第10話 トラウマの告白
女神の暴走によって『収納』というスキルと『仇なす者』という称号を取ってしまった私は、そのことをエリスに隠していた。
彼女いわく、ふとした時にスキルを取得することは、とても珍しいことらしい。
それなのに、私はポンポンとスキルを取得してしまっている。
剣術……今は上級剣術に変わっているけど、それを取ったと報告した時も結構驚かれた。それで次は収納と称号だ。絶対何か言われるに決まっている。なので、エリスに悟られないよう必死に平常心を保っていた。
そのせいであまりご飯に集中出来なかった。美味しかったのは間違いない。エリスの奢りだからお腹一杯になるまで食べたせいで少し苦しい。それでも、やっぱりスキルと称号のことが気になって仕方なかった。
「……なぁ、カガミ?」
「は、はい。なんでしょうか?」
当初の予定だった冒険者登録をするため、冒険者ギルドという場所に向かっている途中でエリスが立ち止まり、後ろを歩いていた私に振り返った。突然のことに私はビクッとなり、つい敬語で話してしまった。
やばい、バレていないと思っていたけれど、余裕でバレていたか?
ジッと真剣な顔で見つめてくるエリス。
私は片足を一歩下げて、何を言われても動揺しないように身構える。
この感じはダメだ。と私の直感が言っている。面倒なことになる予感しかしない。だから身構えてしまった。でも、その判断が余計にダメだったらしい。エリスは悲しそうに顔を歪ませた。
「…………やはり、怒っているのか?」
「は……ん、んん?」
何をどうしてそう思ってしまったのか。私は全然わからず、首をかしげた。
「ほら……カガミは私を怖がっていただろう? あの時は勢いで手を掴んで連れ出してしまった。ずっと元気がなさそうだったので、そのことに怒っているのではないかと心配になってな」
「え、え……うぇぇ?」
「……騎士になってからというもの、ずっと鍛錬ばかりだった私は、久しぶりに誰かと外出することに浮かれていたんだと思う。あんなに拒絶されていたことを忘れ、カガミに誘ってもらったからと、少しは私のことを受け入れてくれたのだと嬉しくなって、そのことを忘れていた。本当に、すまなかった!」
頭を下げられる。
ここは街の中だ。それも人通りの多い場所でのことだ。当然、行き交う人に注目される。何かあったのかと心配になって見てくる人と、ただ気になって野次馬をしてくる人。そんな視線に晒されて、私はどうしようかと軽くパニックになってしまった。
「と、とりあえず──こっち来て!」
エリスの手を引っ張り、人混みを掻き分けて走る。エリスが何か言っている気がするけど、混乱している私はそれに構っている余裕はなかった。そのまましばらく走り、誰もいない路地裏に逃げ込んだ。
「はぁ……はぁ……ゲホッゲホッ!」
呼吸を忘れて走ったせいで、息も絶え絶えになってその場で座り込んでしまう。それを心配そうに眺めるエリスは、やっぱり私が最初に拒絶したことを思い出したのか、私に近寄ろうとして、止まる。
……ああ、これは失敗した。私のせいで、エリスにいらないことをさせてしまった。
「ごめん」
「い、いや、突然引っ張られたのは驚いたが、謝るほどでは……」
「違う。私が弱いせいで、エリスに謝らせてしまったこと。ごめん」
「何を言っている……私が怖かったから怯えてしまったのだろう? なら、私が謝るべきだろう。……昔からそうだ。私は笑顔を作るのが苦手で、初対面の人に堅物だと思われてしまうんだ」
「いや、真面目なのはそのま──ンンッ! 私がエリスを怖がっていたのは、エリスが怖かったからじゃない。私は……過去に怖がっていた」
「……それは、どういうことだ?」
これは言わなくてもいいことだ。でも、このまま誤解されるのなら言ってしまおう。ずっと怖がられていると勘違いするのはエリスも辛いだろうし、私だってそんなつまらないことに気を使わせたくない。
私は大きく息を吸い、静かに話し始めた。
「私は父親から虐待を受けていたんだ。……私の母親はある日突然いなくなちゃって、捨てられたとわかった父親は、母親の面影を受け継いだ私で日々のストレスを発散するようになった。笑っちゃうほど私の体はボロボロで、まともに動ける状態じゃなかった。横になっているだけで体が軋んで、息をするだけで内部から攻撃を受けているみたいだった」
今思い返せば、本当によく生きていたなと自分のタフさを褒めたい。いっそのこと、さっさと死んでしまった方が楽できたんじゃないかと思えるくらい、あの時の私は酷い状態だった。
「でも、私は生きたかった。死にたくなかった。だから諦めないで、必死に、惨めに地面を這いつくばって生きていた。……そして、ある日奇跡が起きたんだ」
奇跡と言っても、結局はあの世界の私は死んでしまった。
でも、今はこうして五体満足な状態で生活できているのだから、これを奇跡と言わないで何というのだろう。
「どうにかして生きていた私は、自由になった。途中、魔物に何度も襲われて死にかけたけど、まだ生きている。何度も戦って、私は強くなった。魔物を余裕で相手できるくらいに強くなれた。…………でも、やっぱりダメ。ふとした時、あの時の恐怖が脳裏をよぎるんだ」
ふとした時に殴られるのではないか。
理不尽なことで怒られるのではないか。
また殺されてしまうのではないか。
どれもありえないことだ。
でも、私にとってはそれが普通のことだった。
だからどうしても嫌な方向に考えが偏ってしまう。
そうなってしまったら、歯止めが効かなくなってしまう。それが私の発作だ。
「エリスが悪いんじゃない。私がいつまで経っても克服出来ていないのが悪いんだ。だから、謝るのは私の方。……ごめんなさい」
「……………………」
「……えっと、エリス?」
「……ぐすっ……うぅ…………」
──泣いていらっしゃる!?
「ちょっとどうしたの!?」
「いや、カガミも苦労してたんだなと思うと、涙が……」
「えぇ……?」
まさか泣かれるとは思っていなかった。どうしよう。……とりあえず、泣き止んでもらわないと困る。少女が大人の女性を泣かせている光景を見られたら、変な誤解をされかねない。
「お願いだから泣き止んで、ね?」
「…………ぐすっ……とりあえずその親を断罪の名の下に処罰してくる」
「待って!?」
どうして私の親を断罪するという考えになるのか。まだ涙を堪えている様子だったけど、エリスの目は本気だった。気持ちが早まっているのか、すでに剣を抜いている。騎士様が街で剣を抜いたらダメでしょというツッコミは出来なかった。
怖い。エリスのこと怖くないって言った後だけど、その言葉を訂正したいくらい怖かった。
「お願いだから待って。ほら、本当に最低な親だけど、それでも私の親だから殺されると困る。それに、本当に遠い場所だから帰ってこれなくなっちゃうよ!」
場所は異世界だ。どう頑張っても世界渡りなんて出来ないだろう。そんなこと出来るのは神様くらいだ。ただの人間である私達が出来るわけがない。だから、どうやっても私の親を殺すことなんて不可能だ。
「…………わかった。カガミ、ありがとう。そんな辛い話を私にしてくれて。まだ若いのに、そんな辛いことを体験してきたのは驚きだが、そのことを聞いたからには……この街にいる間だけでもいい。どうか私を頼ってくれ。まずは何をして欲しい? 何だってしてやろう」
「い、いや……今の所は困ったことないから大丈夫だよ。……そ、それより、ほら、早く冒険者ギルドに行こ?」
次々と問題が起こるせいで、本来の目的が遠くなってしまう。
こうしている間に、お日様は真上まで上がっていた。出た時は早朝だったのに……時間が進むのは本当に早い。
「う、うむ。そうだな。早く用事を済ませよう」
「……ほっ…………」
エリスは剣を鞘に納めて、表通りに戻ろうと私の手を握って歩き出す。もう私が怖がっていないとわかって、触れることに躊躇いがなくなったようだ。どうにか二人の間にある溝が埋まった気がして、私は安堵の溜め息を吐いた。
……とにかく、これで冒険者ギルドに行ける。早く登録をして、早く自分で稼げるようになりたい。
そして、もっと強くなるんだ。もっともっと強くなって、沢山魔物を倒して、自分は強いんだと自信をつけられるようになりたい。
そうすれば過去のトラウマを克服出来るかもしれない。
ただ受け入れるだけだった弱い私から、変わることが出来るかもしれないから。