名も知らぬ異形
「行くぞ皆のモノ! 人類の勝利はすぐそこに!」
軍団の先頭に立って兵を鼓舞する将軍の勇ましい姿に周囲の兵達は一斉に鬨の声を上げた。10万の兵による大気をビリビリと振るわすほどの雄叫びは対峙する魔王軍を恐怖に震え上がらせ、同時に味方の軍の士気をより高めていく。
そして士気が最高潮に高まった軍団が進軍しようとした次の瞬間、ソレは訪れた。
戦場に吹き抜ける生ぬるい風、そしてヴゥーンという振動音と供に将軍の目の前に現れたのは禍々しく紫色に光る幾何学的な魔方陣。
バチバチと不気味なスパークを発する魔方陣を見て将軍はある事を思い浮かべた。
(・・・これは勇者様が召還された時に現れた魔方陣と似ている?)
国王の指揮の下行われた勇者召還の儀。
その時に見た魔方陣と今目の前にあるソレがそっくりな事に気がついたのだ。
唯一違っている点といえば、勇者を召還した時の魔方陣は神聖な純白のオーラが湧き出ていたのに対して、今目の前にある魔方陣は毒々しい紫色のオーラが漏れ出している。
次の瞬間、魔方陣から大量の瘴気が溢れ出た。
瘴気によって視界を塞がれた周囲の兵達がどよどよとざわめき立つ。やがて瘴気が晴れると、魔方陣の上に何かが立っていた。
「・・・なんだ、コイツ」
将軍はソレを見て目を見開く。
シルエットは人型、どうやら男。しかし身長は2メートルを超えているようで、周囲の兵士達と比べても頭一つ分ほど大きかった。
引き締まった筋肉質の体に纏っているのは焼け焦げたボロボロの衣服。焼け残っている部分から察するにこの国の衣装では無いようで、緑色を基調としたその奇妙な衣装はあらゆる国の要人と会ってきた将軍にも見たことが無いものだった。
そしてその顔は薄汚れた包帯のようなモノでぐるぐるに巻かれていて判別がつかず、目深に被った帽子がその目を覆い隠している。
何より奇妙だったのがソレが持っている巨大な鉄製のスコップ。通常の土いじりに用いられるモノより明らかに大きく、そして分厚い。錆びかけたそのスコップには何故か血がべったりと付着していた。
ソレはキョロキョロと周囲を見回した後に何故かスコップを持ち直して、足下の地面を掘り出した。
まるでそうするのが当然とばかりに穴掘りを始めたソレに対して周囲の兵は一瞬まぬけに口を開けて呆けていたが、やがて一人の兵が気を取り直してソレに詰めよった。
「おいお前! 一体何をして・・・」
しかし勇敢にもソレに近づいていった兵の言葉が最後まで紡がれる事は無かった。無言で地面を掘っていたソレが何気ない様子でスコップをひょいと持ち上げると、思い切り兵の頭をスコップで殴りつけたのだ。
硬いモノで肉を撃つ湿った音と供に兵の頭が空高く飛んでいった。どれだけの力で殴打されたらそうなるのだろうか。頭を失った兵の体は力なくその場に倒れ込む。
「う、うわぁあああ!?」
突然の出来事に周囲の兵達は半狂乱になった。無理も無い、訳の分からない存在に訳も分からぬまま味方が殺されたのだから。
しかし騒がれる元凶となった当の本人は何事も無かったかのように穴掘りの作業を再開した。
ザクッ
ザクッ
ザクッ
一定のリズムでスコップが土を穿つ音が周囲に響き渡る。人を一人殺した後に淡々と穴を掘り進めるその異様な光景に、騒いでいた周囲の兵達はいつの間にか静まりかえった。
大勢の人間がいるのにシンと静まりかえった戦場で、ただソレが穴を掘り進める音だけがやけに大きく響いている。
誰かがツバを飲み込むゴクリという音が響いた。誰も動けないその異様な空気の中、最初に動いたのはやはりというか百戦錬磨の将軍だった。