第18話 呆れられた
「うわぁ……! 大きい!」
私は馬車から見えた景色に、はしゃぎながら大声を上げた。
きっと側から見たら、私はキラキラした目をしていることだろう。それだけ今の私はテンションが上がっていた。
「こら、身を乗り出したら危ないだろう」
後ろからコツンッと頭を叩かれた。
「もう、何するのさ、エリス」
「お前が危ないことをしているからだろう。道を整備しているからって安全という訳ではないんだ。そこで小石を踏んで跳ねたら、外に放り出されるかもしれないぞ?」
「平気だもーん。放り出された程度で怪我なんかしないってば」
「……そういえば、そうだな。全く、どうしてお前はそんなに人間離れしているんだか……」
呆れたように言われてしまった。失礼な。これでも私はちゃんとした人間のつもりだ。
だた、スキルのせいで少しだけ強くなってしまっただけだ。何もおかしいところはない。
「まぁ、それはいいとして、ねぇエリスっ。あれが王都なの!?」
「……ああ、私達の国、オードヴェルンだ」
目の前に見えるのは、高くそびえ立つ壁とそこに垂れ下げられている大きな旗だ。
二対の赤い獅子が向かい合っている中心に一本の剣。あれが王都『オードヴェルン』の国旗なのだとエリスは言った。
隣接する多数の国家の中では最も大きく、最も人の集まる場所。
初代国王による政治は民からの信頼も厚く、何百年とその政治は受け継がれ、現在も人と亜人が協力しあって平和が続いている王都。
そんな所に、私は今訪れようとしていた。
──時は三日前に戻る。
マレリアの街を出た私達は、馬車に揺られ続けながら王都に向かっていた。
馬車と業者はマレリアの冒険者ギルドが感謝の印にと急いで用意してくれた。その気持ちをありがたく受け取り、特別何かあったとかはなく、ただの旅行気分で王都目前までやってきた。……たまに魔物が襲ってきたりしたけれど、それは別に強くなかったし、むしろ王都で素材を売ればお金になると優先的に狩っていた。
……ついでに私が取得してエリスにバレないようにと隠していたスキル『収納』は、私のうっかりミスで呆気なくバレてしまった。
その時何を言われるのか警戒していたら、もう色々と諦められてしまっていたのか、ただ「はぁ……」と溜め息を吐かれただけに終わった。
その後、少し張り切って本気を出しすぎた場面があったけど、その時もエリスは遠い目をして私を見ていた。
──あれ? もしかして全体的に呆れられている!?
い、いや、そんな訳ない。あのエリスがツッコミをサボるなんてありえない。
…………そう思っていた時期が私にもありました。
確信したのが昨日の夜。みんなが眠るテントの周りを交代で見張っていた時、私の番の時に盗賊が襲来した。
最初は姿も気配も感じ取れなかった私は、いきなり襲われてめちゃくちゃ驚いた。だけど、実力は高かった訳じゃなく、彼らは気配を殺すのが上手かっただけだったので、すぐに反応することは可能だった。
【承諾。気配遮断、無踏、夜目、遠目、体力強化を取得しました】
という感じで新たにスキルも取得し、盗賊も無力化出来た。どうしたらいいのかわからなくて、とりあえず縄で動けないように縛ってエリスを呼んだら、もう驚くという反応もなくなって「よくやったな」と頭を撫でてくれた。でも、声はどこか棒読みで顔も乾いた笑みを浮かべていた。
完全に現実から逃げている顔を見て、もうエリスも限界なのかもしれないと、その時の私は子供ながらに悟った。
ちなみに縛った盗賊はテントに放置してきた。ギルドが用意してくれたと言っても、緊急で手配してくれたものだったので、人を沢山乗せられるほど大きなものではなかった。盗賊を王都の兵舎に持っていけば、相応の報酬金を貰えるとエリスは教えてくれた。でも、盗賊と一緒に旅をするとか嫌だし、それで到着が遅くなるのも嫌だ。
私達がテントを建てたのは森の近くだから、多分そこから魔物が出てくるかもしれない。その前に縄の拘束を解ければその後は自由にしてもいいし、拘束を解けなければ魔物の餌だ。
私の判断で人が死ぬかもしれないけど、人に甘い私だってそこら辺は区別している。
悪いことをしている人を助ける気はない。死ぬか死なないかなんてどうでもいい。だから放置した。
それよりもエリスがツッコミを放置し始めたことが問題だ。
自分でもいちいち反応するのは面倒だろうなぁ、とは我ながら思っていた。
でも、まさかあの真面目なエリスが現実逃避する程、私は非常識な奴だとは思っていなかった。そのことに私は若干ショックを受けた。
──と、これが旅をした三日間で一番印象に残った出来事だった。
「はぁ……長いようで、短い旅だったなぁ」
「何を年寄り臭いことを言っているんだ。ほら、そろそろ中に入るぞ」
王都の大門には人の行列が出来ていた。誰もが王都に入るため、検問を受けようと順番待ちしている。
エリスは騎士だから特別に検問を優先して受けられるようになっているらしく、行列の横を私達の馬車が進んでいく。……なんか、ズルをしているみたいで申し訳ない気持ちになる。
「────おお、おおおお!」
そんな気持ちも、大門を通った時には何処かへ行ってしまっていた。
初めて見る人の数。並ぶ豪華な店。何処にも暗さを感じない明るい雰囲気。
どれもが私を興奮させるのに十分だった。また馬車から身を乗り出して王都の風景を楽しむ。途中我に返ってまたエリスに何か言われてしまうと思ったけれど、彼女ははしゃぐ私を見て嬉しそうに笑っていた。
そうだ。ここはエリスが住んでいる国なんだ。そして命をかけて守っている国でもある。
きっと、エリスもこの国が大好きなんだろう。それを褒められて嫌とは思わないはずだ。
「この後の予定にはまだ少し時間がある。その間、この国を見て回るといい」
「ほんと!? エリスは?」
「……すまない。私は色々と手続きをしなければならないから、一緒には行けないんだ」
……そうか、忙しいなら仕方ない。
わがままを言っても困らせるだけだとわかっているから、ここは我慢だ。
その代わりと言っては何だけど、私がエリスの分も沢山遊んでやろう。
ここは王都だ。前にいた街とは比べ物にならないほど広い。一人でどれだけ遊べるだろう。きっと。今日だけじゃ周れない所は多いだろう。土産話の一つや二つ、簡単に見つかりそうだ。
馬車は王都の冒険者ギルドまで進み、そこで私達は降りた。
時間が来たら王城の門前で待っているとエリスに言われ、業者さんとエリスは冒険者ギルドの中へと消えて行った。
「さて、と……」
ここから私は一人行動だ。
まずは何処に行こう。……とりあえず、適当に歩いてみよう。




