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転生少女は欲深い  作者: 白波ハクア
少女転生編
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第6話 新鮮な魚は素晴らしい

「ん〜〜〜〜、おいし〜〜♡」


 とある市場の一角に、新鮮な魚をその場で捌いて提供してくれる店があった。


 そこに導かれるように入った私は、出された魚を頬張っていた。まるでハムスターのように、口に沢山のお魚を溜め込み、少しづつ味わいながら咀嚼する。

 新鮮な魚というのはこんなにも美味しいものなのか。そんな感動に私は微笑み、足をバタバタさせる。

 何も付けないまま食べるのも十分に美味しいが、やはり醤油とわさびを付けて食べると、味が何倍も美味しくなった。


 ……この世界にも醤油とわさびのようなものがあってよかった。

 そうでなければ私は、今こんなに幸せを感じられていなかっただろう。


「はぁ……幸せ…………」


 皿一杯に盛り付けられた魚の刺身は、次々と私のお腹の中に収まっていく。

 そして、あっという間に完食してしまった。


「ははっ! そんな幸せそうに食べる奴は初めて見たぜ! 捌いているこっちも嬉しくなるってもんだ!」


「うんっ、最高だよ! おかわりお願いしていい?」


「おうよ! すぐに用意するから待ってな!」


 カウンターの奥で豪快に笑うのは、この店の店主だ。

 私の二倍はあるのではないかと思うほどの高身長で、凄い筋肉をしている。ワイルドなお髭と、キラリと光る真っ白な歯が、彼のナイスガイ感を上手く出している。


 指は私よりも太い。それなのに魚を捌く作業がとても洗練されていて、職人の技というものを見せつけられた気分だった。私もこんな鮮やかに料理とかしてみたいと思うけど、そもそも私は料理をしたことがなかった。なので、まずはちゃんとした料理を作ることから始めなければいけない。

 そもそも昔から私は不器用な方だった。母親と一緒に裁縫をした時にそれを実感してショックを受けたことがある。


【承諾。技量強化を取得しました】


「──ん?」


「待たせたな! って、どうかしたか?」


「……いや、なんでもない」


 また声がした。

 店主が何か言ったのかと思ったけど、聞こえてきたのは男性の図太い声ではなく、無機質な女性の声だった。

 時々聞こえるこの声の正体は、今の所わかっていない。別にこちらに害はなさそうなので、ゆっくりと探っていこうと私は考えた。


 ──それより、今はお魚だ。


「…………?」


 追加で出された皿の上を見た時、思っていたのと違うものが乗っかっていることに、私は首を傾げた。

 私が頼んだのはお刺身だけだったはずだけど、貝を炙ったような物が何個か添えられていた。微かに鼻腔をくすぐる匂いは私も昔に嗅いだことがある。……これは、バターだ。


「あの、これは……?」


「サービスだ。俺が気に入った客には、こうして特別に付けてんだよ。……ああ、当然サービスだからな。その分の料金は取らねぇから安心しろ」


「ほんと!? ありがとう!」


 異世界というのは素晴らしい。

 こんなに美味しい食べ物が沢山あるし、いい人も多い。ここの世界に来てから、私はいいことばかり続いている。本当にありがたい。


「それじゃあ、いただきます!」


 私は貝が冷めないうちに、口に運んだ。


「〜〜〜〜! 美味しい!」


 バターの香りと魚介類独特の匂いがいい感じに合わさって、口の中いっぱいに広がる。


 ……ああ、幸せだ。これさえ食べていられれば、もう後はどうでもよくなってくる。


 大量に盛り付けられていたお魚と貝はすぐになくなり、そろそろ腹も膨れてきた私は両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。

 私は今、とても満足した表情をしているのだろう。それを見た店主が、嬉しそうに頷いた。


「ありがとう。本当に美味しかったよ」


「おう、満足してくれたみたいでこっちも嬉しいぜ! また来な!」


 料金を支払い、私はその店を出た。


「っと、すいません」


 そこで出会い頭に女性と肩がぶつかってしまい、私は少しバランスを崩した。

 お魚に満足しすぎて、注意が疎かになっていた。反省だ。


「いや、こちらこそすまない。怪我はなかったか?」


「あ、はい……大丈夫です」


「なら、よかった。騎士が一般市民を傷付けたとあれば、それは一生の恥だからな」


「騎士、ですか?」


「ああ……と言っても、この街のではないがな。王都に帰る途中に寄り、こうしていい店を探していたのだ。そこで美味しそうな匂いに釣られてしまってな──と、それはどうでもいいか。引き止めてしまってすまない。ではな」


 そう言って騎士さんは私が出てきた店に入って行った。


「綺麗な人だったなぁ……」


 茶色の長い髪は間近で見てもサラサラで、純白の鎧が綺麗な印象を強めていた。

 女性だけど凛々しい顔立ちで、異性だけではなく、同性にもモテそうなイメージだ。騎士と言うのに違和感がない。そんな人だった。


「王都に帰る途中って言っていたよね……」


 ──王都。どこにあるのか聞いたことがないのでわからない。でも、なんか凄そうなところではある。

 もしかしたら、凄く美味しい食べ物があるかもしれない。そう思うと、ちょっと興味が湧いてきた。


「いつかはその王都ってところに行くのもいいかもしれないな」


 ずっとここにいてもいいかもしれないけど、やっぱり自由の身になったんだ。どうせなら色々な場所に行ってみたいという気持ちがある。

 なので、とりあえずはここでどうにかして旅行費を稼ぎ、それから王都に行こう。シュウさんから貰ったお金はまだまだ残っているけど、その内それだって底を尽きる。なら、今の内から稼いでおきたい。


「……でも、どうやって稼いだらいいんだろう?」


 お仕事?

 この世界にはどんな仕事があるのかわからない。

 誰かに聞こうにも、誰に聞いたらいいのかわからない。


「こんなことになるなら、シュウさんに聞いておけばよかった」


 ……ないものをねだっても仕方ない。

 そう諦めた私は、はぁ……と溜息を溢す。とりあえず折角この街に来たんだから、今は楽しもう。前向きなポジティブ精神で気を取り直し、私は街の中を彷徨った。




          ◆◇◆




 その後、十分に街を堪能した。

 空も暗くなってきたので、どこかに宿泊施設がないかを探していたところ、一番広い通路に宿の看板が見えてきた。

 その宿は目立っている場所に建っているだけあって、とても綺麗な場所だった。カウンターのようなところに女性が立っていた。入り口でずっと中を見回しているのもどうかと思った私は、女性のところへと歩く。


「いらっしゃいませ」


「あの、宿泊したいんですけど……」


「申し訳ありません……今、一人部屋は全て埋まっていて、お一人用様ですと相部屋しか空いていないんです。他のお客様と同じとなってしまいますが、それでもよろしいですか?」


「……同じ部屋の人は女性ですよね?」


「ええ、勿論です」


「なら、それでいいです。とりあえず二泊分、お願いします」


「ご利用ありがとうございます。こちらが部屋の鍵になります。食事はどうなされますか?」


「それは大丈夫です」


「それでは食事抜きの二泊分で、銀貨二枚になります」


 ……う、結構高いな。でも、野宿するわけにはいかないし、今から他の宿を探すのも面倒だ。仕方なく袋から銀貨二枚を取り出して渡す。


 早くどうにかしてお金を稼がないと、と私はより一層焦った。早く仕事を見つけなければ、金はすぐに底を尽きるだろう

 出来るなら簡単に沢山稼げるやつがいい。……でも、それって危ないのが多いってテレビでやっていたような気がする。仕事選びというのも大変だ。

 そう思いながら鍵を受け取り、私は部屋に向かった。


 私の部屋は二階にあるらしく、横の階段を登って番号を探す。


「……にしても、相部屋か。優しい人だといいなぁ」


 誰かと同じ部屋だと考えると、どうしても地球にいた頃のことを思い出してしまう。

 あの時、珍しく帰ってきた父親と一緒だった時は、早く何処かに行ってくれ。そして当分は帰ってこないでくれと願っていた。一緒にいたら、些細なことでも暴力を振るわれるからだ。

 あれほど酷いのはないだろうけど、怖い人だったら嫌だな。


「っと、ここか……」


 扉のドアノブを握る前に、扉をノックする。

 中に誰かいるかもしれないので、急に入るよりは一旦間を置いた方がいいと思ったのだ。


「──誰だ?」


 予想した通り、中には誰かがいた。

 …………ん? 何処かで聞いたことのある声だな。


「えっと、相部屋の人、ですか? あの、今日から一緒させていただく者です」


「……ああ、なるほど。わかった。今、扉を開けよう」


「え、あの鍵は持っているので大じょ──」


 言葉の途中でガチャリという音がして、中から扉が開かれた。


「ん? 君は……」


 出てきたのは、茶色い髪と凛々しい顔つきの女性だ。その人は部屋でくつろいでいたのか、今は動きやすそうな薄着を着ている。

 ……道理で聞いたことがある声だと思った。


「騎士、さん?」


 相部屋の住人は、昼に市場で出会った騎士だった。

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