day>>end Sunday
世界の終わりの物語。
月曜日の続きです。
7月15日日曜日、終わりの月曜日を目前に迎えたこの日。
僕らは何を思えば良いのだろう。
寒蝉先輩は何を思うのだろう。
渋谷はなんと言うのだろう。
あるいは僕は、何を思う。
『今週は、このニュースで持ちきりです。9日、天の川が一部消失した事件に続報がありました。気象庁の緊急会見が行われ…』
『「怪奇!消えた星々の真相」』
『四時間ほどの現象でありましたが、政府は…』
『本日は天の川に詳しいこの方に…』
『この件についてアメリカは関与を否定していますが、確たる証拠は…』
『天の川の正面を巨大な天体が横切ったとの説もありますが、肝心の天体は観測されておらず…』
ぷちん。
僕は具合が悪くなった気がして、テレビを消す。
もう世界は大混乱だ。
ありとあらゆる陰謀論が飛び交い、デモにテロに自殺、煽動演説殺人強盗。犯罪率は一瞬にして爆発した。
一週間。僕はなにも出来なかった。
天球儀を修復して月を書き直し、次の日から僕は学校に行かなかった。するべきことはやったと思ったから。
僕は今日も学校に行かない。当たり前だ。日曜日だし。
世界はどうせもう終わるし、最後くらい自由にいよう。そう決めた。
「あぁ、寒蝉先輩に告白とかしようかな。最後の思い出に。」
ふと、思い立って家を出る。
「あれ、渋谷じゃないか。」
家の前で塀にもたれてこちらを睨む渋谷。
「お出かけかい。月宮。」
「まあね。今日はゆっくり過ごすよ。」
「今日はゆっくり過ごすよ、じゃないだろう。いよいよ明日だ。今こそラストスパートだろう。」
「いいよもう。僕らに何が出来るのさ。」
「良くない。そもそも月宮、一週間も休んでなにかしてるのかと思えば諦めて開き直ってただけか。」
「うん。まぁね。」
「ふざけるのも大概にして早く来い。どうせ暇だろ。」
「だからもういいって…」
「寒蝉先輩だって頑張って色々調べてるんだ。天球儀と現実の照らし合わせだとかこれから起こることの予測、被害の計算まで。先輩に全部放り投げるつもりかよ。」
「頑張ってるね。お疲れ様。でもそこまでやってくれてるなら僕に出来ることはない……!」
突然、渋谷が僕の胸ぐらを掴む。
僕より背の低い渋谷に引っ張られて僕は視線を彼女と合わせられる。まともに目があって、嫌になって目をそらす。
「…いい加減にしろよお前、一番辛いのは先輩だって分かってるだろうが…!私がこうやって遠回しにお前に言ってることがわかんないのか?自分のせいでこんなことになって、一番辛くて罪悪感を感じてるのは先輩なんだよ!本当は布団にでもくるまって終わりを怯えながら待っていたって不思議じゃない、だけどこうして必死に打開策を探してるのはなんでだと思う!?」
「………」
「お前のためだよ!抱え込んで絶望してた先輩を抱きしめてやったお前に、恩を返してやるために!お前のお陰で立ち直って、怖い気持ちも押さえて、世界とお前のために頑張ってんだろうが!それをお前が諦めてて、一体お前は何がしたいんだよ!なぁ!」
「…………」
「今お前に出来ることは先輩を手伝うことじゃねぇのか。私はこの一週間ずっと先輩にお前のこと聞かれたよ…!今すぐに!先輩のところにいって先輩を元気付けてやることはお前以外に、誰ができるんだよ!」
「…でも」
「これ以上口答えするようならその口塞いでやる。お前の憧れはそんなもんだったんだと先輩に伝える。そこから先はもう好きに死ね。」
「…。」
呆れていると、思った。怒って、呆れて、嫌ってると思った。先輩の事を全く考えもせず、渋谷のことも無視した一週間、弁解の余地は無かった。諦めて、目を、合わせる。
渋谷は泣いてた。
苦しそうに僕を睨んで、ぼろぼろと音もなく泣いてた。
「渋谷……」
「うるさい。黙れ。」
ぐいっと引き寄せられ、唇を塞がれる。
「!!………はぁっ!渋谷!?」
「うるさい。せっかく私が弱ってる先輩をお前に慰めさせようとしてるのに一々ごねるな。全部月宮が悪い。だから罰として、初めては私で我慢しろ。」
「………。ごめん。」
「謝るなら早く行け。」
「そうじゃなくて、気付けなくてごめん。」
「うるさい。バラした後に謝られるのが一番腹が立つ。先輩は部室に居る。早く行け馬鹿。」
「…うん。」
「終わったら呼べ。君たちのイチャイチャに巻き込まれたくないし。」
そして渋谷は小さく呟いた。
「こんなとこでまだ死ねないよ。」
その言葉を耳にして、僕はやっと、笑えた。
「先輩、お久しぶりです。」
「あ、月宮くん、お疲れ様。」
「僕はなにも疲れてませんよ。先輩のほうこそ、お疲れ様です。」
「大丈夫だよ。私は全然平気だし、それに全部私のせいだから。」
…僕は、渋谷の言葉を思い出して。
「先輩は、悪くありませんよ。」
「そんなことは、ないよ。」
先輩の言葉は暗かった。僕には見せないようにしているんだろうけど、後悔とか恐怖とか、全部が丸分かりだった。僕はこんなになるまで先輩を放っておいたのか。
「十億年です。」
「え?何が?」
「恒星の寿命です。もちろん、大きい星はもっと短いですし、太陽とかはもっと長いです。ですけど、太陽系が出来て四十六億年も経ってるんです。現に地球にも何回も隕石が落ちてたりもしますし、地球なんて既に終わっててもおかしくないんです。」
「そう…だね。ありがとう。」
「いや、そうじゃなくて。えーと、僕が言いたいのは…」
焦ってる。深呼吸して。おーけー。大丈夫。
「僕たちが生きてここにいるのは奇跡なんです。僕も、先輩も渋谷だって、あり得ないほどの奇跡を潜り抜けてきたんです。もし世界が壊れても、先輩が宇宙を壊してしまったとしても、巨人の炎に世界が焼かれても、大きな化け物が世界を吹き飛ばしても、地球を捨てなきゃ行けなくなっても、終わった世界に捨てられたって、異世界に連れていかれたって、僕が時間を壊したって、僕たちだけは生き残って見せましょうよ!百年や二百年くらいの時間、あっという間です。」
「月宮くん…」
「生きましょう寒蝉先輩。死ぬなんて許しません。僕は先輩に憧れてるんです。いくらでも先輩の力になりますよ、だから何とかしましょう。絶対に。」
「ほんとに、月宮くんは優しい。」
先輩はやっと笑った。さっきまでの笑顔じゃなくて、もっと、心から安心したような笑い方。
「言葉もだけど、月宮くんは本質が、優しい。分かった、生きよう。私も月宮くん好きだからさ。」
「え、それって、」
「渋谷ちゃん、出てきていいよ。」
先輩は何もない僕の後ろに声をかける。釣られて僕は後ろを振り返る。
「止めてくださいよ先輩。いますごく気まずいんですから……。」
「渋谷!聞いてた…?」
「聞いてたさ。っていうか月宮の後を付いていったんだけど。」
暫しの沈黙。
「………」
「…月宮も、なかなか言うようになったじゃないか。私も死んでやる気は全くないしね。」
「ふーん?渋谷ちゃん何かあったー?」
「いいや別に何もないですよ、先輩。何もね。」
「顔すごく赤いけど。」
ぺちっ。
言われて渋谷は自分の顔を触る。
「か、風邪だと思いますね。重要局面に緊張しているというのもあります。」
「ふふっ。よし、じゃあ作戦会議しようか。」
「そういえば先輩、天球儀を壊したのは何時でした?」
「七時位だったと思う。それが?」
「いや、まずいんではないかと思って。もしそうすると、世界の終わりは今日の夜ということになってしまうんです。月曜日に一週間後と言うのでてっきり月曜日の夜かと思ってたんですが、壊れたのが日曜日だとすると終わるのは日曜日と言うことになるんです。」
「何だって!どうすればいい!天球儀は修復しただろ?月もちゃんと書き直した!」
「分からないが。とりあえずみんなに、これを伝えるのが先決だろう、先輩、頼みます。出来るだけ多くの人に…………」
突然、渋谷は固まった。
「?どうした渋谷。」
「今、月宮、何て言った?」
「え?覚えてないよ。どうするかって聞いた。」 「そうじゃない、今天球儀を修復したって言っただろ?月を書き直したって。」
「そうそう。渋谷ちゃんも一緒に描かなかった?」
「違う違う違う、そうじゃない…何処だ、引っ掛かる。」
渋谷は頭を抱えて、僕らはかける言葉が分からなかった。
「い、位置間違えたとか?」
「それだ!」
「嘘、直ぐに描き直さなきゃ、」
「違う違う!」
駆け出す先輩を止めて渋谷は、
「なんで天球儀に月が描いてあるんだ……!」
「そういえば…!」
「九月一日に描き直されたシリウスが一週間後の八日に消えて、…」
「えっ。」
先輩が驚いたように呟く。
「違うよ、九月二日に描いたの。」
「何だって?…まさか!」
「おい、渋谷説明しろ!」
「とりあえず空の見えるところに出るぞ!話は走りながらする!」
そういうと彼女は飛び出した。
「待って!」
「シリウスの描き直しが九月二日で、六日後の八日に消えたんだ、これは先輩の勘違いだけど、問題は変化が六日後に起こること!壊れたのが八日なら終わりは『昨日に起こったはず』!」
「え、じゃあなんで…天球儀は関係ない!?」
「いや、それはないだろう!天の川の全面を消すのはさすがに何があっても無理だ、オカルトなあの天球儀が関係あると見て違いない!終わりはもう起こったんだ!」
「…?分かんないよ!」
「天球儀は地球から見た星空だ、それが割れても、なくなった訳じゃない、恐らく影響を受けるは表面に描かれたものだけだろう!」
「だったら、もう世界は終わらないんじゃ!?」
「『それ』ではな!もし私の予測が当たってたら…!」
正門を、飛び出る。
「…!しまった…ダメだ。」
「どうしたのさ…」
「月だ、月が出ているだろう。」
うん、と僕は答える。綺麗な満月が、東の空に。
「そうだけど??」
「まだ日は沈んでないぞ。」
「っ!じゃああれは!一週間前に描いた月が…!」
「まずいな、あの軌道だと本物とぶつかる!被害が!」
「走れ!今すぐみんなに伝えないと!」
九月十五日日曜日、午後十時三十二分
突如出現した二つ目の月と、一つ目の月が衝突、二つの月は融合し破片が地球へと降り注いだ。
更には月の質量が変化し、地球の潮力、自転にも多大な影響を与えた。
これを景気に世界中の混乱が加速、テロ鎮圧等のために戦争が勃発した。
十一月、この戦争は人類文明の滅亡と地球上資源が底をついたことでなし崩し的に終結した。
『記録上は。』
「恐らく、あの天球儀は宇宙を修正するための道具だったのだろう。だから月を消した時、適応された。しかし人類は、つまり私達は愚かにも月を描き加えた。宇宙を扱う、器じゃなかったんだろうな。私達は。」
「そうだな。でもさ、『めぐる』。」
「ん?」
「僕たちは生き残って、ここにいる。それで今はいいんじゃないかな。例え僕たちのせいでこんなことになったとしても、もう元には戻らない。ここからだよ。もう一回。」
「ふ。言うようになったじゃないか。」
「それ、昔一回聞いたことあるかも。」
「次は、無いぞ。二度目はない。」
「分かってるよ。もちろん。」
「お。先輩帰ってきた。みや子先輩ー。」
「先ー輩ー。」
「ごめーん。待たせてー。」
僕たちは、生き残る。
これまでも、これからも。
一週間と言わず、いつまでも。
END
ご愛読感謝いたします。
短編とはいえ完結させられましたこと、大変有難く思います。
「ありがとう。」