1182年6月 金策
奥州平泉・優介邸
鉄船を造ろうにも人も金もない。優介は考えた結果、ポスターを使うことにした。昔、見たことがある信長の鉄甲船の絵を下描きし、キャッチコピーを添えてみる。
『男の大浪漫! 日本初の鉄船を造るのは君だ! 船大工求む』
「晴兵衛、どう思う?」
「若者のやる気は刺激できそうですな。ただ、見た目が味気のうございまする」
「お兄ちゃん、私も力になるよー!」
キララもポスターの下描きを持ってきた。
キララの上半身の絵の下にある、キャッチコピーを見て優介は吹いた。
『初心者でも安心 綺麗な小袖でお仕事 遊女屋』
「平泉に店を開くのよ。お金が必要なんでしょ。やるからにはバズらせて、トップのお店にしてみせるわ!」
「ダメだ! ダメだ! お前は未成年なんだぞ」
「わかってるって。あたしは踊るだけでエッチなことはしないよ。それは雇った人にお願いするから」
「もっとダメだ! 未成年が売春管理なんて、考えただけでおぞましい」
二人で言い争っていると晴兵衛がポツリと言った。
「ただ、見た目は良うございまする」
優介はもう一度キララのポスターを眺める。
「うん、悪くないかもな……。よし、決めた! キララを鉄船のキャンペーンガールしよう」
「ええー、化粧品とかがいいのにー」
一週間後、鉄船とキララが描かれたポスターが何百枚も刷られた。
「ねえ、こういうのってさ、勤務条件とか書かなくっていいの?」
「い、いいんだよ。日本初の鉄船造りに参加できる喜びが一番の報酬なんだから」
「あー、いけないんだ。そーゆーの、やりがい搾取って言うんだよ」
「……勉強してないくせに、そんな言葉は知ってるんだな」
「地下アイドルでも問題になってたもん」
「金が無いから仕方ないだろ? 鉄船が軌道に乗ったらちゃんと払うさ」
「売れたらギャラを払うって、ダメなアイドル運営みたい。強制労働させてる泰衡様と変わんないじゃん。あたしのイメージまで悪くなるなら、キャンペーンガールを降りるからね」
「ああ、わかった。わかった! 金を工面すればいいんだろ! 金を!」
――こうなったら吉次に借りるしかない。しかし、何かネタが必要だ。
優介は記憶の中の歴史年表を紙に書いていく。
二年後、平家が滅びる。
五年後、頼朝に追放された義経が奥州へ戻ってくる。
七年後、奥州は源頼朝に滅ぼされる。
こんなネタでは突拍子もなさすぎるし、奥州藤原家が何をしていいのかもわからない。変に警戒されるだけだ。もっと、近い未来で秀衡が喜ぶことじゃないと――。
――あった! 来年の十月の史実。これなら吉次も食いつくはずだ。
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奥州平泉から離れた山中
「平泉の豪邸じゃなく、どうして山の中に呼び出したんだ? 吉次さんは」
平泉を流れている北上川を上っていくと山の奥に大きな集落があるのが見えてきた。建物の形も平泉とは全然違い、定住ではない簡易的なものだった。そこに住む民の衣服も独特で、身体の所々にタトゥーが入っている。
「ここはもしかして――」
「蝦夷の里です。ようこそ優介」
腕をむき出しにした服を着た吉次が立っていた。
「腕に刺青がこんなに入っていたんですね」
「普段は見せないようにしていますからね。私のもう一つの顔は蝦夷の族長です」
吉次の家は平泉の豪邸とは違い、広いが質素な家だった。
優介は考えてきたことを吉次に話した。
「米だけで、そんなことが可能なのですか……。賭けてみる価値はありますね」
「ただし、相当な量の米が必要です。そして米を安全に運ぶには鉄船が必要になります」
「フッ、なるほど。ここで鉄船ですか。あなたはハッタリが得意です。容易には信じられませんね」
吉次は毛越寺が発行している護符を取り出すと、裏返した。
「起請文です。今言った言葉に嘘は無い、約束を守ると、信じる神に誓いなさい」
「信じる神ですか。えーと、じゃあ、阿弥陀仏で」
優介が起請文を書いている姿を吉次はじっと見つめていた。
「――軽いですね。優介は神仏を信じていないように見える」
「信心深いほうではないです」
「だったら、起請文の意味はない。流為を連れてきなさい」
吉次の後ろに控えていた男が家を出ると、一人の少女を連れて来た。
日に焼けていて健康的な美しさを持っている。顔に入っているタトゥーがワイルドさを強調していた。
「妹の流為です。あなたの妾にしてもらいます」
「え!? 話がみえません。どういうことですか?」
「起請文の代わりですよ。約束を破ったときは、流為があなたを逃がしません。武芸の腕は男顔負けです。その気になれば一撃であなたを殺せます。無論、妾なので抱いても構いません」
「あのう、もう少しおしとやかな妹さんは――」
「……おしとやか。痛みを与えず殺せる」
――こえーよ! でも、金のためなら監視役を受け入れるしかないか。でも、よくよく考えたらこの子もかわいそうだ。兄の命令で好きでもない人の妾にされるなんて……。
「吉次さん、その条件ですが」
「断るのですか? だったらお金の話も無しです」
「いいえ、迎えるからには妾じゃなく正室でお願いします」
優介の言葉に吉次が驚いた。
「優介は奥州の英雄です。これから有力豪族、いや藤原家の娘との婚姻もあるかもしれない。本当に蝦夷が正室で良いのですか?」
「はい、幸せにします」
「フフフフ。英雄の考えは凡人には理解できませんね。流為も構わないか?」
流為は顔を真っ赤にして、返事をしなかった。
「決まりのようですね」
吉次は金を用意することを約束した。




