第59話 眩しい人
エリスの反応は洞窟の最奥地にある。
魔物は全て殺したから、もう慎重に進む必要もない。
なるべく急ぎ足で、でも洞窟が崩れない程度に慎重に、真っ暗な中を走っていた。
最後の下り坂を降りて、ちょっと進んだ先に、エリスは立っていた。
「エリス。ただいま」
「っ、ああ……カガミか。魔物達はどうだった?」
「全部殺したよ。そっちは?」
「……見ての通りだ」
ちょっと右に寄って、エリスで隠れていた先の光景に目をやる。
そこには、攫われた女の子達が居た。
皆、目は虚ろでどこを見ているかわからなくて、服は乱暴に脱がされて全身は痣だらけ。中には手足をもがれている子も居た。そして、彼女達のお腹は────。
「魔物達は、彼女達を……くそっ!」
エリスは顔を悔しそうに歪め、ドンッと洞窟の壁を叩いた。
珍しいことじゃない。
魔物に襲われた人間には二つのパターンがある。
男は魔物に殺されて食料になり、女は繁殖のための道具となる。
何も、珍しいことじゃない。
エリスだって、こうなっている可能性は考慮していたはずだ。
それが現実になってしまった。
私達がもっと早くに来ていればとか、そういう後悔はあるのかもしれない。
──でも、それが何?
どうせ赤の他人。
助けられたら良かったなで、ダメだったら残念だったなで終わる。
彼女達はそれだけの存在でしかない。
助けられなくて悔しい?
そんなの、後悔して何になるんだろう?
「こ、……て……」
ポツリと、今にも掻き消えてしまいそうな弱い声が耳に届いた。
「こ、ろ……して……」
「なっ、まだお前達は助かる! 諦め──」
「わかった」
私は剣を振り抜き、少し遅れて彼女達の頭は地に落ちる。
作られた血溜まりが、彼女達の体を赤く染めた。
「っ、カガミ!」
エリスが私に振り向き、胸倉を掴んだ。
泣いているのか、顔に雫が落ちて私の顔を濡らす。
「あの人達は死ぬのを望んだ。だから叶えてあげた。私は悪いことをしたかな?」
「そ、れでも……!」
「まだ助けられたかもしれない?」
私は薄く笑った。
「……無理だよ。生きることを諦めちゃった人は二度と立ち上がれない。体は生きていても心は死んでいる。もし助けられたとしても、あの人達はもう二度と人として生きられなかったよ」
──私も、昔はそうだった。
「カガミ、お前は……」
エリスの手を、傷付けないように優しく退ける。
「行こう。遺品があれば回収して、攫われた子は死んだって伝えるんだ。それが私達にできる最大の救いだよ」
私は多分、非情なのかもしれない。
ちょっと前までだったら、自分は力があるから何でも助けてあげたいって、そう思いながら最善の手を尽くそうと頑張っていたかもしれない。
でも、気付いた。
助けたところで、その人の未来は無駄になる。
この人達を助けても、魔物に好き勝手弄ばれた傷は一生癒えない。心は完全に死んで、二度と正気に戻ることはないだろう。
助けても──無駄だ。
だから殺した。
彼女達の『人として』の最後の望みを叶えてあげた。
残された家族は悲しむだろう。
もしかしたら、どうして生かしてあげなかったと、私に文句を言ってくるかもしれない。
でも、それの何が悪いのかな?
結局、その大切な家族を魔物から守れなかった自分達が悪い。
魔物達に奪われるのを見ているだけで、死ぬ気で守らなかったのが悪い。
そこを通りがかった私達が、腰抜けに文句を言われる筋合いは無いんだ。
「……すまない。お前は何も悪くないのに、理不尽に当たってしまった。本来私がやるべき汚れ仕事をお前に任せてしまった」
「いいよ。そういうのは私の方が適任なんだから。エリスはその代わり、誰かを守ることを頑張ってほしいな」
私はすぐに諦められるけれど、エリスは最後まで助けたいと足掻くだろう。
「すまない。助けてあげられなくて」
遺品を回収して洞窟を出る時、エリスは謝罪していた。
この優しさがエリスらしい。
私も、以前は彼女みたいになりたいと思っていた。
私も、みんなを守れる力の使い方を知りたくて学園に入った。
でも、そこで彼女のように優しくなれないことを悟った。
善意で助けた結果、私に向けられたのは醜い人間の心だった。
彼女のように優しくなれないと、痛感した。
返ってくるのが痛みなら、そんなものは要らない。
痛くなる優しさなんて、私は望んでいない。
もう苦しみたくないから、私は魔剣を望んだ。
「エリス」
私は、あなたが眩しいよ。




