day>>3 Wednesday
前書きは不要でしょう。
水曜日の一つ噺でございやす。
えー、これは嘉永六年、海の外から攻めてきた黒い船を浦賀で撃退したすぐあとのお話、とある西洋学者のお話でございやす。
彼の名は助八と言いまして、回りからは「八っつぁん」だなんて呼ばれておりやした。
こいつがまたとんでもない変わり者で、西洋の奇っ怪な文化技術を研究して、そいつを将軍様なんかにも成果を献上してやして、お上にも大変気に入られたそうで。
「おぉい八っつぁん。俺だよ、やぶ吉だよ。」
「なんだやぶ吉、今日は何用だい。」
「何って、またお前が凄いもん作ったと聞いて見に来たんじゃないかい。」
「おお、それのことかい。蒸気エンジンを改良したのさ。」
「この間の絡繰か。」
「外人さんの船が来て以来、あちこちで色んな技術が飛び交ってるんだ、ここでやらなきゃ世の中に行き遅れちまう。」
「そうかい?もうすでに俺はお前の頭ん中についていけちゃいねぇや。」
「まぁとにかく見ていってくれや…」
そんなわけで助八はやぶ吉を工房に通しやしたが、これがまたとんでもなく広い場所で、一辺四十丈ほどの部屋に得体の知れない道具やら材料やらが散らばっておりやした。
「なんだいこりゃあ!どうなってんだい!」
「山の中をくりぬいてるんだ。西洋の機械と鉄板を使えばこんなことも出来る!だがしかし俺はこいつに将軍様に隠して貯めてた大判を全部つぎ込んじまった。つまり今こいつがお上に見つかれば俺はもう死んじまうしかねぇな!」
「そんなもん俺に見せていいのかい。」
「おう。今は俺とお前しか俺のこの工房に使った金のことは知らん。たった二人じゃ見付かりようがないだろう。」
「俺が将軍様に報告するってこたぁ考えちゃいないのかい。」
「あぁ、考えちゃいないね。お前にゃこれからいろいろと手伝ってもらうことになる。結局共犯になるんだ、お前までお縄につくことにならぁ。」
この時やぶ吉は、助八がこれから何をしようとしているか気がかりになっちまいまして、法に触れちまうんじゃねぇかってえ話はすっかり頭から抜けちまったんでございやす。
「おい八っつぁん、俺ぁ一体何をすりゃいいんだ。」
「それじゃ油を買ってきてくれ。」
「油だって?そりゃあ、絡繰に差すやつかい?」
「いいや、そうじゃない…」
さぁ、助八とやぶ吉の二人は何やら怪しげなことを始めたんでございやすが、その頃巷では妙な噂が流れておりました。
何でも夜に化け物がでるだとかで、表へ出るとしゅうしゅうと奇妙な音を立てて歩いてるんだとか。
しかもこれが決まったところじゃあなく広くあちこちに出るもんだから、この辺りの町の人は皆怖がって日が暮れると外へ出ようともしない。
これを聞いたやぶ吉は、
「聞いたか八っつぁん。最近ここらで化け物が出るそうじゃないか。ほら、お前のその絡繰で退治できないもんかね。」
「いやぁ、この絡繰は化け物を殺すために作ってる訳じゃあないからなぁ。それに俺だって化け物なんて怖くて相手してらんねぇや。」
「なぁんだ情けねぇ。化け物ぐらいでぴーぴー言うんじゃねぇや。折角の絡繰が勿体ねぇ。」
なぁんて言いまして夜に表へぷらぷらと歩きだしちまいました。
「化け物なんか出てきたって石でも投げて追い払ってやる。しっかしまぁ、分かっちゃいたが人っ子一人いやしねぇや。」
不気味に静まり返った町を歩く恐怖を掻き消すためにやぶ吉は一人大きな声で呟きながら歩いておりやして。
えー、しばらくした頃に、やぶ吉が何やら妙な空気に気づいたわけです。こう、辺りにふわーっと生ぬるい空気と一緒に焦げ臭い匂いが漂ってきたんでさぁ。これにやぶ吉は「おっ、来たか来たか」なんて強がって目を凝らしてみますがなぁーんにも見えやしない。
けれども、しゅーっ、しゅーっと息を吹き出す様な音がどんどん近づいてくる。これにはやぶ吉も焦って逃げようとする。そいで振り返った目の前に黒いでっかい塊がしゅーっと熱い息を吹いて迫ってくるじゃありませんかい。
これに驚いたやぶ吉は道端の石を化け物に投げつけた。
「来るなぁ!あっち行けぇ!」
とまぁ大きな声で叫ぶ訳ですが、石はかつんと化け物に弾かれて、やぶ吉の声なんざ聞いちゃいない。
やぶ吉は腰が抜けちまって泡を食ってるところに助八が走ってきた。
「なぁにやってるんだい!」
「ば、化け物が!」
「見りゃあ分かるだろう!早く逃げるんだよ!」
それから助八の工房で二人は腰を落ち着けたんですが、息も絶え絶え脚に力も入らない。
「一体なんだいありゃ。ほんとに化け物じゃあねぇかい。」
「馬鹿野郎こんな物騒な時分、夜中に表へ出るんじゃねぇやい。」
これ以来やぶ吉はすっかりおとなしくなっちまいやした。そんでもって助八が化け物に襲われたってぇ話が将軍様の耳に届いたもんで、奉行所が動き出した。
「おい八っつぁん、お奉行様達が化け物倒しに動き出したらしいじゃぁねぇか、お前は何もしなくていいのかい。」
「そんなに気になるならお前がやりゃあいいじゃねぇの。金槌くらいなら貸してやらぁ。」
「とんでもねぇ!俺はあんなのの相手は二度とごめんだね。」
「俺もおんなじだぁ。ってなわけで次の水曜日までにこいつを完成させなきゃぁならん。化け物退治なんかやってる暇はないわ。」
「その、いつもお前のいう何曜日、ってのはなんなんだい。」
「西洋の日付の区分さぁ。六曜ってのがあるだろう?」
「あぁ。先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口だろ?」
「そうだ、そいつとおんなじで日付を七つに割るんだ。」
「七つに?割れねぇじゃねぇか。何で七つなんだい。」
「木火土金水の五行に日と月を足して七つだ。月火水木金土日の順に並ぶから、水曜日は三個目だな。ほれ、そこにカレンダァが貼ってあるだろう。」
「はぁ、なるほど。しかしその区切りかたに意味はあるのかい?」
「俺は六曜とおんなじでそれぞれに吉とか凶とかあるんだ思ってるんだ、だから水を使うときは極力水曜日にしてる。」
「ほう、それぁ急がなくちゃならんな。えーと?あと五日か。それ、今日は何が要るんだい。」
えー、その頃、奉行所が動き出したことで巷にある噂が流れ始めた。
例の化け物、あっしら日本が外人さんたちを追い返したもんだから、外国から攻めてきたなんて言う話。曰く、この世の終わりの予兆だとか。
厄介なことにこの噂が流れ始めた時が、ちょうど大凶作と重なっちまった。
町は皆大混乱。あちこちで暴動が起こる始末。将軍様は奉行所に一層力を入れて化け物を倒すよう命じた。
そんな時、ある投書が幕府の元へ届いたんでございやす。
「将軍様!学者の助八殿から投書が届きました!」
「ほう、そうか。ついに奴も手伝う気になったか。どれ、寄越せ。」
しかしこれにとんでもないことが書いてあったんでございやす。
なんと巷の化け物は自分が作ったという内容。
「なんだと!直ぐに奴を引っ捕らえろ!」
そんなことは露知らぬやぶ吉、今日も今日とて助八を訪ねるわけですが、今日に限って助八は留守だった。
それどころかお奉行様に見つかって話を聞かれるもんだから、焦って助八のことを洗いざらい話しちまった。
助八が見つかるまではお縄につくことは無いとのことだったが、工房へ案内する運びになった。
さてここでお奉行様より先に助八の工房へ入ったやぶ吉だが、そこに書き置きがあるのを見つけた。
「えー、なになに?今日は水曜日だから、お奉行に見付からないように浦賀までこい。なんでい。どうすりゃいいってんだ。表に既にお奉行様が居るってのに。お?続きがあるな。えー?裏口があるからそこから出ろってか。かーっ。流石八っつぁん頭が良い。」
それからやぶ吉は外へ出まして浦賀に向かった。しかし何せ歩いて向かうもんだから時間がかかってしようがない。
そのうちお奉行様に見つかって、大勢で追いかけっこになっちまった。
「へぇ、へぇ。やっと着いた。あ!?なんだいありゃあ!」
ようやっと浦賀の港に着きますと、そこには高さ30丈ほどもある黒く輝く人形が突っ立ってやした。これにはやぶ吉もお奉行様達もびっくりして言葉も出やしません。
「や、八っつぁん!?なんだいこりゃ!」
「何って、俺達でせっせこ作った絡繰人形じゃあねぇか。」
「こんなにでかかなかったやい!」
「当たり前だ!後から組み立てたに決まってるじゃあねえか。」
絡繰の中から助八のでっかい声が聞こえてきやして、どうやら助八は中にいるみたいでございやす。
「悪い八っつぁん、お奉行様に見つかっちまった!」
「あぁ。お前が見つかるってのは承知の上だ。お前はそんなに器用じゃねぇってことはよぉく知ってらぁ。それに大勢いないとこいつぁ意味がねぇ。」
「どういうことだい!」
「まず始めに謝らなきゃならねぇ、やぶ吉。あの化け物を作って走らせたのは俺だぁ。」
「なんだって?じゃああれは全部演技かい!」
「そうだ。」
「なんてこったい。」
「将軍様の目に留まる必要があったんだ。この世の終わりの予兆だなんて言って町の人らを不安にさせたんも俺だ!なるべく多くの人にこの絡繰人形をみせなきゃあならんからな。こいつは蒸気エンジンと油圧ジャッキを使って動いてる!全部外国の技術だ!黒船がここにやって来たとき、俺達は追い返した!だがしかし実際この国は世界に対してかなり行き遅れてる!俺達がこの国を開かなきゃあならんときが来た!」
助八はそこまで言うと絡繰が轟轟ととんでもない音を立てて動き始めた。右腕をぐぐっと持ち上げて海に向ける。そうすると突然腕が爆発したわけです。もうその場にいる誰も近づくことすら出来ませんで、気づけば向こうの岩島が粉々になっているじゃありませんか。
「将軍様に伝えろ!俺をお縄につかせたければ、この国を開国せよ!今日は水曜日だ!蒸気を使ったこの絡繰を、今日限りは倒せると思うな!この世なんか終わらん!終わらせん!!」
これを聞いた将軍様は嘉永七年、再度来航した黒船に開国の意図を示した。
将軍様は助八に、罪を不問にする代わりに絡繰を作らせようとした。しかし助八はあの大絡繰人形を海に沈めちまいまして、工房もふっ飛ばしちまった。
そいから生涯、絡繰を作ることは無かったそうな。
高座から降りて、いぶ吉は大きく息を吐いた。
「いやぁ、いぶ吉、お前もうまくなったもんだなぁ。」
「へい、ありがとうごぜぇやす。」
「にしてもあんな噺、どこで聞いてきたんだい。」
「そんなこたぁいいじゃあありませんかい。」
「そういや、お前の親父の名前、やぶ吉じゃあなかったかい?」
「まあまあ、今日はちょうど水曜日ですし、この噺がしたくなっただけでさぁ。」
御一読感謝いたします。
えー、この噺は作り物でございますが、紛い物だとは限りやせんので悪しからず。