1184年6月 歌集
平安京・藤原定家邸
義経と離れて暮らす条件として、静御前から恋歌を要求された優介だったが、和歌の才能はまったくなかった。そこで歴史に名を残す歌聖・藤原定家に恋歌を書かせようとプレゼンをしていた。
「恋歌の歌集。いいと思わないか」
(ちょっと、お兄ちゃん。静御前の恋歌を頼むんじゃないの?)
「おもしろい! だが、歌集なら自身でやれる」
「歌本を出さないかと言っているんだ。俺がそれを日本中に売る。藤原定家の名と才は貴賤問わずに知れ渡り、金も入る」
「卑しきかな! 奥州で黄金の犬に成り下がったか!」
(お兄ちゃん、またキレはじめたよ)
――金という言葉が地雷だったか。何とか立て直さないと。
「えーと、ほら。いい仏像を造る仏師は多額の報酬を受け取るが、金よりも大切なのは、それだけの値打ちがある物を作ったという評判だ」
「黄金の量が歌の評価だというのか。くだらん!」
「定家はいつも思っているだろう? 真の歌の価値がわかる人は少ないって。だからこそ、評判が必要なんだ。俺は定家の名を全国に広めたいんだ」
「そこまで惚れ込んでくれるのはうれしいが――」
「金はあっても困らない。ましてや宮中での出世には金がかかる」
定家が髪をくしゃくしゃとかき乱す。
――俺は知っているぞ。お前の出世欲が異常に高いことを。
藤原定家は猟官運動を執拗に行ったことでも有名だ。こちらは歌に対する潔癖さと違い、実力者に荘園を送ったり、媚を売ったりと俗人丸出しだった。
「やる!」
「じゃあ決まりだ。ただし、歌集を出すまではこのことは秘密にしてくれ。一気に世に出して驚かしてやりたい。俺もちょくちょく見に来るから。頑張っていい歌集を作ろう!」
話をまとめた優介は定家の屋敷を出た。
「やっとわかったわ。歌集の恋歌を静御前に渡すのね」
「正面から頼んでも無理なのはわかってるからね。奇策ってやつさ」
優介は得意げに言うと、キララは顔をしかめた。
「サイテー! 他の女を詠んだ恋歌をあげるなんて。テイカーも騙してんじゃん」
――謀略家、奸臣の次は最低男か。俺ってどんどん嫌な奴になっていないか?
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一週間後、平安京・静御前邸
定家の恋歌を見た静御前は歌札を胸に抱き、うっとりとしていた。
――さすがは恋歌の天才だな。
「奸臣、用が済んだら消えてくれるかしら。邪魔で義経様の想いに浸れないわ」
「持ってきてくれて、ありがとうとかはないのか!」
「義経様の前から消えるときに言ってあげるわ」
本当に嫌味な女だ。定期的に会わなければいけないかと思うとうんざりする。
「平家残党が伊賀で蜂起しているんですって? 行って殺されてくればいいのに」
「ふん、あいにくだが残党狩りは鎌倉御家人がやる。義経様が動くことは無い。郎党の俺もだ」
「義経様の身に危険は無いのね。良かった!」
静御前が恋する女の顔に戻る。こういうときの顔は本当に美しい。
「いつまでいるつもり?」
優介は憎たらしい顔に戻った静御前に追い出された。
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平安京・源義経邸
平家残党の蜂起は七月になると激しさを増してきた。
義経にも鎌倉から京都防衛と平家残党の首謀者の捜索が命じられたが、義経を外に出せないので、弁慶が代わりとなって任務にあたっている。
「御家人が多く討たれたとか。残党が平安京になだれ込んでくるかと思うと――」
「大丈夫、大丈夫。心配ないよ、晴兵衛」
「殿はまったく呑気。いや、肝が太うございまするな」
史実通りに乱が起こり、義経の西国出兵が取りやめになったので俺はほっとしていた。この乱が来月には静まることは知っている。義経がやったことと言えば、追い詰められて京へ逃げ込んだ。首謀者たちを捕まえて処刑することぐらいだ。
ただ、厄介なことが一つあった。
「左衛門少尉・検非違使任官のお礼に参内する件、どうにか断れないか?」
「京にいながら後白河院の誘いを断れば非礼になりまする」
「参ったな。顔を忘れてくれているといいんだけど」
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平安京・内裏
翌日、優介はキララを連れ参内した。
京の治安の責任者なのに、官位が低いため公卿や皇族に会うのは庭である。御所に上がれるのは高い官位を持つ者。いわゆる殿上人だ。
不安気な優介とは対照的にキララは堂々としていた。
「あー、緊張する。本当に任せていいのか?」
「うん。話し方も練習したし、平気、平気」
「相手は法皇だぞ。しかも晴天だ。はっきり見られる」
「秘密兵器があるもーん」
そういって、猫面をつけているキララが小箱を見せた。
頭を丸めた法体姿の後白河法皇が近臣を伴ってやってきた。御年五十七歳。
平清盛を追い詰め、木曽義仲を手玉に取った謀略家は、下がり眉に垂れ目という優しい顔をしていた。
法皇の側にいる近臣が声をあげる。
「面を上げよ――これ! なぜ仮面を付けておる。非礼であろう」
「病で顔が崩れております。お見苦しい姿を見せるのはかえって礼を失するかと」
「陪臣が勝手に口を開くな! 義経に問うておる。まったく武家は作法も知らぬから困る。どうされますか?」
「面を許さぬ。外させよ」
法皇の低い声が響いた。優しい顔とは似使わぬドスの聞いた声だった。
キララを見ると静かに仮面を外そうとしている。
――何でそんなに落ち着いているんだよ! バレたらどうする!
優介は恐る恐る、法皇の様子を見ると、意外にも笑っていた。
「ホッ! なんぞ、その化粧は」
優介が振り返ると、キララは優介が見たことのない顔をしていた。




