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震える看護婦 (ナース)


「思ったよりも元気じゃん、心配して損したな」


 恋人の理香子りかこがベットに横たわったままの俺を見て、そんなことを言った。


「酷いな、これでも運ばれた直後は死にそうなくらい腹が痛かったんだからな」


 彼女の顔が一瞬暗くなる。

 軽口を軽口で返したのは悪かったかもなと思い取り繕うとしたけど、


「知ってるよ。ノブから話を聞いたし、私抜きで牡蠣なんて美味しいものを食べようとしたからそういうことになるんでしょ!」


 と、脇をくすぐってくる。


「わ、悪かったって! くすぐったいから止めろよ!」


「もう! 本当に気をつけてね?」


 くすぐっていた手を止め、腹に手を置く。


「分かった?」


「うん。心配かけて、ごめんな」


 彼女の目にあるクマを見て、心配していてくれた事を理解した。


最上もがみさん、点滴を変えますよ。あら? 彼女さん?」


「ええ、そうなんです」


「仲が良いんですね」


 と、無意識に重ねていた手をゆっくりと離す。

 看護師さんはフフッと短く笑った。


「あ、そういえば昨日の夜に点滴を変えに来てくれた人。彼女に何かあったみたいなんですけど、大丈夫でしたか?」


「なんのことです?」


「いえ、なんだがずっと震えていたんで気になったんですけど」


「震えて?」


「はい。こんな真夏で暑いのに震えているのが不思議に思ったんで、なにかあったのかな? と」


「さあ。どうでしょう? 昨日の担当者に聞いておきますね、じゃあ後でまた来ますね」


 と、そそくさと去っていく背を見送った。

 いつも話しかけてきてくれる看護師さんにしてはやけに冷たい反応だったと思っていたら、


「イテッ」


 手のひらをつねられた。


「確かに綺麗な人だけど、彼女の前でそんなに必死に見ないでよ」


「いや、違うって」


 そう話しているうちに、そんな疑問は消えていった。



 夜中に目が覚め、目だけで時計を見るとまだ二時だった。


(なんだ二時か、やっぱり寝る場所が変わると変な時間に目が覚めるな)


 とはいえ、そのまま起きるには時間が早すぎると目を閉じる。


 カラカラと、廊下をなにかが転がる音がした。

 これは看護師さんの押しているワゴンの音だと、数日の経験で分かっていた。


 カラカラの音は部屋の前で止まり、部屋の中へと入ってくる。俺のベットの前で再度止まり、人の足音が横へと移動してまた止まる。

 薄目を開け人の姿を見ると、白い服を着た看護師だった。


 点滴を変えるのだろうと、目を閉じると眠りに落ちた。



 再度目を開けた時、時計の針は三時を指していた。


(一時間しか経っていないのか)


 もう一度寝ようと、布団の位置を直す。

 ふと耳元でなにかの音がしている事に気づき、そちらへと首を動かした。


 看護師の女性が点滴の前で立っていた。


(さっき変えたばかりだというのに、また変えてるのか?)


 なんだか不審に思い彼女の様子を盗み見る。

 点滴に伸びた手はフルフルと、まるで真冬かのように震えていた。


(昨日見たのと同じだ)


 彼女は点滴の袋を見つめたままで、震えている。


(上司に怒られて泣いているんだろうか?)


「……い」


 声が聞こえた。だけど、か細くて何を言っているのか分からないので耳を澄ましてみる。


「……なさい」


 なさい? よく聞き取れないと、頭の位置を移して彼女の近くへと移動した。


「ごめんなさい」


 彼女は謝っていた。

 やっぱりミスでもして上司に怒られたのだろう。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 何度も何度も謝っていた。

 一体なにがあったのかは俺には分からないが、ずっとそうされていても困るので声をかけようと目を開けた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 彼女の目と俺の目が合う事はなかった、彼女の顔は俺を見下ろしているというのに。

 その視線は宙をさまよい続け、何を見ているのか分からなかった。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 その声は先程よりも大きく激しくなる。

 彼女の髪が顔にかかるほど近いというのに、彼女の存在がそこには感じられなかった。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 耳を塞ぎたいのに、体が動かない。目も瞬きを忘れ、見たくもない景色をただただ眺めなくてはいけなかった。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 気が狂いそうになる、もう限界だ!!


「もう止めてくれ!」


 叫んだ自分の声で目が覚めた。


「ど、どうしました!?」


 看護師さんが点滴を変える手を止め、驚いた表情でこちらを見ている。

 ベット横に置いた時計を見ると七時を回ってた。


「大丈夫ですか?」


「す、すみません。ちょっと寝ぼけてたみたいです」


 そう言って頭を下げると、看護婦さんや同室の人達が笑った。


「もう、びっくりしましたよ」



 あれから退院までの間、俺はずっとあの看護師を見続けた。

 彼女は毎夜毎夜現れては点滴の所でずっと誰かに向けて謝っていたが、あの日以降俺は彼女の顔を覗き込む事はしなかった。


「ねえねえ、これ見てよ」


 家のソファーで休んでいる時、理香子がスマホの画面をこちらに向けてくる。


「この病院って、まことが入院してた所だよね?」


『K中央病院の医療ミスと、隠蔽いんぺいされた不祥事』 と題されたネットのニュース記事にはモザイクで隠されているとはいえ、見覚えのある病院の外観の写真が添えてられていた。


「なんかね、あの病院で過去に医療事故が頻発してた時があるんだって。手術ミスで亡くなった人もいたみたい」


 よくあるゴシップだろうと聞き流していたが、


「ほかにも看護婦が点滴の中身を間違えたってのとか」


 そう聞いた時とっさに彼女の手からスマホを取り、内容を読んだ。

 だけど、彼女が言った以上の事は書いてはいなかった。


「ど、どうしたの?」


 理香子は俺の行動にびっくりしていた。


「いや、なんでもない」


 俺はあそこで見た事を単なる夢だったと思い、忘れる事にした。

 そして『近藤中央病院』 に行く事は、もうない。

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