隠密ランナーが行く
2018年 接待マラソンを走った時のお話
マラソンをすることになったのだった。
とある自治体の主催するマラソン大会を盛り上げるため、自治体関係の仕事を請け負っている我が社が、全国の社員に参加要請をしてきたのだった。接待マラソンか。いや、公務員への接待は禁止されているため「自主的に参加してね」ということだ。なんだただのパワハラか。
わざわざ参加料を払い、遠出してまでマラソンをする意味が分からない。ところが世の中には「金を払ってでも走りたいッ!」という者は殊の外多く、それなりの人数が集まるようだった。
それにしても気になるのはマラソン大会のチラシだった。そこには忍者衣装に身を包んだランナーが描かれている。当然といえば当然、なぜならそこは全国的にも有名な忍者の里だからだ。見ればチラシには、ランナーばかりでなく応援する者も忍者姿で描かれているではないか。
これは忍者姿で参加しろということか、なかなかハードルが高い。しかしさすが忍者の里、チラシをよく見るとどうやら有料で衣装の貸し出しまでしているらしい。このぬかりなさ、俄然興味がわいてきた。これは参加せねばならぬ。
参加を決めるとあとは練習だ。マラソンなんていつ以来だろうか。やはり人に誘われて走った別のマラソン大会では、ゴール直前に倒れて救急車で運ばれるという失態を犯した私だ。歳と共に自分のイメージに追い付かなくなる体に慣れておかなければ。
そして本番当日、忍者の里に忍者姿の私がいたのだった。忍者衣装といえば黒だと思っていた私だが、貸衣装のカラーバリエーションは青、赤、黄、ピンクと豊富だった。いやピンクって、、、ちっとも忍んでいないではないか。
妻を従えた黒忍者な私が隠密に会場入りすると、すぐに大会スタッフが見つけて駆け寄ってきた。なんだと、私の隠密を見破るとは。妻か、妻が原因か。驚く私に、あろうことか大会スタッフは次のような提案をしてきたのだった。
「コスプレ大賞に参加しませんか?」
なんだと?私がコスプレをしているように見えるのか。うむ、確かにコスプレに見えなくもない。が、これはランニングウェア。私はマラソン大会に参加するためにやってきたのだ。コスプレなどには興味はない!
「今、参加者が少なくって、今ならもれなく景品がもらえますよ!」
なに!?景品とな。いや、景品などには興味はない。ないが、困っている者を見過ごすわけにもゆかぬか。致し方ない、参加しよう。ところで妻よ、なにを笑っている。
「ではこのタスキをかけてください。コース途中に撮影ポイントがあります。そこで写真を撮らせていただきますのでキメポーズをとってくださいね!」
うむ、写真とな?忍びがその姿を残すなどあり得ぬが、まあ良い、祭りじゃ、構わぬ。そして妻よ、何がそんなにおかしいのか。
妻と別れて選手集合場所に到着すると、見渡す限り忍者は私一人だった。おかしい、会場を間違えたか?隠密行動のはずが激しく浮いているではないか。同じ会社の参加者を探して合流すると皆が忍者姿の私に驚くが、いや、ここではこれが正装だろう。むしろなぜキサマらは忍者衣装ではないのだ。今からでも遅くない、借りてこい。やめろ、撮影するんじゃない!なぜ偉い人を呼んでくるのだ。ああ、接待で使う写真を撮るためか。
まさに今、刻まれようとしている黒歴史を止める手段を持たないまま、私の撮影会は始まったのだった。というかこれマラソン大会でいいんだよな?
ようやくマラソンが始まると、沿道にいる子供たちの応援が私に集まった。ぐぬぬ、忍者ともあろう者が1位でないのは屈辱だが、せめて忍者らしく颯爽と走ろうではないか。そうして走ったコース終盤、突然大会スタッフに呼び止められたのだった。
「はい、こっちです!こっちこっち!はいココに立って!カメラに向かってぇ~ハイ!ポーズ!」
そういえばコスプレ大賞にエントリーしていたのだった。写真撮影の間、何人ものランナーに抜かれていく。おかしいな、確か私も順位争いをしていたはずだったが。そして大会スタッフめ、なぜヘロヘロになったコース終盤に撮影ポイントを持ってきた。
まるでF-1のピットインのような写真撮影を終えた私はマラソンに戻り、ようやくゴールを迎えたのだった。
こうして私の撮影会という名の隠密マラソンは幕を閉じた。
表彰式、コスプレ大賞をとったのは、ガチなMy衣装を着こんだ忍者だった。お前、、、決してマラソン目的じゃあないだろ。そして今までいったいどこにいた。
私はそこに忍者の神髄を見る思いだった。
1年間投稿を続けてきましたが、今回の投稿をもって最終回とさせていただきます。
区切りとして一旦完結とさせていただきますが、気が向いたときに不定期投稿をしようかと考えています。
とりあえず次回は番外編 「ボタンがたくさん」を予定しますが、どうなるか分かりません。
読んでいただいたみなさまには感謝しかありません。また、この作品を通じて出会えたたくさんの方々も私にとっては宝物です。
みなさま、本当にありがとうございました。




