第15話 奪う者
間に合ってよかった。
一度は死ぬのが怖くて逃げた。
だけど、自分の命よりもエリスを見捨てて生きて行く方が、よっぽど嫌だった。
だから私は、ヴィレッジさんを安全な所まで運んでから、こうして戻ってきた。
なるべく急いだ筈だけど、それでもギリギリだった。もしかしたら助けられなかったかもしれない。
どうして私はこんなに遅い。どうして私の心はこんなにも弱い。
──苛々する。
エリスだけに危険を押し付けてしまった自分に、エリスをここまでやってくれた魔族に。
だから絶対に許さない。
「お前だけは絶対に──殺してやる」
「俺様を殺す、だぁ?」
魔族はまだ生きていた。私の全力を出し切った筈なんだけど、それでも浅い傷を付けるだけだった。あの魔族がタフというわけではない。
……多分、あの鎧のせいだ。真っ黒な鎧。それが異常に硬かったんだ。一体どんな素材をしているんだろう。私が見ても、あれは普通じゃないのがわかる。なんとなく鎧自体が生きている気がして、気味が悪い。というか最初はそれを着けていなかったはずだ。何処に隠し持っていたのか。
「その鎧は……」
「あぁ? 俺様のスキルだよぉ! ──ハハッ、いくらお前でも鎧を壊すだけで精一杯らしいなぁ!」
「へぇ、スキルなんだ。それは驚きだ。……でも、問題ない。全部壊せばいいだけだし」
「全部壊すだぁ? …………クックックッ、ハッハァ!」
「何がおかしいの?」
「ああ、悪りぃ。無駄なことをしようとするお前が面白くて、思わず笑っちまったぜ」
「無駄……? どうしてそう言えるの?」
「それはなぁ……こういうことだ」
漆黒の鎧が蠢く。私が空けた胸部の穴が徐々に埋まり、完全に元通りになった。
修復する鎧?
「……気をつけろ、カガミ……ごほっ! ……あいつの、鎧は、あいつの魔力で出来ている」
「ハッ! そういうこった。俺の魔力はある限り、こいつを壊すことは出来ねぇ!」
「…………なるほど。そういうことだったんだね。確かに、全力の一撃をお前の魔力が枯渇するまで放つのは、私には無理だ」
「そうだ! お前ら人間如きが、俺様に勝つことなんざ出来ねぇ! だからテメェも大人しく死ねやぁ!」
「うん、今の私じゃ勝てない。お前のそのスキルは凄いよ。多分、全ての能力を底上げしてくれるんでしょう? ……はぁ、いいよね。そういうスキルがあるだけで、どこまでも強くなれるなんて羨ましいよ。そのスキル──欲しいなぁ」
【承諾。魔装、魔力強化を取得しました】
……へぇ、魔装っていうスキルなんだ。魔力を纏う。単純だけど、それが強い。魔族があんなに自信満々なのは、全てこのスキルのおかげなんだろう。ただ、いつまでもあんなに魔力を放出していたら、すぐに魔力が枯渇してしまいそうだ。
魔力というのは誰にでもあるものらしい。だけど、その総量は人それぞれ異なっていて、魔力量が凄まじい人がいれば、その逆もいる。あの魔族は魔力の総量が沢山ある方なんだろう。
それに加えて魔力強化だ。これは魔力の消費を抑えると同時に、魔力量が増大するスキルのようだ。
これも奴がいつまでも魔装を維持できているのに役立っているって訳だ。
「ふぅん……? お前が自信を持つだけのことはある。これは凄いスキルだね」
試しに剣に魔力を帯びせてみると、剣は変色して真っ黒になった。……というより、剣に黒いオーラが纏わり付いたと言った方が正しいかな。剣の性能が何段階も上がったのを感じる。これなら、奴を一撃で殺せる。
背後から息を飲む音が聞こえた。振り返って見ると、横たわったエリスが目を見開いて私を見つめていた。
驚くのも当然だ。彼女を追い詰めたスキルを、私が使っているのだから。
「か、カガミ……お前、その剣は……」
「なんでテメェがそれを使える!? それは俺様の──」
魔族も信じられないようだ。私を指差す指は、微かに震えている。
「それは俺様のスキルだ!」
「そうだね。でも、今は私のスキルでもある。お前のおかげで、私はまた強くなれた。ありがとう。……もうお前には用はない。だから、さっさと死んで?」
「──っ、ざけんなぁ!」
魔族は全身から黒いオーラを溢れさせ、盛大に地を蹴って私に肉薄してくる。全力の殴りかかり。
あれを喰らえば、私でも致命傷だろう。それほどの一撃だ。
「でも、当たらなければ意味はない」
奴は速い。だけど、目で追えないほどではなかった。
「くそっなぜだ! なぜ当たらない!? それは俺様の力だ。俺様だけに与えられたスキルなんだ! お前が使えていいものじゃない!」
「…………うるさいなぁ」
奴は攻撃しながら、犬のようにギャンギャンと吠える。怒りという感情しかなかった私にとって、その声はとても耳障りだった。
だったら黙らせてしまおう。
殺すこと以外に何も考えていない攻撃を軽く避け、空振りした奴の腕を狙って一閃。
「──が、ァアアアアアアア!?」
私の剣は何の抵抗もなく魔族の鎧を切り裂き、ボトッと鈍い音を立てて腕が地面に落ちた。断末魔の叫びが周囲に鳴り響き、腕の切断面から血飛沫が飛び散る。魔族が切断面を私に向けたせいで、私は奴の血で真っ赤に染まった。
……なんか、前にも力馬鹿から血飛沫を浴びせられた気がする。どうやら、私は血飛沫を浴びる運命にあるようだ。そんな運命はいらないけど、剣を使っている以上は仕方ないと割り切ろう。
でも、これだけは文句を言いたかった。
「うるさい」
結局、何をやっても魔族はうるさかった。
ああ、本当にムカつく。
「アアアアア、ガッ!」
ずっと喚いている魔族の腹を、思い切り蹴り飛ばした。
避ける余裕がなかったのか、力だけを込めた私の蹴りはもろに入り、魔族は情けなく吹き飛んでいった。直線上にあった建物を突き抜け、幾重もの崩落音が轟く。
【称号、破壊者を取得しました】
……勘弁してください。
これは仕方がないことなんだ。
仕方のない代償。だから、私は悪くない。悪いのは魔族だ。
「がっ! かはっ! ……はぁ、はぁ、くそっ! 俺様が、この俺様がぁ……!」
「……なんだ。まだ生きてたの? 案外タフだね。でも、これでエリスのお返しが出来たよね。これでおあいこ。ここからは正真正銘の──殺し合いだよ」
「…………くそっ! ──そうだ。へへっ、おい、お前は俺に構っていていいのか?」
「は? いきなり何さ」
突然の話の切り替えに、私は眉をひそめる。
構っていていいのかだって? 放っておくと関係ない人を殺すから、仕方なく相手しているだけだ。ヴィレッジさんは安全な場所に待機させたし、他の怪我人に被害がないように上手く魔族を誘導して戦えている。何がおかしいんだ?
「ハハッ、実はなぁ……ここを襲撃しているのは、俺だけじゃねぇ」
「──っ、何だと!?」
魔族の告白に、エリスが驚愕して大声を出す。
奴の言葉が本当なら危険だ。こいつと別の奴が、この町の何処かで暴れているってことになる。それはやばい。
「焦っているなぁ? だが、残念ながら本当だ! こんなこともあろうかと、俺は街の外に魔物共を待機させていたんだよぉ!」
……………………ん?
「……今頃、外に逃げようとした奴らを、俺様の魔物が美味しく食っているはずだぜ? ハハッ! 残念だったなぁ。お前らの頑張りは無駄だったんだよ!」
「…………うん、待って? ちょっと待とうか」
魔族の言葉を簡潔に纏めると、街の外に魔物を待機させていた。それは街の人達を逃さないためらしい。
あれ? それって、私達が狩り尽くした魔物じゃない?
無駄に量が多くて変だとは気掛かりだったけれど、まさか魔族の仕業だったとは思わなかった。
「えっと、それってすぐ近くに待機させてあった?」
「あぁ? そうだと言ったらどうするんだよ」
「……あー、ごめん。多分それ、狩り尽くした」
「はぁ!? う、嘘つけ! そんな都合のいいことがあるわけ…………」
証拠を見せるため、魔物の素材が入った袋を亜空間から取り出す。そして、紐を解いて中身をその場に落とした。
「…………まじかよ」
ごめん。威勢よく勝利宣言したところを邪魔しちゃってごめん。
「…………ちくしょう! 覚えてやがれ!」
「あ、逃げた」
追い詰められた魔族が選んだのは敵前逃亡。
脱兎の如く逃げられては、流石の私でも追いつける気がしなかった。情けなく逃げる魔族の背中を見ていると、何だか悲しい気持ちになってくる。
もう追いかける気が失せた。あんな小物を殺しても、私の気持ちが少し薄まる程度だ。なら、もう面倒なので放置することにした。
「やったな、カガミ」
「エリス……うん。ごめんね、こんな危険な目に合わせちゃって、本当にごめんね」
「……はは、気にするな」
また謝っちゃったな。エリスは微かに笑う。横たわったままのその姿が、とても痛々しかった。
早くエリスを冒険者ギルドに運ぼう。あそこなら治療してくれるだろう。
「待っててね。すぐに治療してくれるところに運ぶから。だから……ごめん。もう少し我慢して」
「謝る、な……私が、弱かったのが、悪いんだ。全く……お前は、すごい奴、だ………………」
「…………えり、す?」
エリスは地面に突っ伏したまま、動かなくなった。
最悪の結果が脳裏を過ぎり、私は暫くの間その場で呆然と立ち尽くした。
「っ、エリス!? エリス起きて! エリスってば! お願い、起きて!」
そんなの嫌だ。
そんな結末は嫌だ。
嘘だって言ってよ。
ドッキリでした。って今すぐ起き上がって言ってよ。
お願いだよ。
ねぇ、お願いだから。
「エリスっ!!」




