1185年5月 日本一の英雄
平安京・源義経邸
壇ノ浦の戦後処理は源範頼が行い、優介たちは捕虜を連れて京へと凱旋すると民衆は喝采で迎え、法皇や公卿も義経を日本一の英雄と称え持て囃した。しかし、鎌倉から届いた書状は、バズったと大喜びしているキララに冷や水を浴びせる内容だった。
「お兄ちゃん、朝廷から官位を受けた御家人に対して『お前らなんか一生京で朝廷に仕えればいい。東国に戻ってきたら所領没収の上、首を斬る』だって! 頼朝さん、超キレてんじゃん! なんで?」
「御家人は頼朝の配下だ。主人をすっ飛ばして官位を受ければ、そりゃ怒るさ」
「何それ~。知ってたのなら、断ってくれればよかったじゃん!」
無位無官の御家人が勅使を断れるわけがない。それに、浮かれて官位をもらった御家人が頼朝にキレられるのは史実通りだ。優介としてはそのほうが良かった。
「頼朝も御家人が断り切れないことを知っている。これは遠回しに法皇に対して釘を刺しているんだよ。俺の家来を取り込むなよって」
「ふーん。ねえ見て。誰が何の官位を受けたまで書いてある。でもさー、早耳すぎない? まだ壇ノ浦から帰ってきて日が浅いよ。あたしたちより先に知っていないと、ここまで詳しく書けなくない?」
「朝廷の中に鎌倉のスパイがいるんだろう」
「ヤダヤダ。平家を倒したばっかなのに揉めるの早くない?」
「まったくだ。今回は法皇が離間を仕掛け、頼朝が素早く封じた。そして法皇の最大のターゲットは英雄・義経だ。巻き込まれないうちに義経からキララに戻ろう」
優介がそう言ったとき、部屋の扉が勢いよく開けられた。
「そうはいかぬ!」
外を見ると弁慶と奥州武士がズラリと並んでいた。
「今、キララを失うわけにはいかぬ。ようやく朝廷から官位をもらい、鎌倉から所領をもらえるところまで来たのだ」
「義経は危険な存在に変わったんだ。いずれ官位も所領も失う」
「官位については断れなかったと弁解すれば済む」
「そうよ。お兄ちゃん、決めつけるのはまだ早いんじゃない?」
――普通に考えれば弁慶の言う通りかもしれない。だが、史実の頼朝は最短ルートで義経を殺すために動いている。悩んでいる様子が無いのだ。
「俺の勘だ。頼む、弁慶。奥州へ帰ろう」
「断る! 我らが死線を潜ったのは何のためか! 佐藤継信が死んだのは誰のためか! 万が一、頼朝と袂を別つときには法皇につけば良い。さすれば頼朝が朝敵だ!」
「甘いね。鎌倉の長い手が朝廷の懐に深々と入っていることを、この書状が物語っている。そして戦の天才・義経はもういない」
「おぬしがいる。屋島で奇襲をした手際は見事だった」
――義経の史実を真似ただけだ。模範解答はもう無い。
「俺は戦う気はない」
「なら出て行け。ただし、キララは渡さぬ!」
優介と安倍晴兵衛、流為は奥州武士たちにより義経邸から追い出された。
ため息をつきながら晴兵衛が言う。
「殿が悪うございまする。問責の書状で動揺しているときに、義経様の死を明らかにするなどと言えば、ああなることはおわかりのはず」
「時間が無い。年内に頼朝は義経に謀反の罪をかぶせてくる。必ずな」
「狡兎死して走狗烹らる、でございまするか。しかし、妹君は頼朝と和解する気ですぞ。いかがいたしまする?」
「弁慶から取り戻す――が、その前に寝る場所を探さないとな」
――――――――――――――――――――
平安京・静御前邸
優介たちは静御前が嫌がるのを無視して、屋敷に上がり込んだ。元々、ここは優介が義経の名で借り上げた家である。優介が義経邸を追い出された経緯を話すと、静御前は嘲笑した。
「ホホホ、義経様もようやく奸臣だとお気づきになられたようね」
「静御前、君に謝らなきゃいけないことがある」
「恋の邪魔をしたことでしょ。義経様の前から消えるのならもう気にしなくて良くってよ。わたくしは義経様と何不自由なく暮らしますから」
「いや、そうじゃなくって――」
静御前は優介の言葉も聞かずに、跳ねるように屋敷を出て行った。
そして一刻後、怒りの形相で戻ってきた。
「あのデクの棒。許さないんだから! あいつも奸臣ね」
「弁慶としてはそうするしかない。義経は実は――」
「まさか! 弁慶を愛しているとか!? 信じられませんわ!」
「そうじゃなくて――」
「男になんか負けられません! わたくしにはこの恋歌がある」
静御前は藤原定家が詠んだ歌札を握りしめた。
「館の前で恋歌を歌い続ければ、義経様も胸が苦しくなって出てくるはず」
「いや、その歌は――」
晴兵衛が優介の袖を引いてささやく。
「好きにさせておきましょう。静御前の噂が拡がれば、義経様の正体が露見するやもしれませぬ。そのほうが殿にとっても好都合かと」
「だけど、これ以上、静御前を騙すのは――」
「他に妙案がございまするか?」
「うーん」
「策が思い浮かぶまでの我慢でございまする」
優介が晴兵衛と話していると、静御前が扇子で晴兵衛の顔を指した。
「そこの、小男。今日から炊事洗濯をしなさい」
「なっ! 私はいずれ大臣になる男ですぞ」
「なら、炊事洗濯大臣に任命してあげるわ。喜びなさい」
「そんな大臣などない! 殿からも何か言ってくだされ」
「策が思い浮かぶまでの我慢。そう俺に言ったよな、晴兵衛」
晴兵衛は黙って米を研ぎ始めた。




