day>>1 Monday
前書きは不要でしょう。
曲がりなりにもこれは、一つ世界の終わるお話ですから。
月曜日は憂鬱だと、一体どれくらいの人が思うんだろうか。
ブルーマンデー症候群という症状が実際に存在するらしい。
日曜日が終わり、また1週間仕事に行かなきゃ行けないというストレスから、血圧上昇や鬱など心身に異常を来たし、最終的に自殺や心筋梗塞、脳卒中などの確率が他の曜日に比べて高いのだとか。
……みんなそんなに月曜日嫌なのかな?
学校に行けば、友達にも、憧れの先輩にも会える。僕は月曜日は嫌いじゃなかった。
ほんの昨日まで、嫌いじゃなかった。
昨日月曜日、梅雨も終わって晴れわたるこの頃、しばらく振りに登校した僕は鞄もそのままに部室の扉を開けた。
「お久しぶりですせんぱ…」
「やぁ月宮。天文部部室へようこそ。寒蝉先輩は今日は休みだよ。」
「………。」
先輩ではない彼女は卓上に腰かけて小説を読みながら、
「だんまりは酷いんじゃないかい?大好きな先輩が居ないからってそう落ち込むなよ。」
「…おはようございます、渋谷『部長』。」
1年の時、部員が3年生数人しか居なかった天文部に入った渋谷は、翌年に先輩が卒業して繰り上がり的に天文部の部長になった。
その後から寒蝉先輩が入部し、それに釣られた僕も天文部に入部したのだけれど、部長は渋谷のまま。
「その呼び方は完全に皮肉だと分かっているけれどね…そもそもは私達同級生だろ。」
「それでも部長だろ?間違ったことは言ってない。」
「んまぁね。」
彼女は机の上に腰を掛けたまま小説を閉じる。
「というわけで訳で今日は朝活動は無いよ。というか天文部に朝練は存在しないんだがね。寒蝉先輩がいつも勝手に部室にいるだけだ……一体彼女は何をしてるんだ?」
「先輩はいつも天球儀を見てるよ。僕たちで作った天球儀。」
「なるほどあれか。」
「…あれ?今日は見えないけどもしかして仕舞った?それのせいで先輩がいないんじゃ…」
「片付けた覚えはないけどな…?先輩が持っていったんじゃないか?」
「ふうん。」
僕は結局先輩に会うことが出来なかったどうしようもないモヤモヤを渋谷にぶつけることにした。
「そういえば渋谷はなんでここにいるのさ。僕をからかうためだけにここに来るほど暇でも馬鹿でもないだろ?」
「そう、わざわざ君をからかうのは目的のほんの40%にすぎない。本題は部員のことだ。」
軽口を返されてさらにモヤモヤが貯まっていく。
「で?何。部員?」
「そうなんだよな…」
ぶっきらぼうに答える僕。
それに渋谷は少し格好つけて、
「さすがに限界なんだ…これまで騙し騙しやって来たが、もう無視はできないらしい…」
「で、その心は?」
そこで彼女は満面の笑み。
「部員が足りない!このままだと次の決算で廃部だ!」
いやはや、朝から一転。
僕はもう月曜日を嫌いになりそうだった。
朝の先輩タイムを逃すわ、渋谷にからかわれるわ、挙げ句には
『と、いうことだ。月宮だって寒蝉先輩との時間を失いたくはないだろう?大丈夫だ!私と月宮、先輩の三人の他にあと二人入部させればいいだけだ!』
なんて言われる始末。
内心は、いやお前が部員集めろよ部長だろ!と言いたいところだが、いっても無駄だろう。
何故なら渋谷に友達が絶対的にいないから。嫌われている、とかですらなく認識さえされない交遊の薄さ。将来が心配になるレベルの量の知り合いしかいないあいつに、部員集めは無理だろう。
とりあえず先輩にも伝えなければと昼休みを利用して教室に向かう。
僕とは比較にならないほどの友人の量を持つ先輩に相談すれば二人くらい何てことなく集まるだろう。そういう意味では渋谷は、理由がないと先輩に会いに行くことすらできない僕に気を使ってくれたということなんだろう。少しは感謝しよう。
「寒蝉先輩居ますか?」
三年生、僕らとひとつしか違わないはずなのにいやに大人に見えてしまう彼らのうちの一人に話しかけてみる。
「寒蝉の後輩か?あいつ今すごい具合悪くて保健室行ったぞ。本気でヤバそうだったからあんまり行かねえ方が良いと思うけどな。」
「あ、ありがとうございます。」
行かない方が良いと言われると余計に心配になってきて、僕は保健室へ向かう。
「月曜日は先生は出張しています」
という看板がかけてあったから僕はそのまま入ったのだけれど、先生がいなくてよかったと、後に僕は思うことになる。
「寒蝉先輩…大丈夫ですか…?」
部屋に入って、唯一使われているらしきベッドの方へ向かう。
開けますよ、と一言言ってカーテンに手をかける。
返事がなかったから、寝ているのかと思ってそっと中を覗く。
すると、中には布団の塊がぶるぶると震えていた。
「先…輩……?」
声をかけると布団の中から寒蝉先輩の顔が出てきた。
泣き腫らして、何かに怯えたような先輩が。
「つ…つきみやくん…?」
「は、い。僕です。先輩、な、何があったんですか…」
あまりにも動揺しすぎて噛みまくったけれど、そんなこと、気にできないほど切迫している雰囲気だった。
僕を認識してくれたのか、彼女はゆっくり布団から体を出す。
「ごめ…んなさい。ごめんなさい…。ごめんなさい……!」
「え!?な、ほんとに何があったんですか!」
先輩は視線をぐらつかせながら自分で肩を抱いて震えるままだった。
「寒蝉先…輩っ!」
見るに耐えなくなった僕は、勢いのままに先輩を抱き寄せた。
…僕が彼女に嫌われていたなら逆効果ですらあっただろうけれど、幸いにも先輩は落ち着いてくれた。
「月宮くん…」
「ご、ごめんなさいすぐ離れます!」
「月宮くんー…!」
先輩がおちついて、その代わりに僕がテンパり始めたそのとき、先輩は僕に抱きついて泣き始めてしまった。
割と大きな声で幼女のように泣いている先輩をどうすることもできず。
「ひ、寒蝉先輩!?」
暫く身悶えていた僕だったが、先輩がこんなことを言うものだから急激にクールダウンすることになった。
「ごめんなさい月宮くん…!私…!天球儀壊しちゃった!」
「あぁ…あれですか…」
まさかあの天球儀が、先輩にとってそこまで大切なものだとは気づかなかった。
「大丈夫ですよ先輩。また作ればいいんです。そんなに落ち込まないで下さいよ。」
「違うの…そうじゃなくて!」
彼女はその目にまた涙を溢れそうなほど貯めて言った。
「あ、あの天球儀は普通の天球儀じゃないの、現実の星に影響してるの…!」
「!?」
この一瞬、先輩が電波系になったのかと思ったとは、とてもじゃないけど言えなかった。
「で、結局部活に先輩を連れてきたのかい。素直に休ませてあげなよ。」
放課後、幾分かましになった先輩を連れて部室に入った。
「いやさ、先輩にとっては体調が悪いよりも大切な話なんだよ。だからちゃんと聞いてあげてよ。」
「聞かないとは言ってないさ。で?現実に影響する天球儀を壊してしまったんですか寒蝉先輩。」
「ごめんなさい…!」
「謝ることはありません。これからどうするかです。」
「信じるの渋谷?」
「なんだかんだ言って先輩のことを一番信じていないのは月宮、君じゃないのかい。」
「だってそれは…!」
「まあ気持ちはわかる。ここはオカルト研究会じゃない。私だって根拠がなければ先輩の言うことといえ信じるに難いだろう。」
そう言って渋谷はスマホを僕に示す。
「昨晩、シリウスが四時間の間観測不能になったらしい。昨日は観測機器のミスかと思っていたが、今日になって重力、γ線などの観測も出来ていなかったことが分かった。シリウスは実際に消滅していたと考えて良いでしょう。先輩、これと天球儀に関連が?」
「う…ん。一週間前、シリウスの位置を書き直したんだ。黒で塗って、乾かすまでの時間が四時間。」
「それから天球儀に手は?」
「それから天の川とか蟹座とかを少し…き、昨日月を書き直そうとしてたときにニュースを見て、驚いて天球儀を落としちゃって…」
「なるほど。それで壊してしまったんですか。」
考え込む渋谷。僕はまだ信じることができなかった。
「せ、先輩、壊れた天球儀って何処にあるんですか?」
「私の部屋にまだあるよ…」
「直したり、したら元に戻りませんかね。」
「うん。それは一度試す価値はある。今日先輩の家にお邪魔できますか?」
「いいよ。」
「月宮、接着剤忘れないように持ってきて。」
こうして、僕は憧れの先輩のお宅訪問を考え付く限り最悪の展開で迎えることになった。
「お邪魔します。」
先輩の部屋は、いかにも高校生の女子という感じで、シンプルで綺麗だった。
同性だからか渋谷は全く遠慮することなく、文字通りバラバラになった天球儀の方へ踏みいる。
「これはかなり苦労するな…。」
「ごめんなさい…」
「いえ先輩、ああは言いましたが、まだこの天球儀についてまだ確定した情報がある訳じゃありません。天文学だって、観察と分析の上に成り立ってできた学問です。一度きりでわかるようなことではありません。」
「とりあえず大きな部品から集めましょう、先輩。」
僕らはそれから三時間ほどかけて綺麗に復元していった。艶を出すためにガラスを使っていたのが災いして、破片が細かく復元に苦労した。
大まかな形が出来上がってきた頃、先輩のお母さんが部屋に入ってきた。
「君たち天文部だったっけ?外見てみなさい、今星が凄いことになってるよ?」
と言うから、渋谷と先輩は走って家の外へ出た。少し反応が遅れて外へ飛び出た僕は星を見上げる。
比較的街灯の少ない地域で、幸いにも星は見えた。
黒いペンで塗りつぶされたような空、そして天の川。
天の川は黒で寸断されていて、筆で塗るかのように黒が少しずつ広がる。
「ぁ…あぁ……」
声が出ない僕らに、なにも知らない先輩のお母さんが声をかける。
「これは織姫と彦星も簡単に会えるね。」
7月9日月曜日。
世界の終わりを知っているのは僕ら天文部の三人だけだった。
リミットまであと一週間。次の月曜日に世界は終わるだろう。
この日、僕は月曜日が嫌いになった。
月曜日なんか二度と来るな。
御一読感謝いたします。
この物語はフィクションですが、必ずしも起こりえないとは言いきれないですよ?