1185年3月 屋島の戦い・中
讃岐国屋島
平家軍は源氏軍の兵の少なさに気づくと、屋島を奪還しようと軍船を岸に近づけてきた。優介は水際で上陸を防ぐべく、御家人を叱咤する。
「船の敵は無視しろ。陸に上がろうとするやつだけを狙え。騎馬の速さで数の差を補え! 敵の矢はキララ様が囮になって引き付ける! お前らも坂東武士の勇気を見せろ!」
「お兄ちゃん、マジで言ってるの! 怖いよ!」
「俺が守る!」
優介が弓から盾に持ち替えていると、弁慶が奥州の武士、佐藤継信・忠信の兄弟を連れてきた。優介はその名前で平家物語を思い出し、弁慶が口を開く前に断った。
「護衛なら必要ない。俺と流為がいれば――」
「二人で守り切れるわけがなかろう! あの矢の数を見ろ」
「――佐藤が死ぬかもしれない」
佐藤兄弟が憤慨する。
「戦では当たり前のこと! 我らに覚悟無いとお思いですか!」
「違うんだ、そう意味じゃない」
兄弟と押し問答をいていると、キララめがけて矢が降り注いできた。
優介が舌打ちをして馬を走らせる。矢を懸命にかわしていると、優介の持っていた盾が砕け散った。
――この強弓の持ち主はあいつしかいない。
「見つけたぞ! 義経!」
「教経だ! マズイ、誰かキララを!」
「邪魔だ! 壁ども!」
キララをかばうように佐藤継信が前に出ると、教経の弓鳴りが聞こえた。
次の瞬間、継信の体を深々と矢が貫く。だが、継信は胸を張って叫んだ。
「平家の弱矢の一本や二本でこの継信を倒せると思うな!」
「言うたな! 下郎!」
――くそっ、史実でわかっていたのに、佐藤継信を死なせてしまう。
「流為! 行くぞ。教経を止める!」
優介は馬腹を蹴って、教経に向かった。
「……あいつ強い」
「知ってる! キララを狙っている隙を討つ。流為は教経の周りの郎党を狙え。決して殺すな」
流為が教経の周りにいる郎党の足を狙って射抜いていく。
負傷した郎党は騎馬の突進を避けるように教経から離れた。
迫ってくる優介を教経は睨む。
「やはり敵だったか。だが、貴様ごときの腕で我を斬れると思うな!」
「お前を斬る気はない」
優介は馬に伏せると太刀で、教経の強弓の先をかすめるように切った。バチリという音と共に弓が逆に反り返る。
「やってくれたな! 優介!」
「お前の郎党はまだ死んではいない。脚を怪我をしているだけだ。だが、放っておけば、彼らは逃げ遅れて殺される」
「おのれ……」
教経が歯ぎしりしていると、優介の後ろから馬蹄の響きが聞こえた。
優介が振り向くと、怒りの形相で佐藤兄弟の弟・忠信が弓を引き絞っていた。
「兄者の仇!」
教経の郎党の少年が盾となって忠信の矢を受けた。
「教経! 早く撤退しろ! 兵の命を守るのが将だろう!」
「命、命と賢し気に吠えるな!……者ども、船に戻る!」
――――――――――――――――――――
一刻ほどの戦いの末、平家も攻め疲れたのか沖へ引き上げていった。
「優介、佐藤継信は立派に死んだ」
「助けることができなかった……。弁慶、この子もいっしょに弔ってくれ」
「忠信が射抜いた教経の郎党ではないか」
「だからって少年の遺体を放っておくのか! 死ねば敵も味方も関係ない!」
「わ、わかったから、そう怒るな。優介も少しは休め」
不眠と大勢の死を見たせいで、優介は不機嫌だった。
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その日の夕方、一艘の小舟が岸へ向かってきた。
弁慶が優介の頬を叩く。
「起きろ、優介、キララ。平家の使者かもしれぬ」
「船に乗ってるのは?」
「美しい女と老人だ」
弁慶の話を聞いて優介はピンときた。
――ああ、扇の的の話だな。なら、やることはわかっている。
「あれは使者じゃない。挑発だ。弁慶、那須与一を探してくれ」
「うん? 与一は屋島に来ておらぬぞ。船に乗ろうとしたとき、おぬしが、やる気がないなら帰れ、と叱った武士がいただろ」
「あれが与一なのか!」
「ああ、ふてくされて船に乗らなかった」
――どうする? いや、待て。扇の的の故事が無かったとしても、あれは余興のようなものだ。歴史に影響はないはず。
優介が無視しろと言おうとしたとき、キララが目を輝かせてやってきた。
「お兄ちゃん、聞いたよ! 扇の的に当てるやつでしょ」
「そうだ。でも与一がいないんじゃ、無視するしかない」
「あたしにやらせて!」
「はぁ?」
「超バズるエピソードじゃん! 絶対やる!」
キララは肩をぶんぶんと回し始めた。




