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テリー

作者: 奄美なみ

死に絶えていくものは必ずある。もしかしたら毎日、誰かに発見されないまま、この世から消えていくものがあるかもしれない。人々はそれを死滅と言うが、私は絶滅という言葉の方が、似合っているように感じる。一人で死んでゆく人々。腹を空かせたまま山から下りてきて息絶えていく動物たち。すべては運命なのかもしれないが、私はこれを助けたいと、少しは思う。私もまたそのうちのひとりになるんだと思っていて、きっとそれはすぐ、今さっき起きたようなことで、私は死ぬのだろうと思った。


私は犬を飼っている。テリーと名付けたそれにだけは、飢えに苦しんで死んでいってほしくないと思う。だから私は餌をやり、愛を与え、彼から愛をもらう。


私はカウチにひとり、キセルをふかしながらそんな想像をしている。テリーがこちらにやってくる。そろそろ夕飯の時間だ。きっと彼は腹を空かせている。私はというと、長らく食べ物を食べていない。実際空気を吸っていれば生きていけるような人間だから、食べ物は必要以上に口にしない。テリーは近寄ってきて、しっぽをふる。愛くるしいその姿を見て、彼を撫でて餌をやる準備をする。


街の中心部に住む私たちは、犬の散歩をするときに出会う人々と言葉を交わす暇はない。テリーと街を歩きながらのんびりと音楽を聴くことが美しい時間であり、素晴らしい時間の過ごし方であると優越感に浸ることのできる最高の瞬間だ。


私の生き甲斐といえばそれぐらいで、あとはテリーとカウチに座りながら本を読むことぐらいが幸せを感じる瞬間だ。近所の人がやってきた。久しぶりの来訪者にテリーは吠える。可哀想に。常に誰かを敵対視しているような彼を見ていると、人間もこんなものかと考える。


近所の人がパイを持ってきた。有難くいただく。テリーと分けて食べますと告げる。

その人は悲しそうな顔をしながら帰っていく。テリーと私ふたりで生きていることを哀れんでいるのだろうか。人の幸福などはかり知れたものではないのに。


来訪者はそうこない。私たちは閉じこもって生活をしている。町の中心街にいたとしても、それは私たちにできることで、私は人とのかかわりを好まない。テリーとの長い時間をゆっくりと過ごしていた方が、気が楽なのかもしれない。


新しい仕事が入る。小説を書く仕事だ。また物語を紡ぐためにどこかへ旅に出なければならない。もちろん、テリーと共に。私たちはそれくらい、長い時間を一緒に過ごす。言葉は通じえないが、心は通じ合っている。テリーはいつも同じ匂いを放ち、それは私を落ち着かせてくれる。


小説を書いていくうちに、またテリーは食べものをねだる。私の飲む熱いコーヒーと良い香りのパイに引き寄せられるようにこちらにやってきた。犬ってものは、こんなものだ。かわいらしくて、愛おしい。


うるさい電話が鳴り、私はそれに応答しようか一度迷うが、仕方がない。電話をかけてくる相手と言えば、娘しかいないのだから。仕方がなく応答する。 またやりとりが始まる。私の苦手な時間だ。元気か、とか、ひとりで大丈夫か、とか、そんな他愛もない話、誰がしたいのだろうか。むこうだって惰性で電話をかけてきているに違いない。私を父親だと思ったこともないと言い放った割には、最近よく心配するように電話をかけてくる。


そして彼女は言う。

“お父さん、まだテリーはそこにいるの?”




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