1192年2月 教育
鎌倉・大倉御所 合議の間
優介が奥州浄土宗法主の地位を担保に銭を借りたいというと、合議の間がざわついた。梶原景時が比企能員に目配せをした後、咳払いをした。
「コホン。優介殿、西国の水軍の半分なら貸しても良い」
「いや、この時政が銭の手助けしよう」
黙っていた比企能員が口を開く。
「優介殿は早く大学を作りたいと申しておる。船を造る時も惜しいのでは」
「そう! そうなんだ! 銭より船のほうがうれしい」
「政所別当、西国の水軍に仕事を与えれば、頼家様への忠誠も高まろう。幕府の銭や所領を渡すのではない。私は良いと思うが、いかがかな」
「――わかりました。皆の意見を聞きましょう」
賛成は梶原、比企、奥州派五人の七票で過半数を超え、優介の大学設立案は承認された。
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合議が終わり、満足して帰る優介を時政が追いかけてきた。
「梶原と手を組むつもりか、優介!」
「大学設立のためだ。大体、俺が法主を担保にするって言うまで、知らんぷりしてたくせによく言うよ。少しは応援してくれたっていいじゃないか」
「あのなあ、誰も賛成せぬ案に、わしだけが賛成したら密約を疑われるじゃろうが」
「密約は守る。時政殿の天下取りの邪魔はしない」
「充分しとるわ! 交易が成功すれば梶原が太るし、失敗すれば浄土宗を取られる」
「交易は失敗しない。梶原が太ったところで、嫌われ者が人気者に変わるわけじゃないだろ? むしろ傲慢になってより嫌われるんじゃないか」
時政は腕を組んで考える。
「なるほどな。ふふふ。さすがは奥州の妖怪。根っからの策謀家じゃて」
――あんたが史実でやった陰謀を言っているだけだって。
「違う。俺は人命重視の教育者なの! うがった目で見るのは勘弁してくれ!」
「わかった、わかった。逆らって謀殺されてはかなわぬ」
「あのなあ!」
優介の怒りも気にせず、時政は笑いながら去っていった。
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奥州平泉・伽羅御所
二週間後、優介は泰衡に奥州に呼び出されると、こんこんと説教を受けた。
「……何回も謝っただろう。もう勘弁してくれ」
「いーや、何度でも言う! 貴様を信頼しているからこそ奥州派を貴様に従うようにさせた。理由はわかるな? 奥州を守るためだ! 奥州浄土宗が鎌倉の手に渡れば、奥州が危機に陥る。それがわかっているのか!」
「交易は絶対成功させるから大丈夫だって」
「この世に絶対などは無い!」
「そんなに心配なら、安心できる方法を教えてやろうか」
「貴様がここで死ぬのか? それはいい。大学の計画が無くなる」
「俺の交易を支援しろ。そうすれば、必ず成功する」
「何だと?」
「この紙に計画が書いてある。まずは奥州の武士を千人ほど蝦夷ヶ島へ渡らせてくれ、昆布採りの名人がいるから、みんなで教わるんだ」
「何を言っている?」
「協力しないと奥州の危機だぞ。泰衡」
「――はじめからその腹だったな、優介えええ!!」
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三カ月後、蝦夷ヶ島から昆布を乗せた大船団が南宋へ向かって出航した。
昆布は出汁として使えるだけはなく、大陸の内陸部にいる人間が補えない栄養素が多く含まれているため南宋の民が欲していた。薩摩藩の討幕資金は昆布の密貿易で稼いだと言われるほど、昆布は儲かる商品だった。
南宋での代理店はキララに任せることにした。数カ月後にはキャンペーンガールとして昆布ソングを歌っていることだろう。
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奥州白河・白河本願寺
優介は大学ができるまで、白河本願寺を仮校舎として使うことにした。
百人の生徒を前に優介は演説する。
「先生の優介だ。ここには高名な僧も学者もいない。代わりに一流の職人を集めた。彼らが君たちの師だ。自らの知恵を磨き、新しい物を! 見たことの無い物を! 人のためになる物を作れ! その才が君たちにはある!」
優介は鍋を持ってきて湯を沸かした。沸騰すると鍋の蓋がカタカタ音を鳴り始める。
「湯が泡立つと鉄の蓋を動かす力が生まれる。君たちに一つ目の問いを出す。この力を使って、井戸から水をくみ上げる方法を考えろ。思いつくすべての方法を試せ。銭のことは考えなくていい」
「「「「はい! センセイ!」」」」
目を輝かせて返事をする生徒たちを見て、優介は幸せを感じていた。
――これだよ、これ。俺がやりたかったのは! 自らの力で考え学ぶ学校。蒸気機関なんて、できなくてもいい。だいたい俺も良くわかってないんだから。いっぱい失敗しろ。それこそが学びだ!
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鎌倉・優介の屋敷
優介はこの喜びを分かち合いたくて、鎌倉へ飛んで帰った。
「流為! 聞いてくれ! 俺の夢が叶ったんだよ」
「……おめでとう」
「諭吉も大きくなったら大学に――あれ、諭吉はどこだ?」
流為が庭を指す。諭吉がヨロヨロと歩きながら、鶏を追いかけていた。
優介の屋敷では養鶏をしている。
「……諭吉。パパに挨拶」
「こういうのを幸せな家庭って言うんだろうな」
優介は目を細める。が、諭吉が振り向いた瞬間、目を見開いた。
「顔が血まみれじゃないか! なぜ手斧を持っている!」
「……鶏を絞める稽古」
「コケーッ!!」
鶏の絶叫が響く中、優介は庭へ飛び出して諭吉を抱き上げた。
「諭吉はまだ二歳だぞ。獣の殺し方を教えるには早い! さあ、諭吉。父さんといっしょに勉強しよう」
「……読み書きは早い」
「そんなことはない。俺は諭吉を日本一の学者にする」
「……日本一の戦士にする」
「戦いを好むようになったら、死ぬだけだぞ!」
「……強ければ死なない」
「ハァ……。諭吉、ママは強情で困るな。よしよし、パパが血を拭いてやるぞ」
優介は袖で諭吉の血を拭っていく。首筋まで綺麗にしたところで手が止まった。
「流為! 諭吉にタトゥーを入れたな! 諭吉が成長してから、入れるかどうかを本人に決めさせるって、二人で話したよな!」
「フフフ」
「待て! 流為!」
流為が逃げていくのを追いかけながら、優介は異文化結婚の難しさを改めて感じた。




