レントゲン
パソコンに表示された映像を見ながら数値の入力をする。
腹部の画像が拡大されるが、もう一度場所と縮小率を変えるために数値を打ち込む。
(これならいいな)
内科から回ってきた指示書とにらめっこして間違いない事を確認した。
マイクのスイッチを入れ、
「では、写真撮っていきます」
と、患者さんへ声をかける。
「そのまま動かないでくださいね」
撮影開始をクリックすると機器の音が激しくなる。
同時にパソコンには複数の写真が次から次へと表示された。
「ん?」
撮影停止を押して、撮影された中の一枚を大きく表示させる。
「またか、ったく」
腹部を遮るように写し出された小さな人の手。
患者さんの方を見るが検査機の横のバーを握っているため当然だが手が写るような事はないし、大きさも違う。
要するに、検査室の中には居ない誰かの手が写っているのだ。
「いい加減うざったいな」
削除をクリックし、心霊写真を消した。
※
「お疲れ」
お昼休憩を取っていると、阿部先輩が声をかけてくれた。
彼とは大学時代からの知り合いで俺が『近藤中央病院』 を勤務先に選んだのも、彼がいたからだった。
ただ、その時にあった先輩は大学時代よりもやつれて見えたのを印象深く覚えている。
「お疲れ様です、先輩」
先輩は奥さんの手作り弁当を手に、隣のデスクの椅子を引いて腰かけた。
「また、売店の弁当か? たまには自分で作ったらどうだ?」
「別にいいですよ、美味しいし」
「そうじゃなくてバランスの話だ。医療関係者がそんな心構えじゃ患者から指摘されるぞ?」
「いいですよ、別に」
「はぁ。それにしても、弁当を作ってくれるような彼女はいないのか?」
「いませんよ。この仕事忙しすぎて、デートする時間どころか出会いすらないじゃないですか」
先輩は茶碗に注がれた熱いお茶を啜って、
「それは竹内次第だよ。お前が出会おうとすれば、すんなり見つかるもんさ。なぁ? 君もそう思うだろ、安藤さん?」
「えっ!? あ!? そ、そうですね」
彼女は慌てたような反応をした。
「なんなら、君達で試しにデートでもしてきたらいいんじゃないか? 安藤さんはいま、フリー?」
彼女はぎゅっと自分の手を握って、
「は、はい! 絶賛募集中です!」
そんなに力んで言う事じゃないだろう。
「なら、問題はないな。なあ、どうだ?」
「どうだ、と言われても……」
彼女の方を見ると、安藤さんは目を逸らした。
別に彼女の事が嫌いなわけではない、どちらかと言えば好意的に見ている。外見的にも内面的にも。看護師という職業に対する態度も、彼女の献身的な心が見えて好きだ。
けど、
「すみません。やっぱり今は仕事に集中したいんです」
そう告げると彼女はこちらを見ることなく、部屋を出て行った。
「はぁ。お前ってヤツは……」
先輩は呆れているようだった。
「すみません。それでも仕事の事をもっと深く学びたいんです」
「お前の言いたい事も分かるけどな。ただ、この仕事をするうえで大切なのは人の心に寄り添う事だ。そういうのが分かるのは大事な人を得てからだぞ。特に子供がいると、コイツの為にも頑張んないとって踏ん張りが効くようになるんだよ」
「そういうモノなんですか?」
先輩はその問いに、大きく頷いて見せた。
※
「またか」
間違えて印刷してしまった手形つきのレントゲン写真を自分のデスクへと、放り投げた。
「雑に扱うなよ」
先に休憩していた先輩が言う。
「違います、ミスですよ」
「ミス? 珍しいな、数値でも間違えたのか?」
先輩はレントゲンの入った封筒を手に取り、中を見るとすぐに戻した。
「こんなの持ってくるなよ」
「だからミスなんですって」
レントゲン写真を封筒ごと廃棄箱へと捨てた。
「それにしても『あの手』 は一体なんなんですか? いい加減、鬱陶しいんですけど」
「鬱陶しいって言ってもな。心霊現象なんだから、どうしようもないだろう?」
この心霊写真については、ここに入った時に先輩から説明を受けた。
初めて見た時には声をあげてしまったが、それも五回までだった。
「そうですけど……ほら! お祓いをしてもらうとか」
「してるんだよ、それも定期的にな。だけどな、何度やろうと消えなかったんだよ」
「けど!」
「この話は終わりだ。あんまり気にしすぎるなよ」
そういうと先輩は部屋を出て行った、それと入れ替わりに安藤さんが入ってきた。
「どうしたんですか? 声、少し漏れてましたよ」
「いや、何でもないよ」
「本当ですか?」
「ああ……いや、ちょっと聞いていいかい?」
「はい?」
彼女は持っていた資料を棚へと戻し始めた。
「変な事を聞くんだが……幽霊って居ると思う?」
彼女は軽く笑って、
「先生でも、そんな冗談を言うんですね」
違うと否定しようとした。
けど、その前に彼女が思い出したようにこちらを向いて、
「あ、もしかしてレントゲンの手ですか?」
その言葉に驚き「知っているのか!」 と、詰め寄ってしまい、慌てて離れた。
「すまない」
「い、いえ。もしかして、それで阿部先生と口論に?」
椅子に座りなおしながら、
「恥ずかしいけど、その通りだ。けど、どうして君が? レントゲン技師しか知らないのだと思っていたんだけど」
「ここに出入りしている関係者なら知ってますよ、有名ですから『レントゲンに写る子供の手』 って」
まるで当然かのように話す彼女の態度を見て、本当に有名なのだと察した。
「それに事件もありましたしね」
「事件?」
そんなのは先輩から聞いたことがない。
「あっ! な、何でもないです」
「いや、そこまで言われたら気になってしまうじゃないか。頼むよ」
「じゃ、じゃあ」
と、彼女は口の横に手を当て小声で話す。
「昔勤めていたレントゲン技師の人が、ノイローゼになって辞めてるんです」
「ノイローゼ?」
「ええ『赤ん坊の泣き声が聞こえる』 って」
※
彼女から例の話を聞いた後、なんとなくあの手が気になるようになった。
「いきます。息止めてください」
撮影開始と同時に手が写る。
数値を記入し、撮影場所を変えた。
また手が写った。
背後から「オギャア」 と、赤ん坊の泣く声が聞こえた。
※
「久しぶりに見るな、一年ぶりか」
小さな手がレントゲンに写ったが、もう声は聞えなかった。
「もう大丈夫だな」
あの声が聞こえてからは本当に大変だった。
レントゲンに写った手を見た時どころか、病院だろうと家だろうとずっと声が聞こえていた。
お祓いにも行ったけど、効きはしなかった。
あまりの事に先輩に相談したら強制的に休みを取らせられ、安藤さんとデートをさせられていた。
デートの最中にもずっと泣き声は聞えていたが、その声に怯える俺を彼女はおかしいとも思わず一緒にいてくれた。
自然と俺達は付き合う事になっていた。
レントゲン室を出て、休憩室に戻ると先輩が座っていた。
「久しぶりに写りましたよ」
「にしては、怯えていないな」
「アレは……終わったみたいです」
「良かったな」
先輩にずっと聞こうと決めていた事を、この機会だからと尋ねた。
「どうして先輩は、あの時の俺に彼女とのデートをさせたんですか?」
先輩は笑った。
「俺もそうだったからだよ。今の奥さんと出会って、子供が生まれた頃には声が聞こえなくなったんだよ」
安藤さんが近くに居てくれてよかったよ、と付け加える。
「あ、もう安藤さんじゃなかったな」
「ええ。それと報告が……」
「うん?」
「俺、父親になります」
先輩はびっくりした表情をしたが、
「そうか、おめでとう」
と、祝福してくれた。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
気に入っていただけたのなら、感想や評価をお待ちしています。
他にもホラーを書いてますので、良かったらそちらも読んでみて下さい。