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転生少女は欲深い  作者: 白波ハクア
少女転生編
18/64

閑話1 動き出す闇

「はぁ、はぁ……くそっ!」


 男は息も絶え絶えに薄暗い森の中を走っていた。

 生い茂る草木をかき分け、行く先を隔てる木々の間をスラリスラリと縫うように通過する。


「何なんだあいつはよぉ!」


 脳裏に焼き付いているのは、つい先程男が計画した全てをことごとく邪魔してくれた黒髪の少女だ。


「あいつさえ……あいつさえいなければっ!」


 男は苛立ちを隠さず、一際大きな木をぶん殴る。

 メキメキという音を立てて木は倒れ、新たに出来た倒木の上に男は腰掛けた。

 荒くなった呼吸を整えた男は、恨めしそうに己の右腕があった部分を睨みつけた。


「順調に進んでいた俺様の計画が、全てあのガキのせいで台無しだ……」


 この時のために男は大量の魔物を従えていた。

 魔物は従えようと思って従えられるような生き物ではない。『魔獣使い』というスキルを所持していれば問題ないが、男はそのスキルを持っていなかった。だから力づくで服従させていた。簡単なことではない。どうして俺様が……と何度も悪態を吐くこともあった。だが、人間を大虐殺して力を得るために、男はどうにかしてやり遂げた。


 この時のために人間を騙し、街の中に手引きしてもらえるようにしていた。

 人間という下等種族と仲良くすることに吐き気を覚えたが、内側から手引きをしてもらわなければ、人間の街に入ることは出来ない。

 ──男は魔族だった。魔族と人間は一瞬見ただけでは判別が付かないほど容姿は似ている。だが、街に入る際の検問で使用する道具ならば、簡単に見分けが付く。だから男は虫唾が走るような嫌悪感を抱きつつ、それでも我慢して兵士を味方につけた。



 全ての準備は整った。

 これで平和ボケした人間どもを殺せる。

 これでもっと強くなれる。


 ──そう、思っていた。


 だが、失敗に終わった。

 たった一人の少女によって、男の計画は潰れた。


「くそっ! クソクソクソクソガッ!」


 思い出しただけで怒りが頂点に達した魔族は、可能な限り暴れまわった。

 木を粉砕し、地面を叩き割り、天に吠える。


「あいつは人間じゃねぇ……もっと別の、違う何かだ……」


 そうでなければ、自分がただの小娘に負けるはずがない。男はそう思って疑わなかった。


 男が感じ取った少女の気配は──異質だった。

 少女の妙に色彩のない真っ黒な目は、見ているだけで吸い込まれそうになり、全てを奪われるかのような気味の悪さだった。

 ……いや、全てを奪われるかのような、ではない。実際にあの戦いで少女は、彼だけが持っていたはずのスキルを使った。

 偶然にしては奇妙すぎる。それに少女はその時初めて使ったかのような感想を口にした。


「……っ、何だ、それ! 反則だろう!?」


 見たスキルを自分のものにする。そんな反則的なスキルがあってたまるか。男は不満をぶちまけた。

 その場に例の少女が居たなら、そんなこと言われても……と困ったように言っていただろう。


 だが、この場には男一人しか居ない。


「なぁんだ。失敗したのか……」



 ──そう思っていた。


 不意に後方から声が聞こえ、男はバッとその場から離れる。声がした茂みの奥を注意深く見つめ、やがてあらわになったシルエットに安堵の溜め息を溢した。


「何だ……リボルド、お前か」


「やぁグレゴリ。随分と派手にやられたようじゃないか」


「……うるせぇ。これは少し油断しただけだ。そうだ、次はお前も手伝え。お前も人間を滅ぼしたいと言っていただろう? 次は二人でやれば失敗しない。あのクソガキにも負けない」


「ふぅん……?」


「お前の力と俺の力があれば、心配はいらない。な? いい案だろ? だからお前の駒を────お?」


 ドンッと魔族の体に衝撃が走り、若干体がぐらついた。

 腹の方からじんわりとした熱が広がり、不思議に思った男は自分の体を見下ろす。


「あ、ああ──ああああああ!?」


 男の腹からは腕が生えていた。

 否、そう見えただけで、実際は男の体を誰かの手が貫いたのだ。

 認識した瞬間、薄っすらと感じていた熱は激しくなり、男の鼓動が早くなる。熱は激痛となって男を襲い、叫び続ける男の口から血が溢れた。

 ずるっと腹を貫いていた手が乱暴に引き抜かれ、支えを失った男は地面に倒れた。空いた穴から血液が溢れ出し、男の周りに赤い水場が出来上がる。


「……で、めぇ……裏切った、のか…………」


「裏切ったわけではないさ。これはあの方の命令なんだ」


「何、だと……?」


「君はもう用済みだ。だから始末しろと言われて、僕が来たって訳だ。悪く思わないでくれ? 僕だって元同胞を殺すのは嫌なんだ」


 魔族をやった男、リボルドは悪びれもなくそう言った。

 どこまでも人を馬鹿にしたような態度。いつもは気に食わない男の口調に喧嘩を売っていたところだが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。


「──ま、でも? あの人も優しいよね。死体は僕の好きにしていいんだってさ」


「がっ、くそ……」


「君が無様に負けた少女は、僕が殺してあげるよ。だから、君は安心して死んでくれ。そして、安心して僕の駒になってくれ」


「──く、そがぁああああああ!」


 男は最後の足掻きを見せる。全身のバネを使って飛び上がり、油断して嘲笑うリボルドに一矢報いようと残った片腕を突き出す。

 だが、その拳が届くことはなかった。

 それが届く直前に、彼の腕は根元から綺麗に消失していたのだ。

 消えた腕はどこに行った? と疑問に思う前に、男の首から上はボトリと鈍い音を立てて地面に落下する。その後、再び男だったものは地面に伏し、絶命した。


「残念だったね。君は全ての行動が隙だらけなんだよ。……あーあ、君のスキルは面白かったのに、こんなどうでもいいところで終わっちゃうなんて本当に残念だよ」


 リボルドは動かぬものとなった死体に近寄る。


「でも、安心してね。これからは僕が君をこき使ってあげるからさ。君が完全に壊れるまで、僕の駒として使ってあげる。嬉しいでしょ? 嬉しいに決まっている。だって、君は戦うのが大好きだったものねぇ? 死んでも戦えるなんて、君は本当に幸運だ。……持って行って」


 影が動いた。それは男の死体を包み、地面に消えて行く。


「ふふっ、これは面白くなりそうだ。久しぶりに、退屈しない日々が続きそうそうだよ。はは、あははっ、あははははっ!!」


 リボルドは誰も居なくなった森の中でただ一人、高らかに笑う。

 その目は狂気に満ちていた。それは新たな玩具を見つけて喜んでいるようにも見える。


「ゲームを始めよう。僕と、人間の、楽しいゲームを! あははっ、あははっ!」


 リボルドは身を翻し、森の奥へと消える。

 後には男性の不気味な笑い声がいつまでも、木々に反響して響いていた。

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