の鳳凰が飛んでくるのが見えた。
「と、殿! あ、あれは鳳凰です。鳳凰が来ました!」
「本当は担ぎ出したくなかったんだけどね……」
鳳凰が群衆を抜けた時、その下には八人担ぎの輿が見えた。優介の横に来たところで輿が降ろされる。
秀衡が輿を指して叫んだ。
「なんだ、その輿は! なぜ屋根に鳳凰の飾りがある!」
「だって朕が乗ってるもーん。優介、抱っこして」
輿から安徳帝がぴょこんと優介の胸に飛び込んだ。側にいた平教経が苦々しい顔で見る。秀衡をはじめ豪族たちは、予想もしなかった展開に唖然としていた。
「み、帝だというのか」
「平能登守教経が証を見せよう。三種の神器の一つ、草薙剣だ」
「平家だと?」「あれが草薙剣か!」
豪族たちは疑ったが、草薙の剣から発せられる神気は、見たことが無い者でも納得させる力があった。
「膝をついてください。帝の御前ですよ。頭が高い」
宗徒に豪族、そして秀衡が膝をついた。
ただ一人、帝を抱いている優介だけが立っていた。
「優介、わしを見下すな!」
「帝を降ろせば膝をつけるのですが――」
「やだ。抱っこがいい」
「俺も帝の勅命には逆らえません」
優介は豊臣秀吉が清須会議で取ったやり方を真似した。
信長の死後、重臣会議を開く際、秀吉は信長の孫の三法師を抱いて現れて、重臣たちが秀吉に平伏する形になった。このことによって秀吉は機先を制し、有利に会議を進めていった。これにはからくりがあり、秀吉は前もって玩具で三法師を手なずけていたのだ。
「帝、秀衡が私は平民なので誰も従わないと言います」
「えー、忘れちゃったの。優介に官位をあげたでしょ」
「何でしたっけ?」
「正二位、左大臣だよ」
「そうでしたね。秀衡様の陸奥守は従五位上。俺の方が官位は十個も上だ」
周りからどよめきが起こる。
「おおーっ!」「そんなに!」「高貴な御方だったとは!」
肩を震わせながら秀衡は立ち上がった。
「茶番に騙されるな! 何が帝だ! 何が左大臣だ! 京にいる帝こそ真の帝だ!」
「いいえ。後鳥羽帝は三種の神器が欠けたまま即位した。天意に叶っていない」
「わしは認めん! 認めんぞ! みな立つのだ。立って戦え!」
「秀衡様の命なら……」「我らにとっての王は秀衡様だ」
豪族たちが次々と立ちあがる。
――帝を出してもダメか。
藤原三代の実績と優介のメディア戦略で作り上げた秀衡の権威は強固だった。崩すにはもっと強い衝撃がいる。彼らの心を奥から揺さぶるようなものが。
「聞け! 藤原三代は奥州自立を掲げ、平泉を京に次ぐ都にした。だが、それは仮の自立だ。偽の都だ。しかし、安徳帝を奉ずれば、奥州が日本の中心になる! 平泉が真の都になる! 蛮族と蔑まれるのは今日で終わりにしよう! 新しき世を共に生きるのだ!」
立ち上がっていた豪族たちが、再び跪いた。
「新しき世を!」「新しき世を!」「新しき世を!」
「惑わされるな! 朝廷の怒りを買えば奥州は潰されるぞ!」
「秀衡様、立っているのはもうあなただけですよ」
優介は大きく息を吸い込んだ。
「秀衡! これ以上、逆らえば朝敵として討つ!」
「………御意に、従います」
秀衡が地に膝を付けた瞬間、藤原三代による奥州の支配は終わりを告げた。




