第32話 今出来ること
「…………(そわそわ)」
「なぁ」
「………………(そわそわ)」
「なぁってば、おい!」
「…………はっ!? な、何ですか?」
「何ですか、じゃねぇよ。少しは落ち着け……ったく」
そう呆れたように溜め息をつくのは、オードヴェルン王国国王であるガイウス・エル・オードヴェルン様だ。
「ほんと、エルスは心配性だな。おかんかよ」
「うぐっ……!」
それを指摘され、私、エリスは言葉に詰まった。
「昨日から、お前は落ち着きがなさ過ぎだ」
「いえ、そんなことは──」
「あるだろ。今日、お前何していた? 俺の部屋をうろちょろしていただけだろ」
「……すいません」
「別に謝ることじゃない。心配なのは俺も一緒だからな。でも、お前がそうやっても、何も変わらないぞ」
悔しいが、陛下の言う通りだ。
ここで私はカガミを心配していても、あの子に降り掛かる問題は解決しない。
「では、学園に行ってきま──」
「待て待て待て、仕事放棄するな馬鹿」
「……冗談です」
「何だ、冗談か。本気だと思って焦ったぜ」
直接に見に行くというのも、一つの手だ。
だがそれは、カガミを信用していないことと同義だ。
あの子を信じて送り出したのは、他でもない私だ。
陛下はそんな私の心情を察したのか、面白いのを見るように笑った。
「あいつなら大丈夫だろうさ。魔族を単独で撃退した奴だぜ? この程度、どうってことないさ」
「そう、ですね……」
あの子は極度の人見知りで、発作持ちでもある。
それは今でも心配だ。
しかし、それを自力で克服しない限り、カガミが一歩前に進むことはない。
「さ、わかったら仕事だ」
「……はい、ですが、私の仕事は陛下の警護です。やることがありません」
「…………なぁ、頼む。手伝ってくれ。後で飯奢るから」
「はぁ……そう言うと思っていましたよ。仕方ないですね」
納得はしても心の中では、今すぐに学園に行きたい気持ちが残っている。
だから私は、せめて気持ちだけでも届くようにと、願いを込める。
「……頑張れよ、カガミ」
◆◇◆
ごめん、エリス。
私はもうダメかもしれない。
私は大勢の生徒に囲まれながら、半分諦めていた。
──事の発端は、今から数分前に遡る。
あのまま先生が帰ってこなくて、他の先生が今日は解散と言った後、私はクラスメイトに腕を掴まれて、強引に人気のない場所まで連れて来られていた。
振りほどくことも出来たけど、もしかしたら急ぎの用件かもしれないし、人のいる場所では話し辛いことなのかもしれない。
だから大人しく腕を引かれるまま、何だろうと思いながらついて行くと、そこにはすでに何人かの生徒が待っていた。
壁の方に追い詰められ、異様な気配に何も言えなくなった私は、クラスメイトが先に何かを言うのを待つ。
「調子に乗らないでくれますか?」
「…………は?」
開口一番に言われたのは、そんな意味のわからない言葉だった。
言葉の意味を理解するのに数秒の時間が必要だった私は、やはり理解してもそんな呆けた答えしか返せなかった。
「あの……どうしてそんなことを言うの?」
私は調子に乗ったことなんて一回もない。
なのにどうして、私はこんなことを言われなきゃならないんだろう。
「決まっていますわ。あなたが特生クラスにいるからです」
次は別の子が、そんなことを言ってきた。
「力もない庶民のくせに……」
「何で? 私は実力だけはある方だと思うよ。それに、どうして庶民だからって差別するの?」
「何を当たり前のことを聞いていますの? 我々貴族は権力がありますの。それに対して、庶民は何も持っていない。当然のことです」
「……その権力がどれほどのものなのかは知らないけど、それはこの学園で必要なことなの? 校則で差別はダメだって書かれているのに、何でそれを破るの?」
私は本音を言った。
ここの生徒である以上、貴族だ庶民だの差別は禁止されている。
だから、どんなに権力を振りかざしても、意味がないことを私は知っていた。
王女様であるレティシアだって、そんなことで高飛車にならずに庶民である私と対等に話してくれている。それなのに、どうしてこの人達はそれが出来ていないのだろう。
それが不思議だった。
だから正直に言った。
でも、それがこの人達を余計に怒らせてしまったらしい。
私を引っ張ってきたクラスメイトの人は、プルプルと顔を真っ赤にして私を睨みつけた。
そして────
「このっ……!」
我慢ならなくなったのか、腕を振り上げた。
──ドクンッ。
私の心臓が、大きく跳ねた。
「あ、ああ……」
その瞬間、激しい立ちくらみを起こす。
それまで問題なく出来ていた呼吸が、出来なくなる。空気を吸おうとしても、それ以上に肺から空気が漏れる。
足がガクガクと震え、力なくその場に座り込んだ。
「──ヒッ!」
そんなはずはない。
これはありえない。
そんなことはわかっている。
でも、その時の私にはそう見えてしまった。
「そんな、いや……いやぁ…………」
それまで私を囲んでいた生徒達は居なくなり、その代わり、私の目の前にはお父さんが立っていた。
血走った目。
荒い呼吸。
口元には粘つくような笑み。
お父さんは私に手を伸ばし────
「ィヤァアアアアアアッ!!」
私は、その意識を手放した。




