1182年4月 優介軍
奥州平泉・優介邸
今では製紙工場と化している屋敷で、優介は吉次を問い詰めていた。
「ほんっ――とうに戦はしないんですよね」
「しつこいですねえ。優介には軍の調練をしてもらうだけで戦はさせません。戦をする理由がない。黄金があり、耕せる土地も余りある。領土を拡げても損が多いだけです」
「模擬戦はやったら? お兄ちゃんは英雄って呼ばれて超バズってるよ。後三回、勝てば、俘虜を全部返してもらえるじゃん」
「キララは黙ってろ! 俺は殺されかけたんだぞ」
「あのユーリに一対一で挑んだ男の言葉とは思えませんね。英雄扱いされたのだから、キララの言う通り、素直に喜べばいいのです」
「俺の喜びは妹と平穏に暮らすことです。次に俘虜を全員解放すること!」
――殺し合いなんかゴメンだ。京から連れて来た人にも戦はさせない。
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優介は次の日から千人を引き連れて奥州中を周った。行軍訓練と届け出てはいるが、実際は文字を教えるために派遣してあった百人の教師が使う学校を隠れて作る予定だ。
――教育立国。
奥州の子供が学ぶ喜びを知れば、立派な学者が生まれ、日本全体が希望に包まれる。そんな未来を優介は夢想するようになっていた。
「お兄ちゃんってば、過去に来てまで教師をやりたいんだね。マッジメー」
「キララも同じだろ。ダンスで人を楽しませようとしている。いっしょに奥州を周れば、舞姫としてきっとバズるよ」
キララは難しい顔をする。
「ダンスだけじゃバズらないのよ。ヒット曲があってこそのスターでしょ。そんな曲、あたしじゃ書けない。やっぱりアッくんじゃないと――」
「敦盛様のことは忘れろ。もう会うことは無い」
「でも……」
「殿ー! 天下殿はおられるかー」
キララとの話を打ち切るように、陰陽師姿の男がやってきた。
背が子供のように低いが、髭だけは立派なものを蓄えている。
「晴兵衛、その呼び方はやめろ」
「呼ばずにおられましょうか。殿は必ず天下を取ると、この晴兵衛の占いに出ておりまする。そして、第一の家人である私は――」
「大臣になるんだろ」
模擬戦に勝ってからというもの、この手の仕官希望者がわんさかきた。優介を本物の英雄だと思い、おこぼれに預かろうと寄ってくるのだ。全員断ったが、安倍晴兵衛と名乗る、この自称、陰陽師の男だけはどんなに冷たくあしらっても諦めなかった。
「いやあ、大臣だなんて。照れまする」
「勝手に照れてろ。晴兵衛、何かあったのか?」
「泰衡様が軍の訓練をしていないとカンカンですぞ。殿の浅知恵、いや深慮を見破られましたな。きっと兵士の中に密偵がおりますぞ」
晴兵衛は頼んでもいないのに、せっせと情報を集めてくる。そして口が悪い。
「そりゃ千人もいれば、泰衡におもねる人間も出るさ」
「秀衡様の耳に入るまで、まだ時がありまする。ささっ、戦の訓練をば――」
「しないよ。工事を進めるだけだ」
「そ、そんなあ、せっかく苦労して調べてきましたのにぃ」
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奥州平泉・伽羅御所 大手門
数日後。伽羅御所を見張っていた安倍晴兵衛は、秀衡が武士を率いて出てくるのを見つけた。
「あ~、とうとう秀衡様が学校を視察される。困った、困った。考え直して訓練してくれてればいいが……。殿は戦が強いが、おつむは弱そうだからのう」
秀衡の横には泰衡、少し後ろに由利維平が付き従っていた。
「優介は父上が与えた兵に訓練もさせず館を造っております。それも奥州中に。英雄気取りで別荘を立てているつもりなのでしょう。思い上がりもはなはだしい!」
「あやつのことだ。何か考えがあるのであろう」
「訓練をしていなければ、兵を取り上げてください。ユーリに鍛えさせます」
「――そうだな。奥州を守る気のない男に兵を預けても仕方あるまい」
秀衡が優介の学校に近づいたとき、後ろから追いすがってくる声が聞こえた。
「お待ちくだされー! お待ちくだされー! あいたぁ!」
つまずいて転がるように秀衡の前に出たのは安倍晴兵衛だった。
ユーリがつまみあげる。
「なんだぁ、チビ」
「離せ! 猪武者! わしはチビではない。優介殿の一の家来、晴兵衛じゃ!」
晴兵衛はジタバタしてユーリを振りほどくと、平伏した。
「秀衡様、これから館をご覧になられても、お叱りなきよう。今は……そう! 兵に筋力をつけさせている段階なのです。館造りはそのための策でございする」
「下がれ。話は優介から聞く」
「……御意にございまする」
秀衡たちはしょんぼりと座っている晴兵衛を無視して先へ進んでいった。
晴兵衛も立ち上がり、追いかける。
「あ~、殿の道楽が見つかってしまう。せっかく私が助言したのに殿のバカー」
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学校についたとき秀衡は唸った。
「泰衡、そなたにはあれが別荘に見えるのか」
「……いいえ。砦です」
建物の周りに堀を巡らせてあり、内側は先を尖らせた丸太で囲んでいた。物見台も見える。
丸太塀の上から優介が上半身をのぞかせた。
「秀衡様ではありませんか。どうされました?」
「そなたは砦を奥州中に作るつもりか?」
「はい、これが優介軍の戦い方です。戦が起こったときには、民には避難する場所が必要です。立てこもって戦うこともできます」
ユーリが太刀を抜いて前に出る。
「優介ぇ! 守ってばかりじゃ、敵は殺せねえ!」
「その通りだ!」
「ああん? 戦を舐めてやがるのか」
「優介軍は奥州を守る。だが、敵を殺さない! 不殺の軍だ!」
「ふ、不殺ぅ!?」
ユーリだけじゃない、そこにいる誰もが優介の言葉を理解できないようだった。
少し間をおいて秀衡が白い歯を見せた。
「ふはははは! それでいい。奥州を守れといった命には背いておらぬ。優介、その意地。貫き通せるのなら、通してみろ!」
奥州の空に秀衡の笑い声が響き渡った。




