第17話 王都へ
魔族の襲来から三日が経った。
件の魔族はあれから姿を見せていない。
きっと何処かで身を潜めているんだろうけど、あれだけの重傷を負わせたんだ。しばらくは動きを見せないと思っていいだろう。……というのが冒険者ギルドの判断だ。
ギルドからは多大な感謝をされてしまった。後で王都から直々に感謝状も届くらしい。たかが魔族一人を撃退しただけだというのに、みんな揃って大袈裟だと思う。
……ああ、いや、ついでに魔族が待機させていた魔物を全て狩り尽くしたという成績もあった。でも、それは私が適当にやったことだし、素材を売って結構な稼ぎになったから報酬は十分だ。
だから、そこまで褒められるようなことではない。
それをエリスに言ったら苦笑されてしまった。
『奴はそれだけの強敵だったということだ。ありがたく受け取っておけ』
というのがエリスの言葉だったけれど、感謝をされるとこに慣れていない私は、恥ずかしいし少しむず痒かった。
魔族に挑んだ冒険者は……残念ながら半分以上が亡くなった。
なんとか間に合った人でも、エリスのようにギリギリの境界を彷徨っていたのがほとんどだ。
エリスはもう完全に動けるまでに治っていた。
私が強欲のスキルによって取得した回復魔法。それをエリスにやってみたら、まだ治り切っていなかった傷は綺麗さっぱり消えていた。
エリスを看病してくれていた治療術士の人も、その精度に驚いてしばらくは空いた口が塞がっていなかった。
私も初めて使う回復魔法がここまで効果があるとは思っていなくてビックリしたけれど、結果オーライというやつだ。
そのおかげで、もう十分動けるようになったエリスは、リハビリも兼ねてずっと冒険者ギルドの裏にある闘技場にで剣を振っていた。傷が開くかもしれないかもしれないからまだ安静にしていてって言ったのに、稽古をサボったら剣の腕が鈍くなってしまうと言って聞かなかった。
だから私もエリスに付き添い、何かあった時のために闘技場の観客席で待機していた。
今も彼女は一人で真剣に剣を振っている。本当に真面目な人だ。
……まぁ、それに付き合っている私も私で介護的すぎるのかな。
「──ふっ! はぁっ!」
「おお、やってんなぁ……」
ボーッと見ていたら、後ろの方から男性の声が聞こえた。ヴィレッジさんだ。
彼も相当危なかったはずだ。右腕はまだ骨折しているのか、布を沢山巻かれて無駄に動かさないよう首から吊っていた。というか色々な箇所が包帯だらけだった。一瞬ミイラ男が来たのかと思って構えてしまったくらいだ。
「ヴィレッジさん、もう動いていいの?」
「あん? なぁに、心配ないさ──ってぇ!?」
元気に腕を上げた衝撃でまだ治り切っていない腕に痛みがきたらしく、涙目になって歯を食いしばっていた。
元気アピールしようとして笑顔を作っているのに、苦痛に耐えている表情も混じっている。面白い顔だ。
…………これは抜け出して来たな?
「はぁ……後で怒られても知らないからね」
「ずっと横になっているより、動いた方がいいだろ。そっちの方が治りも早くなるだろうしな」
いや、安静にしておいた方が治りは早いと思う。とヴィレッジさんに言っても意味はないんだろうな。
もしエリスがまだ完治していなかったら、彼女を力づくで抑えてでもベッドに寝かせていた。勿論、私はずっとその横で監視だ。怪我人に力負けするほど私は弱くない。
「そんなに動きたいなら、私が回復魔法をやってあげようか?」
「……いや、いらねぇよ。ああ、別にお前の力を疑っている訳じゃねぇ。この傷は、俺の弱さが原因だ。これの痛みを覚えることで、俺はまた強くなろうと思えるんだ。お前もわかるだろう?」
うん? うーん……ちょっとそれは理解出来ない。
というか、この世界の人達は自分の実力にストイックすぎじゃない?
エリスも魔族に手も足も出なかったとめちゃくちゃ落ち込んでいるし、ヴィレッジさんも魔族に勝てなかったことでもっと強くなろうとしている。
でも、こんな世界なんだ。強くならなきゃいけないというのは、誰もが思っていることなんだろうな。
そう考えたら、言いたいことは何となくわかる気が、する?
……いや、よくよく考えたら全然わからないな。痛みを覚えて強くなるってなんだよ。どこの変態だよ。
「その顔はわかっていないな?」
「…………ごめん。私には意味不明だったよ」
「ま、わかっていなくてもいいさ。っと、俺はそろそろ帰るぜ」
「うん、お大事にね」
若干足を引きずりながら、闘技場を去って行くヴィレッジさん。
……やっぱり無理しているじゃん。
「ああ、そうだ」
と思ったら、何かを思い出したようで戻ってきた。
一体なんだろうと思ってそっちを見ると、彼には似合わない真剣な顔をしていた。
「お前の力はすげぇ。だが、それを見せ過ぎないようにすることだ」
「……どういうこと?」
「世の中には面倒臭い奴が居るってことだ。ま、気をつけな」
じゃあなと手を振って、今度こそヴィレッジさんは去って行ってしまった。
力を見せ過ぎないように。
世の中には面倒臭い奴が居る。
その意味を私は理解出来ていなかった。
使える力があるなら、それを使った方がいいんじゃないの?
それを使うことで、助けられる人がいるかもしれない。
そうすることの何が悪いの?
まだこの世界に来て間もない私は、私の力を存分に使うことに違和感を覚えていなかった。
多分、私は調子に乗っていたんだと思う。
この力で魔族を撃退できた。この力でエリスを助けられた。その結果が私の自信を上げていたのかもしれない。
なので、冒険者の先輩であるヴィレッジさんの言葉を一応覚えておこう。という軽い気持ちで頭の端っこの方に仕舞っておいただけで、私の中からその話題は終わったのだった。
そういえば、ちょっと前からエリスが剣を振る音が聞こえなくなったなと思って視線を戻すと、エリスと誰かが話していた。
相手はエリスに似た鎧を着ていた。もしかして、同じ騎士さんかな? ……にしてもどうしてここに? 偶然出会って話しているという感じでもないし、エリスの表情を見るに、何やらいい情報ではなさそうだ。
っと、どうやら話は終わったみたいだ。騎士のような人は敬礼をして闘技場から出て行った。
エリスは難しい顔をして考え込んだままだ。
何があったのか気になった私は、観客席から飛び降りて彼女の元に歩み寄る。
「エリス? どうかした?」
「──あ、ああ、カガミか」
「今の人は誰? なんか、騎士さんっぽかったけど……」
「今のは私の同僚でな。王都からの手紙を持って来てくれたのだ」
「へぇ、同僚か。それで? どうしてそんなに考え込んでいるの? ……まさか、何か問題が?」
「…………いや、手紙の内容は、魔族を撃退した私に陛下との謁見の機会と褒美を与えると書いてあった」
いいことだ。頑張ったエリスに褒美が与えられるのは当然のことだと思う。
それなのに、どうしてあまり嬉しくなさそうなんだろう?
「実は……その謁見にお前も来るようにと…………」
「……ん? 私?」
「そうだ。お前だ」
「何で?」
「それは勿論、魔族と対等……いや、それ以上にやりあい、撃退したのがお前だからだ」
「い、いやいやいや何で? たかが一つ街を助けただけだよ? それなのに、どうして王様と会うことになっちゃうの!?」
確かにあの魔族は、私が居なければこの街を破壊し尽くしていたことだろう。でも、それだけのことだ。たかが魔族一人を倒しただけのこと。
エリスも何度か魔族と戦って倒したことがあるって聞いたけど、それは勲章になるほどのことじゃないってエリスも言っていた。今回もそれと同じなんじゃないの?
それを言ったら、エリスは困ったように首を振った。
「私もわからん。だが、陛下のお言葉とあれば、無視する訳にはいかないだろう」
「…………エリスも、私に行けって言うの」
「……すまない。一般人のお前を政治に巻き込んでしまって……申し訳ない。だが、お前のことは私が守ろう。お前を利用しようと近寄る貴族共から、絶対に守る。だから一緒に来てくれないか?」
そこで私は気づいた。エリスは苦虫を噛み潰したように、苦しそうな顔をしていた。握りしめた拳は微かに震えていた。
……そうか。だから悩んでいたんだ。私を巻き込んじゃったとわかって、自分の褒美のことより私のことを心配してくれていたから、あんなに思い詰めたような顔をしていたんだ。
「お前のことは私が守る。お前を利用しようと近寄る貴族共から、絶対に守る。信じてくれ」
「…………やだ」
私の拒絶に、エリスは絶望したような表情になった。
王様の命令だから私を連れて行くって? そんなのおかしい。人の意見を聞かずに連れて行こうなんて、私は嫌だ。もう誰かに命令されたり、強制的に動かされるのは嫌だ。私は自由だ。だから私は王様の命令を拒絶する。
「エリスは私のことを守ってくれるって言うけれど、そんなのいらない。だって私はエリスより強いんだよ? 守って貰うより、自分で身を守った方がずっといい」
「……くっ」
エリスは悔しそうに呻く。何かを言いたそうにしているけど、私の言葉が正しくて何も言い返せない。そんな感情が読み取れた。
「私は──」
「はぁ……まだ何か言葉を並べるつもりなの? ねぇ、私達って、何?」
「何、とは…………」
「私達は友達でしょう? なら、お願いしてよ」
私が聞きたいのは、王の命令だとか、政治に巻き込んでしまったことへの謝罪とか、私を守るというカッコいい言葉ではない。
私はただ単にお願いして欲しいだけだ。
だって、私達は友達なんだ。友達はお願いしあい、時に迷惑をかけて、時に助け合うものだと私は思っている。そんな友達関係というのに私は憧れている。
「王様がどうとか関係ない。私はエリス自身の言葉が欲しいんだ」
初めて出来た友達のお願い。私は初めて頼られたと嬉しくなって、何でも聞いちゃいそうだ。
ちょろい奴だなと自分で思う。でも、私はそれでいい。エリスを守れるなら、それでいいんだ。
「──っ、カガミ、ありがとう」
「ふふっ、それが言いたかったことなの?」
「ああ、すまない。気持ちが先走ってしまった。……なぁ、カガミ。自分勝手なお願いを聞いてもらえないか?」
「ん、なぁに?」
「どうか、私と王都に行ってくれないだろうか? 一緒に陛下の元に来てくれ。お願いだ」
エリスは姿勢正しいまま、頭を下げた。
「うんっ! 初めての友達の頼みだもん。勿論、一緒に行くよ!」
こうして私は、予定よりも早めに王都へ行くことになったのだった。




