1182年7月 同族殺し
奥州平泉・優介邸
蝦夷の里から屋敷に戻った優介はキララと晴兵衛に、流為を紹介した。
「――というわけで、婚約することになった」
「「えーーーっ!」」
「正室を決めるのは大事な政でございまする。それを、そんな簡単に――」
「やったじゃん! お兄ちゃん、仕事人間だから結婚できないと思ってた」
「いっしょに暮らすが、正式な婚姻は吉次さんとの約束を守った後にしてもらった。流為はキララより二個下で、結婚には早いしね」
流為が不満気な顔をする。
「……早くない」
「俺の感覚としては、ってことだ。それに、時間が立てば流為の考えも変わるかもしれない。そのときは、自由にしてあげたいからね」
「……私は変わらない。優介、面倒くさい」
「おっしゃる通り、真に面倒臭うございまする」
「何か言ったか?」
「い、いえ、思慮深うございまする」
「これで鉄船造りが始められる。キララ、ポスターを奥州中にバラ巻いてくれ」
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優介は鍛冶頭の鉄八を連れて、船造りをしている工房を見て周った。優介は船の構造を設計図に落とし込み、鉄八には手頃な船を物色させた。
釜石に戻った優介は設計図を見て小型の模型を作り、甲板に箱を乗せて見た。信長の鉄甲船は安宅船がベースなので、船上の両舷からはみ出るほどの構造物を乗せる形になっている。
鉄八には買った船に張る鉄板を何通りか用意させた。
「……手伝う」
「なら、キララといっしょにポスターを配ってくれないか」
「……優介から離れるな。兄様にそう言われた」
「見張りってわけか。信用されてないなあ。それじゃあ、えーと」
ヒュン! 風切音がしたかと思うと、手元の模型が砕け散った。
優介が振り返ると、弓を構えた由利維平が睨んでいた。
「鉄船なんてノロマなもん、作ってどうする。牛に乗って戦場へ出るつもりか? 敵があくびをするぜ」
「そのまま寝てもらえれば最高だな。争いを避けられる」
「竹の盾に砦に鉄船。てめえは亀か! 甲羅ばかり作りやがって。そんなものは無駄だということを教えてやる!」
由利が大弓を引き絞る。奴が持っているのは三人引きの強弓だ。
鉄板に向けて矢を放つと、ゴーンという鈍い音と共に突き刺さった。
「俺様がその気になれば、甲羅など無駄だ。覚えておけ、どん亀」
「……させない」
「むっ!」
流為が由利の額を狙って矢を放つ。防ごうとした由利の左腕に矢が突き刺さった。
「流為か。懐かしいな。喧嘩っ早さはガキのころから変わってねえ」
「……夫の敵は私の敵」
「夫? ククク、蝦夷のじゃじゃ馬がどん亀野郎の妾になったのか。こいつは傑作だ」
「……同族殺しのユーリ。蝦夷はお前を許していない」
由利は流為を睨むと刺さった矢を袖ごと抜き取った。あらわになった左腕には龍のタトゥーが見える。
「――蝦夷ってのは、血じゃねえ。強さだ。弱くなっちまったら、もう蝦夷じゃねえ。流為、てめえにもいずれわかる」
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「ユーリの顔を狙うなんて、死んだらどうするんだ」
「……守るため」
「俺から離れないっていうのは護衛も兼ねてのことだったんだな。でも、流為。俺を守るために人は殺すのは禁止だ。約束してくれ」
「……それじゃ守れない」
「守れなくてもいい。約束を破ったら婚姻はしない。流為に殺されてもだ」
「……わかった。急所は狙わない」
――そういう意味じゃないんだけどなあ。
由利が射抜いた鉄板を確かめると矢じりの三分の二ほど貫通していた。
「五厘(1.5mm)の厚さでこれだと、一分(3mm)あれば大丈夫か? でも、それだと浮かぶのかなあ。ルイ、鉄板を狙ってみてよ」
流為が放った矢は貫通せずに跳ね返った。当たった個所がへこんでいる。
「………」
そして流為もへこんでいた。
「流為、気にするな。ユーリの弓は三人引きの強弓だ。俺は普通の弓に耐えられるかどうかが知りたかった。もう少し厚くする程度で良さそうだな」
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二カ月後、奥州・北上川
優介は河船に厚さ八厘(2.4mm)の鉄板を張り付けたものを浮かべてテスト航行をした。キララのポスターを見て、集まってきた若者たちが船を押す。
「「「せーのっ!」」」
「やった! 浮かんだ!」
優介は船の上で小躍りした。
「みんな、聞いてくれ。俺たちの目標はこんな小船じゃない。日本一、いや唐土にも無いような巨大船だ。何度失敗してもいい。必ず成し遂げよう!」
「「「「おおーーーっ!!」」」」
優介は船大工たちと触れ合ってみて、彼らに技術があることがよくわかった。鉄船を造らなかったのは技術力の問題ではなく、作る必要性がなかったからということも。
――必ず鉄船はできる。
そう優介は確信した。




