第7話 発作
私と同じ部屋で過ごす人は、昼間に市場で出会った女騎士だった。
思わぬ偶然に、私達はしばらく見つめ合った。
「とりあえず中に入らないか? ここらは過ごしやすい気温だとしても、夜の廊下は冷えるだろう」
「……はい、お邪魔します」
「そんなにかしこまらないでくれ。ここは君の部屋でもあるのだからな」
そう言われても、やっぱり誰かと一緒というのは遠慮してしまうものだ。
誰とも接してこれなかった私は、余計にそう思ってしまう。それに、こんな綺麗な人が近くにいると、緊張もしてしまう。
実際、部屋に入った私は、一言も口を開けずにベッドの上で三角座りしていた。これは父親が帰っていた時によくやっていた体勢だ。何も動かず、何も話さない不動の姿勢。どんなことにも癇癪を起こす父親対策の必殺技。
──それを今、騎士さんにやってしまっている。
「あ、っと……話してもいいか?」
「──っ!? ご、ごめんなさい! お願いです。殴らないでください。悪いところは直すので、痛いのだけはやめてください」
「いや、別に殴らないが……大丈夫か?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私なんかのために気を使わせてしまってごめんなさい!」
ああ、やってしまった。ベッドの上で土下座をしながら、私は後悔した。
シュウさんと普通に話せたから大丈夫だと思っていた。でも、それは彼が私と同い年っぽかったから話せていただけであって、年上の人相手と一体一で話すとなると、少しの動作だけで暴力を振るわれるのではないかという恐怖が精神を支配する。
……そう思うと市場のおっちゃんはなんで大丈夫だったんだろう?
きっと、あの人は店内に入ってきた私に笑顔を向けてくれたから、気を許せてしまったのだろう。思い返せば、シュウさんも私と話す時はずっと笑顔だった。
私は笑顔の人が相手なら、大丈夫なのかもしれない。
チョロいと思われるかもしれないけれど、笑顔の人は怒らない。私の行動で怒るかもしれないけど、突然癇癪を起こして殴ってくることはない。だから心配ないと、そう脳内で決めつけていたんだろう。
でも、目の前の騎士さんはいかにも真面目そうな人だ。
笑顔じゃなくて困惑した表情を浮かべている。きっと内心はなんだこいつ、気持ち悪いと思っているに違いない。
人は苛々するとすぐに顔や態度に出る。それが頂点に達すると、行動に出る。初対面の人にはそれの限度がわからない。
「おい……」
「──ヒッ!」
騎士さんは私に手を伸ばしてきた。
それが暴行の始まりだと思った私は、自分の身を守るため、咄嗟に布団に包まった。打撃の衝撃を少しくらいは和らげてくれるだろうと思った行動だった。そこで私はハッとする。
これで打撃に対する防御力は上がったけど、相手は騎士だ。昼間に彼女が腰に剣を差しているのを確認している。これで拒絶されたと激怒して、剣で斬りかかって来る可能性もある。そうなれば、身動きが出来なくなった私に逃げ場はない。
──やばい、どうしよう。
刺されたら、痛いだろう。
でも、彼女は騎士だ。こんな場所で殺害事件は起こさないだろう。なので、命は助けてくれるはず。それなら我慢すればいい。我慢は昔から得意だ。魔物に襲われてもなんとか生きていたくらいに、私の体は頑丈になっている。なんとか一晩くらいは耐えられるだろう。
「おい、本当にどうした?」
バサリと毛布を剥がされ、私を守るものはなくなった。
──あ、よかった。剣は抜いていない。
次に来るのは右か左か。そんなのどっちでもいい。とにかく痛みに耐えるため、私は目を瞑って歯を食いしばる。
「…………、…………?」
どうしたんだろう? いつまで経っても何もこない。
恐る恐る目を開けると、騎士さんは手を中途半端に伸ばしたまま、私を見つめていた。
「私は、何かしてしまっただろうか?」
「…………え?」
「昼のことを怒っているのか? それならすまない。心から謝罪をしよう」
騎士さんは遠ざかり、私に跪いた。
予想していなかった光景に、私は慌てて制止の声を上げる。
「ま、待ってください! なんで騎士さんが謝っているんですか!?」
「…………その瞳は、本気で私を恐れている目だった。ならば、理由はわからずとも私が原因だと思うのが当然だろう」
「あっ……」
そこで私は気づいた。
……私は、過去のトラウマに囚われていたせいで、騎士さんを巻き込んでしまった。またこの人も暴力を振るうのだろうと勝手に決めつけて、過去に、父親に怯えていた。
急激に頭が冷えていくのを感じた。
そして、私がとんでもないことをしてしまったことも徐々に理解する。
「……ごめんなさい。本当に、騎士さんは悪くないんです。なので、頭を上げてください」
「わかった。そして、私も君に何もしないと約束するので、どうか私の話し相手になってくれないだろうか」
その言葉に、私は素直に「うん」と言えなかった。
まだ騎士さんの顔を直視出来ない。まだ触れることも出来ない。彼女は口でそう言ってくれたけど、やっぱり殴られるんじゃないかと心配になる。
でも、毛布に包まりながらなら、なんとか話せるような気がする。
「……………………(コクリ)」
小さく頷くと、騎士さんは嬉しそうに微笑んだ。
「そうか……! その、嬉しいよ」
その笑顔は花が咲いたようで、とても綺麗に見えた。
「その、だな……まずは君の名前を教えてくれないだろうか?」
「名前……?」
「そうだ。ずっと『君』というのもどうかと思うからな。勿論、嫌なら言わなくてもいいぞ」
「…………鏡、です」
「カガミ……教えてくれてありがとう。私はエリスだ。騎士さんではなく、そう呼んでくれると嬉しい。ああ、敬語もいらないぞ。他人行儀なのは嫌いなんだ」
エリスさんって言うのか……いい人、なのかな? まだそこはわからないけど、仲良くなろうとしてくれているのはわかる。……なら、私も頑張って応えないと。
「え、エリスさんは、騎士……なんだよね?」
「さんではなく、呼び捨てで構わないぞ」
「…………わかった。それで、あの……」
「ああ、質問の答えだったな。そうだ。こう見えても、そこそこ強いんだぞ? ……まぁ、この地位に辿り着くまで大変だったがな。辛いことも、沢山あった」
「……凄い、と思う。私だったら絶対に諦めちゃうから、エリスさ──エリスは凄いと思う」
壁があるなら、どうにかして回り込んで対処しよう。それが無理なら逃げようと思うのが私。
その壁を真正面からぶつかりに行くのがエリスだ。その根性は見る人によっては諦めが悪いとか、無駄なことをしているようにしか見えないとか思うかもしれない。
けれど、私は困難に立ち向かって行く人はかっこいいと思う。それは私に出来なかったことだから、余計にそう思ってしまう。
──私にも、エリスみたいな強い心があれば、結末は違ったのかな。
「エリス、は……どうして騎士になろうと思ったの?」
「騎士になった理由か……そう言えば、まだ誰にも言ったことがなかったな」
感慨深くそう言ったエリスは、騎士になった経緯を静かに語り始めた。
「私は平民だった。結構な田舎村で、皆が協力して必死に生きていた。ある日、そんな村に魔物が現れた。奴らに抵抗する術を持っていなかったひ弱な私達は、逃げ惑うしかなかった。家に籠城し、奴らが帰るまで耐えていたところ、魔物が私と私の親が住んでいた家に寄ってきたのだ。まだ幼かった私は怖くて、死にたくないと親にしがみついて泣いたよ」
その気持ちはわかる。私も最初、魔物に襲われた時は怖かった。生きた心地がしなかった。あそこで生きながらえたのは、本当に運がよかったと思う。
私でそんなだったのに、幼い少女が魔物と初めて会った時の恐怖と言ったら、それはもうとてつもないものだったのだろう。
「その時、ちょうど近くを巡回していた騎士が助けに来てくれたんだ。……かっこよかった。魔物と戦う姿が、とても輝いて見えた。今思うと、子供がよく思う理由だ。しかし、私はその騎士に憧れたんだ」
「……そう、なんだ。それがエリスの理由なんだね」
確かに子供らしい夢なのだろう。それでも、こうして騎士になっているんだから、エリスはその時のことを誇っていいと思う。
本人は顔を赤くして恥ずかしそうに頬を掻いているけれど、私はそんな強いエリスが羨ましい。その心の強さが、欲しいくらいに。
【承諾。精神強化、恐慌耐性を取得しました】




