1184年2月 一ノ谷の合戦
鎌倉軍は平清盛が遷都に失敗した摂津国・福原を拠点とする平家軍に対し、軍事行動を開始する。そんな中、優介は鉄船を泊めてある湊で、今後に起こる史実を整理していた。
史実通りいけば、三日後に平家が負ける。
勝負を決めたのは義経の断崖絶壁からの奇襲「鵯越の逆落とし」だ。
――そして、平敦盛は一ノ谷の戦いと呼ばれたこの合戦で死ぬ。キララが敦盛を好きなのはわかっている。だけど、助けようがない。
なぜなら彼は……。
安倍晴兵衛が血相を変えて飛んできた。
「殿、妹君が宮城丸を動かしております!」
「――まさか、福原に行くつもりか! 晴兵衛、吉次さんを呼んでくれ」
優介たちは高速船の小早に乗って追いかけると、平家軍の紅旗を掲げる船の中を突き進んでいる鉄船の姿が見えた。瀬戸内海の制海権は平家が握っているため、福原の沿岸には平家の軍船しかいない。
「優介、キララは平家の制止を無視して進んでいます。あれでは敵と見なされてもおかしくはない。鉄船と言えども、あれほどの水軍を相手にすれば一刻も持たないでしょう」
「吉次さん、平家の棟梁・宗盛様と交渉してください。敵ではなく味方だと。鉄船は海へ敗走してくる平家軍を救うためだと言ってください!」
「無茶を言ってもらっては困ります。戦が始まって間もないのに、負けると言えば首を刎ねられかねません」
「だったら、鉄船を平家に差し出してもいい! 貢物だと言ってください!」
「――それなら、できるかもしれません。でも良いのですか?」
「急いで!」
「わかりました。流為、この船に紅旗を掲げなさい」
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瀬戸内海沖・鉄船「宮城丸」
「キララ、止まるんだ! くそっ、聞いてない。勝手に乗り込むからな!」
優介は義経が以前に見つけた鉄船の死角に鉤縄をひっかけて上った。
「お兄ちゃん! 流為ちゃん! それと――」
「平家の侍大将だ。見張りとしてついてきてもらっている」
「あたしは戻らないからね!」
「説得する気はない。もう大事になっている。こうなったら、敦盛様だけじゃなく、できる限り助けよう。ただし、鉄船の上からだ。陸に上がれば、逆に足手まといになる」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
平家の侍大将はキララを見て驚いていた。
「あんた狂巫女か! 舞だけではなく操船も狂っておるのう」
陸では砂煙が舞い、激戦の様相を見せていた。
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一刻経ったころ、武士が浜辺に殺到し、平家の敗北は誰の目にも明らかだった。平家の棟梁・宗盛が乗った御座船が、先を急ぐように本拠地の屋島に向けて敗走を始めたため、周りの船が動揺し始めた。
「源氏には船が無い。追ってこれないんだから、逃げずに救援の指揮を採れよ……。櫓はもういい。水夫をすべて甲板に上げろ! みんなで縄を垂らして助けるんだ! 流為、船が傾くまで乗せるぞ!」
優介は苛立ちながら救援の指示を出した。
キララを見ると、目を凝らして敦盛を探している。
「お兄ちゃん、逃げてくる人が多すぎてわかんないよ!」
「見つけられないのなら、敦盛様に見つけてもらえ!」
「どうやって――そうか!」
キララは船首に立つと敦盛に作ってもらった曲を歌い始めた。
戦場に歌声が響き渡る。逃げ惑う平家が、血眼に追う源氏が、何事かと歌声の主を探した。船首に立って舞うキララを見つけると源氏の武士は、「平家とは雅なものよ」「酔狂な」「だから平家は惰弱なのだ」と口々に言いながらも、キララに目を奪われていた。
敗走兵の中から、笛の音が聴こえてくる。
キララの視線が素早く、泳ぐ馬の上で演奏する敦盛の姿を捕えた。
キララは鉄船に導くように舞い続ける。戦場の中で狂巫女のライブが始まった。
人々は戦を忘れ、感嘆の声をあげる。
しかし、ライブを邪魔する無粋な声が轟いた。
「平家の名のある将とお見受けいたす! 某の名は熊谷直実! 敵に背を向けるのは卑怯なり。返したまえ! 返したまえ!」
敦盛の笛が止まる。
「キララ、青葉の笛を受け取って欲しい。僕は行かなきゃいけない」
「何言っているの……」
「兄上たちは勇敢に戦って死んだ。卑怯者と呼ばれて逃げるわけにはいかない」
「戦わなくていいよ! 戦は怖いって言ったじゃない!」
「そう。僕はずっと臆病だった。でも、キララと出会って心が強くなった。そうしたらね、誇りが芽生えてきたんだ」
「やめてよ! 死ぬぐらいなら、臆病でいい!」
「平家の公達。いや、狂巫女の恋人として、誇りを見せてくる」
「嫌だ! お願い!」
「キララ。バズってくるよ。歌を頼む」
敦盛はニコリと笑うと笛をキララに投げた。
そして、馬を返すと岸へ向かっていく。
卑怯者と罵っていた熊谷直実は歓喜した。
キララの歌声のなか、岸に上がった敦盛は直実と組み合う。
しかし、非力な敦盛はあっけないほど簡単に首を落とされた。
「いやあーーーーーーッ!!!」
キララの絶叫が戦場に響き渡った。
平敦盛。享年十六。誇りのために死地へ戻り、美しく儚く散った若武者。
後に平家物語、能、歌舞伎、幸若舞によって語り継がれ、織田信長が好んだ「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬもののあるべきか 」という有名な歌は幸若舞「敦盛」の一節である。




