1185年7月 決意
平安京・静御前邸
キララ一行が京へ戻ってきたことを知った静御前は喜んで義経に会いに行った。だが、しばらくすると暗い顔をして帰ってきた。
「様子が変なの。門を厳しく閉ざして、わたくしだけではなく御家人が会いに来ても断っていたわ」
静御前の言葉に優介は胸騒ぎを覚えた。
そこへ安倍晴兵衛が慌てた様子でやってくる。
「大変です! 鎌倉の指図で義経様の所領がすべて没収されました。噂では鎌倉入りを許されなかった義経様がお怒りになり『関東において恨みを成す輩は義経に属くべき』と言い放ったとか」
――史実と同じじゃないか! まんまやってどうする! それを回避するために矢文を送ったんだぞ。いや、きっと間違いに決まっている。頼朝と仲直りしにいったキララがそんな選択をするはずがない。
「キララに会いに行く。ルイ、密かに義経の館に入れる場所はあるか?」
「……北東の塀。少し崩れている」
「ちょっと! そんな場所があるのなら、わたくしに教えなさいよ!」
「ごめん。戻ってきたらすべて話す。義経の正体も」
義経邸へ向かうと、道中で大きな人影がやってくるのがわかった。
「弁慶か。鎌倉で何があった?」
「――話したいことがある」
そう言ったのにも関わらず、義経邸の中に入るまで、弁慶は何も話さなかった。
ようやく口を開いたのは、人払いした後だった。
「キララが帰ってこない」
弁慶によると、腰越の満福寺で鎌倉入りを止められたキララは、義経ではなくキララ本人として、知り合いの御家人と共に頼朝に会いに行ったという。
「熊の骸骨を被っている安達藤九郎盛長という男だ。知っているか?」
「あいつか! 忘れもしない。俺を殺そうとした男だ。だけど、キララは違う。頼朝に口説かれていた。だから、直接説得できると思ったんだろう。だけど、失敗し鎌倉で捕えられた……」
「しくじったとしても捕える必要はなかろう。もしや、頼朝の逆鱗に触れて殺されたのでは!」
「頼朝に限ってそれはない。男に対しては酷薄な人間だが、女には無類に甘い。敵対した木曽義仲や平家でも女の縁者に対しては逆に保護している」
「女好きとは聞いていたが、それほどとは――」
「単にスケベなだけじゃない。頼朝は十三歳のときに平清盛の継母の池禅尼に命を救われ、伊豆で乳母の比企尼の援助を受けて育ち、北条政子と結ばれることによって未来が開けた。男には裏切られたが、女は常に頼朝の味方だった。だから女に優しいんだと思う」
「ふうむ。ならば、なぜ捕らわれる」
――問題はそこだ。捕えられた理由がわからないことには、対策のしようがない。
とりあえず優介は現実的な話をすることにした。
「弁慶、これからどうするつもりだ」
「キララを後三カ月待つ。それでも戻ってこなければ病死として届け出て、奥州へ帰るしかあるまい。所領も鎌倉に奪われたからのう」
「そのことだが、どうしてキララは鎌倉に喧嘩を売るようなことを言ったんだ」
「キララは断じて言っておらぬ! むしろ我らに我慢しろと言って抑えていた」
――キララは俺が教えた史実を踏まえて、衝突を避けようとしていた。となると、何者かによる流言に違いない。
弁慶が憤慨する。
「鎌倉の巧妙な罠だ! 当人であるキララがいなくては、抗議も弁解もままならぬことを知って、仕掛けてきたのだ」
「それはおかしい。罠ならキララが影武者で、義経が亡くなったことを知っていなくちゃ――」
そこまで言ったとき、優介はキララが危険を冒してまで鎌倉に行った目的がわかった。
――きっとすべてを話したのだ。義経が死んだことを伝えれば、頼朝が義経を謀反者にしないと考えたのだろう。キララは甘い。これは兄弟喧嘩ではない。政争なのだ。
「弁慶の考えはわかった。奥州へ逃げる際には鉄船を用意する」
「かたじけない。おぬしはどうする?」
「キララを救う方法を考える」
――――――――――――――――――――
義経邸からの帰り道、優介はずっと考えていた。キララは歴史を変えようとしたが叶わなかった。これまでを振り返ると、過程は違っても、結果は史実に近い形になっている。
「流為、俺は運命を利用していたが、キララは運命に飲み込まれてしまった。キララを救うためには、神でさえ修正できないほどの変化を加えるしかない」
「……神に逆らう?」
「俺は生まれて初めて、大きな力を持ちたいと思った」
「……らしくない」
「そうだ。キララを救うためには俺は何でもやる。そのために奥州を奪う」
流為は立ち止まると太刀を抜いた。
優介はまっすぐ流為を見つめる。
「秀衡に忠誠があるのなら、今ここで俺を殺せ」
「……なぜ話すの」
「決意を口に出したかった。俺が変わる前に流為に聞いて欲しかった」
「……聞きたくない」
「これからも俺の力になってくれ! ずっと!」
流為は息を吐くと太刀を降ろした。顔が真っ赤になっている。
「流為、ありがとう」
「……婚姻を告げられたから」
「えっ!? まあ、その――」
「……うれしい」
――いや、待ってくれ!
口から出かかったその言葉を俺は飲み込んだ。
――吉次と縁戚になれば、奥州攻略にとって大きな力になるだろう。しかし、そんなことで結婚を決めていいのか? 変わると決めた途端に打算で生きるのか?
優介が黙っていると、流為が心配そうな顔で見てきた。
「……大丈夫?」
流為の顔を見ると、これまでの思い出が浮かんできた。
――出逢ってからずっと流為は俺の身を案じてくれた。婚約解消後も戦場でも体を張って守ってくれた。俺は流為の愛に答えるべきではないのか?
「いい夫婦になろう」
そう言うと、優介は流為を抱きしめた。




