妻とエッセイ
2021年 妻にエッセイを書いていることがバレた時のお話
エッセイ。
それは作者の日常を公にさらし、自らのプライバシーをかなぐり捨ててでも笑いを取りに行くような作品のことである。あれ?そんなのは私だけか?
つまりエッセイを読まれるということは「恥ずかしい部分を知られる」ことであり、そんなもの知り合いにみせられるものか!と誰しもが考えるのではないだろうか。
私だってもちろんそうだ。だってそうだろう、あの真面目そうな人が、実は変態だったなんて!などとあらぬ噂をされてはたまらないではないか。そんなことになってしまったら、木陰からそっと私をうかがっている(であろう)可憐な少女の恋心を、いったいどうしてくれるというのか。
もちろん妻にだって内緒だ。いやむしろ妻にだけは知られてはいけない。何しろ妻の恥ずかしいエピソードも(無断で)書いているのだから。
ところが一つ屋根の下で暮らしていると隠し事をするのはなかなか難しい。膨大な時間をパソコンに向かって過ごす私に対し妻が不満を漏らし、構ってくれとばかりにいきなり画面を覗き込もうとする。慌てて画面を隠そうとする私に妻は言ったのだった。
「エッチな動画を見てるの?」
なんて濡れ衣を着せようとしているのだ!まてまて、その発想はおかしいだろう。私がいつエッチな動画を見ていたというのだ。そんな実績は(最近は)ないからな!
はたして「エッチな動画を見ている夫」と「エッセイを書いている夫」ではどっちの方が傷が浅くすむだろうか。私はエッセイを書いていることを妻に話すことにしたのだった。すかさず妻が言う。
「読んで」
いやいや、私が読むのか?いやだよ。何の罰ゲームだよ。
「私に言えないようなことが書いてあるの?昔の女どものことが、、、」
だから濡れ衣を着せるのはやめろ!「ども」ってなんだ「ども」って!そんな過去はない(ことになっている)からな!
はたして「過去の女を隠す夫」と「妻の前でエッセイを読む夫」ではどっちの方が傷が浅くすむだろうか。私は甘んじてこの罰ゲームを受け入れることにしたのだった。というか誰かこのサラミ戦術を止めてくれ!
妻の登場する話は2本あった。恐る恐る読んでみると予想通りに妻の顔が険しくなる。
「これじゃ、私が空気読めないみたいじゃない」「バカにしないで!」
妻はいつも「しっかり者」を目指しているのだったが、エッセイに書かれている妻は「うっかり者」だった。
いくら「こういうのがカワイイんだよ」と言っても納得せず怒る妻。仕方がない、妻のネタはいくつかあったのだが、その時点で厳重に封印しパソコンの奥底へ投棄、もう2度と出てくることはないかと思われた。
ところがそんな妻の話に「カワイイ」との感想が書かれていたのだった。しかも複数!救世主降臨す。さっそく妻に言ってみる。
「感想にカワイイって書かれてたよ」
「!!」
妻の目が大きく見開かれる。間髪入れず「読んで!」のお言葉。そうですか、やっぱり私が読むのですか。
感想を聞いた妻は飛び上がって喜んでいた。いや、比喩ではなく本当にぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいた。
それからの妻はことあるごとに私の作業を覗き込み「私のエッセイ読んで♡」「感想読んで♡」と迫るようになったのだった。飽きないな!そしてエッセイを書いていると「私の話?」イラストを描いていると「これ、私?」と聞いてくるようになった。あれ?これ、妻の話をもっと書いても良いのではないか?
いくつか妻の話を書いてみる。妻の反応はやはり「読んで♡」だった。
妻の表情はころころ変わる。私がエッセイを読み上げる間、妻は感想を言葉にし、当時を思い出しては悲しい顔をし、笑顔を見せ、涙した。エッセイを読み終わると妻はぺっとりとくっついてきた。
結婚前から、私は妻と共有できる趣味が欲しいと考えていたが、果たしてこれは共通の趣味となりえるのだろうか。
私はこれからも妻の話を書くだろう。需要があるかはともかくとして。




