1184年8月 縁談
平安京・内裏
後白河院の前で猫の仮面を外したキララは、優介には目が大きく鼻も高く見えた。
法皇が笑い。つられて近臣たちも笑う。
「見たことない化粧じゃ。おかしな顔をしておる」
「お楽しみいただき光栄です。病の顔が嫌なので、新しい化粧を考えました」
「女子のように見える。朕の知る義経とは似ても似つかぬ」
「確かに」「別人のような」
近臣たちからも声を揃えていぶかしんだ。
優介は慌ててキララを見るが、少しも動じている様子はない。
「今から別人になる化粧をお見せしましょう」
キララは持ってきた小箱を開けると、優介にメイクをし始めた。
不安がる優介を小声でたしなめる。
(いいから、じっとしてて)
メイクが進むにつれ、法皇から感嘆の声があがる。
「目が泣きはらしたようじゃ。肌も病のように見える。それに――」
キララが優介の唇に筆で紅を走らせた。
「おお、女子に変わった!」
「はい。これは地雷系化粧と申します。顔を替えて敵を欺く。兵法の一つです」
「見事だ。だが参内するたびに顔が違っては困る。仮面を貸せ」
法皇は仮面を受け取ると、額の部分に「勅」と書いた。
「この仮面を義経本人の証とする。京の守護に励め」
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内裏からの帰り道、ずっとキララは笑っていた。
「お兄ちゃん、意外と似合うね。地雷系メイク」
「早く落としてくれ。恥ずかしい」
「時間が無かったから化粧の材料を揃えるだけで精一杯よ。メイク落としなんてないわ。ブーブー文句言わないの。みんな我慢したんだから」
「みんな?」
優介たちが義経邸に帰ると、弁慶と晴兵衛が派手なメイクをしていた。
「ぶっつけ本番は怖かったの」
そう言うと、キララは爆笑した。
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平安京・源義経邸
キララが検非違使になって間もなく、乱の首謀者たちが捕まり始めた。
その功により義経は昇殿を許された。殿上人になったのである。
静御前、後白河院、畿内での反乱を片付けると、優介は肩の荷が下りたような気になり、一日中、寝転んでいた。
「お兄ちゃん、稽古をサボっちゃダメだよ。流為が怒ってる」
「やっとゆっくりできるんだ。少しぐらいいいだろ」
晴兵衛が頼朝からの書状を持ってきた。
――なんだ? 政治も軍事もこの時期は動きはないはずだが。
優介は身体を起こし書状を読む。
「ああああああああ!!!!」
「ビックリさせないでよ!」「何事でございまするか」
政治も軍事も関係ないので、このイベントがすっぽり頭から抜け落ちていた。
「縁談だ。義経の正室を薦めてきた」
「「ええええええええ!!!!」」
「どうするの。静御前みたいに離れて住んでもらう?」
「妾ならともかく正室はそうはいかない。一番危険なのは、いっしょについてくる従者たちだ。おそらく義経の動向を鎌倉に報告する密命を受けている」
部屋を沈黙が包んだ。優介は記憶を探る。
――この結婚が歴史に与えた影響は何だ?
しばらく考えた後、優介は言った。
「断っても大した影響はなさそうだ、と思う――破談にしよう」
「鎌倉が怒りまするぞ」
「先に正室が決まったことにする。流為を呼んでくれ」
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「――というわけで、義経と結婚してくれないか」
「……嫌」
「嘘の結婚だって。鎌倉の使者が来たときに祝言のフリをするだけだ」
「……祝言は神への誓い。嘘、良くない」
「俺の計画にみんな従うって決めたはずだ。流為、嫌とは言わせない」
「……優介しか嫌」
流為が泣きながら部屋を出て行った。キララが怒る。
「お兄ちゃんのこと好きなのを知っているクセに。ヒドイよ!」
「芝居ぐらいはいいだろ……」
「殿、妾ならまだしも源氏嫡流の正室に蝦夷の娘を迎えるというのは無理があるかと。鎌倉が信じるとは到底思えませぬ」
「だったら、どうすりゃいいんだよ! 流為をもう一度説得する!」
「あたしなら何でも従う。だから、流為を許してあげて」
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数日後、優介は義経姿のキララを連れ出した。
「ねえ、どこへ連れていくつもり?」
「俺に従うって約束したよな。これしか思いつかなかった。許してくれ……」
「え? 何? こわいんだけど!」
平安京を出てしばらく歩いたところにある、草庵の前に立った。
中から南無阿弥陀仏を唱和する声が聞こえてくる。
「ここって、法然上人の草庵じゃん。なあんだ、知恵を借りようってこと? もう、ビビらせないでよ」
「違う。上人に義経の得度をお願いした。出家するんだ。お経を覚えるとか難しいことはしなくていい。頭を剃ってもらうだけだ。簡単だろ」
草庵の中にいる法然の手には剃刀が握られていた。
「いやああああああああ!!!!」
叫ぶキララの両肩を、優介ががっしりと掴んだ。




