day>>2 Tuesday
前書きは不要でしょう。
火曜日のお話です。
「ルフェ!待ちなさいっ!!」
「待てと言われれば待つわけにはいかえねなぁー♪」
ルフェと呼ばれた少年は大きな城のテラスらしきところへ飛び出す。
「追い詰めたぞ…大人しく捕まりなさいっ!」
「へっへー。そんなこと言うからいつまでたっても俺のこと捕まえられねーの!」
手すりに掴まったままおもむろに彼はテラスから飛び降りる。
「ちょっと!?」
デルバートは急いで手を伸ばすがそれも届かず、ルフェは視界の外へ消えてしまう。
下を覗き込むと彼がべーっ、と舌を出して見上げていた。
「大人は機動力がないなぁー。」
と煽りながらルフェは屋内に走っていく。
その瞬間、テラスで下を覗く彼の中で何かが切れた。
「大人の本気を見せてやる……」
一方ルフェは、大人を出し抜いた満足感に浸りながらとたとたと走り回る。
自分を捕まえようとするメイド達の足元をくぐり、走り抜ける。
目の前にさっきテラスにいたデルバートが凄く怖い顔で立っていた。
横の倉庫に走り込んで扉の後ろに隠れる。
(デルが倉庫に入ったらこっそり出て鍵をかける!)
しかし、倉庫の扉はゆっくりと閉まると、がしゃんと鍵が閉まってしまった。
「しまった!」
閉じ込められた、と気付いてから、暫くの時間が経って、暗い空間にも慣れてきたころ、奥の方からがしゃん、という音がした。
ルフェは別に、暗い倉庫に閉じ込められたことは怖くはなかった。けれど、この空間に自分以外に何かが居るという事実に初めて恐怖を感じた。
一度意識してしまうと急激にそれは止められなくなっていった。
「止めろ…来るな…」
「何か」が自分の前に来たときには、ルフェは踞ることしかできなかった。
そして「それ」は口を開く。
「反省しましたか?」
「デル…?」
「ええ。そうです。」
急にこみ上げる安心で、ルフェは泣いてしまった。
「ごめんなさい…」
「わかったなら結構です。今日は火曜日ですから、一般教養の授業に行きましょう。ルフレイ『王子』。」
「そもそも、曜日というのは古代ギリシャで完成された概念です。」
「ふむふむ。」
「天体の動きは覚えていらっしゃいますか?」
「うん。地球の回りを回っているのだろう?」
「そうです、全ての惑星は地球を中心に回っています。そして、その惑星が一定時間で何度回るかという順番を元に七曜が作られています。」
「なるほど、それが月火水木金土日の順番なのか」
「違います。月、水、金、日、火、木、土の順番ですね。それを三つずつ巻き戻ります。」
「…なんでだ。」
「円形に配置した状態で七芒星という図形を描くとこうなります。」
「…ややこしいな。」
「では少し、ややこしくない話をしましょうか。火曜日の由来についてです。」
「む?火星の火じゃないのか?」
「その通り、火星の火です。なので火星の名前の由来になった、北欧神話の神様のお話を。」
テュールという神様の話です。
神々の国アスガルドには、とある伝説がありました。
いつの日か巨大な狼が現れ、世界を滅ぼすといえ伝説です。
そしてある時、その伝説の狼フェンリルが巨人の国ヨツンハイムに生まれました。
世界の終わりを恐れた主神オーディンは、三男のテュールに、フェンリルを鎖で封印させようとします。
が、流石に伝説の狼。簡単には封印などできず、鎖はバラバラに引きちぎられます。
フェンリルに対抗するため、オーディンは透明な魔法の鎖グレイプニルを用いてフェンリルを封じようとします。
しかし狡猾なフェンリルはグレイプニルを怪しみ、「その鎖をかけるのならば自分の口のなかに誰かの手をいれろ」という条件を提示します。
そこでテュールはフェンリルの口に手を入れ、グレイプニルをかけます。
フェンリルはグレイプニルを引きちぎろうとしますが、魔法の鎖を引きちぎることなど出来ません。
騙されたと知ったフェンリルは怒り狂い、テュールの手を噛み千切ります。
しかし、テュールが手を犠牲にしたことで、フェンリルはラグナログまで封印されることとなったのです。
「というお話。テュールの日、という意味でTuesdayというのです。」
「なるほど。神話というのはなにがしかの教訓を含むものだとおとうさまも言っていたけど、この話はどうなのだ?」
「この話は教訓と言うよりかは武勇伝に近いかもしれませんね。人間というのは自慢したいものです。」
「もちろんだ!」
デルは優しい目でルフェを見て、
「北欧神話というのは、相討ちの神話であるとも言えます。最終戦争ラグナログで、テュールは冥界の番犬ガルムと、フェンリルは最高神オーディンと相討ちになります。災厄の源でありフェンリルの父である悪神ロキも、結局ヘイムダルと相討ちます。」
彼はおもむろに立って、
「最終的には最強の剣を失った豊穣神フレイが、炎の巨人スルトに殺され、スルトの炎に焼き尽くされて世界は終わってしまいます。」
「終わるのか。」
「ですから、この神話に教訓があるとするならば、世界は案外簡単に悪者に滅ぼされるということでしょうか。」
あれから18年。
俺も武勇伝を作るのだと、父の後を次いで国王になった。
けれど俺は若すぎた。国を良くしようと行った改革に民衆がついてこれず、国政が不安定に。そこを狙われ隣国に侵略される始末。なんとか留めようと前線に出た俺は、命のリスクと引き換えに国の団結を手に入れた。
だがそのリスクは決して安いものではなく、俺の率いる隊は全滅してしまい、俺は今一人で敵地をさまよっている。
「くそ…」
あれから数年たったころ、デルは子供の為に宮仕えを辞めた。それは別に珍しいことではなく、俺も特になんという思いもないが、あいつのことは今でも頭に残っている。
「お?こりゃ立派な服着た騎士さんじゃねぇか。ちょっと貧乏な俺たちに恵んでくれよ。」
山賊。この辺りが俺たちの敗走ルートだとバレていたらしい。まんまと待ち伏せされてしまった。
「は。ここで終わりか。」
『世界は案外簡単に悪者に滅ぼされる』。デルの言ったことは酷く正しくて、学ぶべき教訓だったのだろう。
振り下ろされる鉈に、昔彼が話してくれたテュールの話を走馬灯のように思い出し。
「そういえば今日はデルの誕生日だなっ!」
首を右に振って鉈を肩の鎧で弾き、続けて振られた剣を右腕で受ける。籠手などとうになくなった右腕に剣を止める力などなく、食い込んだ刃は骨まで鈍い痛みを走らせる。
「確かに世界の終わりは案外簡単に訪れるものかもしれねえ!けどここで終わったら武勇伝なんか作れやしねえ!俺は!まだ終わりたくねえんだよ!あぁ、終わりはいつか必ず来るんだろうなぁ。だがそれは今じゃなくていい筈だぁっ!」
「ルフレイ王!お戻りになられたのですか!そのお怪我は…!」
「問題無い。別に右腕がなくなった訳でもあるまい。これが国のためになるのであれば本望。さて。戦況を報告しろ。大まかで構わん。」
「はっ!北側国境は防衛に成功、ですが東側が現在敵軍に苦戦中であります!」
「よし!ここが正念場だ!国内の全部隊に伝えろ!貴様らの死ぬ場所はここではない!戦え!勝って生きろ!私たちも東に向かうぞ!」
「はっ!」
1510年。
この年隣国に攻め込まれた王国は国境を死守。
後に隣国を攻め落とす。
彼らの終わりはここではない。
デルバート・スタルディアの50歳の誕生日から、あと519年。
御一読感謝いたします。
この物語はフィクションですが、有り得ないとは言いきれません。