1180年12月 平教経
平安京へ着いた優介は、吉次の宿に居候させてもらうことにした。ここは大寺院の宿坊の一つで僧兵もいる。セキュリティーは万全だ。吉次が使えるのは黄金を寄進しているからだ。
「とはいえ金が無い。生活費を稼がないとなあ……」
未来の知識を使って発明品など作れれば最高なのだが、残念ながら文系だ。ただ、この体には特技がある。見た物をそのまま過不足なく、絵や彫像にできる。記憶を元に再現もできる。
「吉次さん、紙を持ってましたよね。何枚かもらえませんか? 道で似顔絵描きやって稼ごうと思います」
「庶民に買えるわけがないでしょう。紙がどれだけ高価か知らないのですか?」
あっさり断られた優介は、平安京の外れまで歩いていき、廃屋らしき家から木片を剥がしていった。吉次の言う通り、この時代の紙は朝廷の公文書や貴族、寺院しか使っていない。庶民や地方官庁でも木簡という短冊状の木片に文字を書いていた。
朱雀大路に座り、「似顔絵いかがですかー。安いよー」と呼び声をかけるが、全然、客はこなかった。
――そう言えば、似顔絵屋って、客寄せのために作例を並べていたっけ。
木片に吉次や、伊豆で出会った頼朝、藤九郎の顔を描いていく。そうしていくうちに見物人が集まってきた。
――これはいける。
そう思ったとき、蜘蛛の子を散らすように見物人が去っていった。
理由はすぐにわかった。帝が住む内裏方向から多くの足音が聞こえてきたからだ。
「平家の軍勢か。せっかく売れそうだったのになあ……」
この時期の平家は美濃や尾張で小規模な戦闘を行っていた。
優介は木片を片付けようと布を拡げると、頭上から声が振ってきた。
「下郎。その武士の絵は誰だ?」
「源頼朝です」
見上げると紅色縅に彩られた鎧の武士が馬に乗っていた。
若く英気を発する男は炎のようで、紅の色がよく似合っていた。。
「鎌倉にいる男の顔がなぜわかる」
「会ったことがあります。嫌なやつでした」
「ハッハハ! その絵を買ってやる! 我に寄越せ」
男は頼朝が描かれた木片を手に取ると、メキリと握りつぶした。
「この教経も頼朝が大嫌いだ! 早う討ちたいが、今は坊主退治で忙しい。下郎の絵で少しばかり気が晴れた」
他の武士が教経に駆け寄ってくる。
「能登殿は何を道草食っておるかと、中将殿が怒っておられます」
「すぐに行くと伝えろ――フン、重衡め。坊主相手に張り切ってどうする」
優介は二人の名を聞いて、すぐに何者かわかった。
平能登守教経。平清盛の甥で平家一の猛将。
平中将重衡。平清盛の五男。平家軍の大将クラス。
二人とも若く、平家の次世代を担うホープだ。
「下郎、次は重衡の顔を描け、高く買ってやる」
どうやら教経は重衡が気に入らないらしい。
そして重衡が指揮を採る寺院相手の戦と言えば――優介はあることにきづいた。
「ご予約いただいたお礼にいいことを教えましょう。飛び火にご注意ください」
「絵と違い、占いは下手だな。僧兵相手に火など使わぬ」
「備えあれば憂いなし。俺の言葉を信じれば、教経様の評判は上がります。重衡様よりも」
「――よかろう。その言葉、心に留め置いてやる」
教経は鞭打つと南都(奈良)へ向かって馬を走らせた。
――その日の夜、南の空が赤く染まった。
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平安京・大寺院 宿坊
「お兄ちゃん! 興福寺も東大寺も焼けちゃったんだって! あたし、ボランティア行ってくる!」
「物資も持たずに行っても迷惑かけるだけだ。聞いてるのかおい! ったく!」
京では平家による南都(奈良)焼き討ちの話題で持ちきりだった。その中身は平家に対する非難の声であり、平家を支持し、僧兵に対する不満を持っていた人々でさえも、寺を焼き払うのはやりすぎだ。仏罰が怖ろしい、と口々に言った。
実のところ清盛は焼き討ちの命令など出していない。重衡の暴走でもなかった。理由は夜に灯りを求められた雑兵が民家に火をつけ、そこから飛び火して大火災になったのだ。
この一件だけでも、平家の衰運は明らかだった。福原への遷都失敗といい、平家のやることなすことが悪い方向に働いている。
似顔絵を描きながら朱雀大路を見渡すと、治安維持のため武士と、平家の密告機関である赤禿の姿が増えている。平家は世間の反発を力で抑え込むつもりだ。街に立つ武士の顔は険しく、緊張感が漂っていた。
「よう! 下郎」
「教経様。そんな陽気にしていていいんですか? 平家のみなさんは、相国様に怒られてお通夜状態って噂ですよ」
「我だけは特別だ。よく大仏殿を守ったと相国に褒められた。重衡めは大目玉を食らって謹慎だ。ハッハハハ!」
史実では大仏の頭部と手が焼け落ちて、仏身の前後に転がっていたと記されている。東大寺の被害は大きく、後に大仏殿の復旧のため貴族から民衆まで莫大な寄進を集めている。
「よかった。大仏が焼けなかったんですね。これで民衆の負担が減ります」
「大仏じゃなくて民を案じるのか? 変わった奴だ。下郎、名は何という」
「優介と申します」
教経は黄金の粒を一つ取り出すと優介に向かってはじいた。
「優介、占いの礼だ。おかげで重衡を出し抜けた。頼朝の顔を潰したくなったら、また来よう。ハッハハ!」
豪快に笑いながら教経は去っていた。




