1185年4月 壇ノ浦の戦い・後
長門国赤間関・壇ノ浦
壇ノ浦の戦いは平家一門の入水のよって太陽が頭上に昇るころ決着がついた。しかし、源氏水軍は戦争海域から引き揚げることはせず、弓を熊手に持ち替えて海中をかき回していた。
安徳帝と国母・建礼門院、三種の神器の捜索のためである。
入水といっても人はそう簡単には沈めない、浮き上がってくる者を熊手に引っかけて捕まえるのだ。
「ここは譲らんぞ! ハゲ猫」
梶原景時は自分の縄張りが如く、唐船の周りに陣取り、他の船を追い払っていた。
「あのキモ親父、マジむかつく」
「梶原は誰も討ち取れてない。キララが唐船に抜け駆けしたのがくやしいのだろう。ん? あれを見ろ。優介の岩手丸じゃないか?」
岩手丸が海へ落ちた兵を救助しながら、宮城丸へと向かっていくのが見えた。
「あたしたちも行こう!」
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長門国赤間関・壇ノ浦 鉄船「宮城丸」
宮城丸の甲板でキララは優介と合流した。源平両軍の死体が数多くあるが、火矢を受けた焦げ跡はところどころにしかない。キララが意外そうな顔をした。
「猛攻撃を受けてたのに船は少ししか傷んでないね」
「撃ち込まれた火矢が少ない。真っ先にこの船を囲んだ梶原景時は源頼朝の意に忠実な男だ。だから、帝を焼き殺さないように配慮しながら攻撃したのさ」
「それで、キモ親父に先陣を急がせるために、あたしとキモ親父が喧嘩するような指示を出したのね!」
「話は後だ。弁慶、御家人を鉄船から遠ざけてくれ」
優介は船倉へ降りていくと、壁をゴンゴンと叩いて歩いた。ある場所でコンコンと軽い音に変わる。優介が祈るようにゆっくり押すと、ギイッという音とともに壁が回転した。
「良かった。玩具の中の秘密部屋を見つけられたようですね」
「お兄ちゃん。この子、もしかして――」
「帝だ」
灯の中で安徳帝が船のおもちゃを抱いていた。
「でも、ここには帝がいないって」
「裏の裏をかいた。裏切り者が平知盛の囮の策を鎌倉軍に伝えれば、逆に宮城丸は安全になる。帝、草薙剣は?」
「……我が持っている」
部屋の隅から声が聞こえた。
「ノリくん! 生きてたの!」
「知盛と優介の策を見たからな。海に飛び込んだのは死んだように見せるためだ。まだ死ぬ気はない。捕らわれるつもりもな」
「なら、立て! 岩手丸の隠し部屋に移る。そこには薬もある」
「ふっ、あの優介が我に命令するようになったわ」
傷だらけの教経が立ち上がった。
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長門国赤間関・壇ノ浦 鉄船「岩手丸」
帝たちを岩手丸の隠し部屋に移した後、疑いを持たれぬよう、吉次は梶原景時の臨検をあえて受けた。
「ガハハハ! 儲け損ねたなあ。金売り吉次と言われた強欲狐も勘が鈍ったか」
「梶原殿は手厳しい。最近は商売がすっかり下手になりました」
そう言うと、吉次は梶原に黄金を握らせた。
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長門国・日本海沖 鉄船「岩手丸」
「優介、安心していいですよ。伽羅御所に帝を入れれば誰も手は出せません」
「いや、吉次さんの里がいい。平泉には鎌倉の密偵がいます。秀衡様にも隠してください。俺が戻るまでは吉次さんの子として育てて欲しい」
「恐れ多くも帝ですよ」
「今は母親を失った一人の幼子です。大和人も蝦夷も変わらない。昔、吉次さんはそう言いませんでしたか」
「しかし――」
吉次が平教経を見る。
「あの豪傑はどうします? 納得するとは思えませんが」
「俺が話します」
「教経。死にたくなければ途中の島で降りろ。源氏も小島まで追ってはこない」
「馬鹿な! 我が恥を忍んで生き伸びたのは、源氏を討ち殺すため」
「義経はすでに死んだ」
「まだ頼朝がいる。清盛公の墓前に頼朝の首を捧げると約束した。この船は奥州へ下るのだろう。傷を癒した後、西国に戻り再び兵を挙げる!」
「幼い帝をまた戦場に引きずり出す気か! 俺が渡さない。戦うのなら一人でやれ。だけど、そうなればお前は賊軍だ。勝ち目は万に一つもない。よく聞け。帝は清盛公の孫だ。平家が海へ消えた今、孫の無事こそが清盛公の願いではないのか」
「ああああああ!!!!」
教経は拳を甲板に叩きつけると天に向かって吠えた。
優介は岩手丸を見送った後、義経軍とともに京へ凱旋する。




