7-2 今日はなめられた
充希が部屋にやってきた。アポを取れば面会すると言った手前、相談があると言われると、拒否する口実が見つからない。なにやら、封筒のようなものをいくつか持っている。
「なんかお手紙がたくさん来ちゃって。どうしよう」
「お手紙って、ようするにラブレターだろう」
「わかるんだ。お兄ちゃんは見たことないよね」
「自慢しに来たのか。それともバカにしに来たのか。おれをあざ笑いに来たんなら帰れ」
「そうじゃなくて。どうしたらいいと思う?」
「知るか。2、3人適当に見つくろってつきあってみたらどうだ。それともオーディションでも開くか」
「マジメに考えてよ。この前、コクってきた同級生に断ったら、後がめんどうだったの。うまく断るにはどうしたらいいの」
「なんだ全部断るのか」
「あたしがほかの誰かとつきあってもいいの? 他の人のものになっても平気なの?」
「もともとお前は誰のもんでもないし、誰かの物になるようなタマでもないだろう。おまえみたいな乱暴者を嫁に出すのは身内の恥だが、目をつぶってやる。末永く猫をかぶれよ」
「ヒドイ。この前のこと、まだ、根に持ってるの」
「ああ、根に持ってるよ。この間だけじゃなくて、今までお前に蹴られ、殴られ、ひっぱたかれ、張り倒され、足を踏まれ、ついでに魂を込めてつくったガンプラを粉々にされたこともな」
この家に住んでいる限り、ガンプラ道を歩むことを早々にあきらめたのもそのせいだ。
「あたしってそんなにひどかった?」
「コメントする気にもならないよ」
「でも、いまは違うでしょう」
にじりよってきた。こら、しなをつくるな。しな垂れかかってくるな。おれは忍者のように後ろに飛び、後ずさった。
「近づくんじゃない。お前のリーチが届く射程より内側に入ってくるな」
「もうそんなことしないって言ったのに。信じてないの」
「信じられるか」
「本当に意地悪なんだから」
そういうとおれのベッドの中に潜り込んで、布団を頭からかぶった。
「こら、もう面会時間は終わりにするぞ」
布団を引きはがそうとすると、充希はおれの腕をつかみ、口を開けてかむようなしぐさをした。
「わっ」
反射的に壁まで後退した。小犬ならしっぽを巻いてキャンと鳴いてるような状態だろう。我ながら堂に入ったビビリっぷりが情けない。
「しないって言ってるのに。こわがりだね」
「当たり前だろ」
この前、けっこうな重傷を負わせたことをもう忘れたのか。
「ホント、ダイジョブだから」
「いいからもう帰れ」
おれはおそるおそる近づいた。
「わっ、何するんだ」
こいつ、かまなかったけど、腕をなめやがった。無理やり排除する気力が失せた。
「ねえ、お兄ちゃん、代わりに断ってくれないかな」
「義兄がラブレターのお断りの代理人なんて聞いたことない。それにしてもこれだけITの発達した時代に、靴箱に手紙って。昭和かよ」
「だって、友達じゃないんだからID知らないじゃん。知らない人からメッセージ来て、コクってきたらドン引きでしょう。コクって、OKだったらIDを交換するのがマニュアルよ。お兄ちゃんには関係ないけど」
「だから、おれを見下しに来たんなら帰れって、さっき言ったよね」
「それにSNSって流出がこわいじゃない。よそのクラスで告白、グループに投稿しちゃった人がいたの。みんなが転送するから、しばらく学校来なくなったみたい」。
「それは流出じゃなくて、自爆、または誤爆だ。確かに手書きの手紙最強だな」
パソコンで書くとデータが残るし、手違いでプリントアウトを親に見られるかもしれない。
おれは手紙の1つを開いてみた。ウワーッ、これは恥ずかしい。
「最近の中学生はこんなことを書くのか。信じられん。充希、これは全部燃やしてやれ。おれだったらこんなブツが後世に残ったら舌をかむ」
「お兄ちゃんの方がひどいじゃない。でも、これって字が違ってるよね」
まったくどうして、昔からラブレターを書くような男子は国語の成績が悪いって決まってるんだろう。好きな女子に「辞書の引き方も知らない」と思われてもいいのかね。まあ恥という概念がないから、こんな恥ずかしい手紙を平気で書けるのだろうけど。前言撤回だ。こんな奴らにお義兄さんと呼ばれたくない。
「もうね、頭痛がしてきましたよ。この文章にあたっちゃって気分がよくない。まあ、どう考えてもこれは瑞希さんに相談すべき案件だな。おれには何も助言できない」
「うん、そうする」
「おまえ、何しに来たんだよ」
「来たかったから」
なんか反応が薄いなと思ったら、こいつ寝てやがる。幼児やペットはこういう寝入りばなを邪魔されると一番凶暴になる。刺激するのはまずい。とりあえず、おれはリビングに戦略的転進(注:旧日本軍の用語で「逃げる」をエラそうにいう言葉)をした。男子なのにダラシないって? じゃあね、そういう人は寝ぼけてるライオンにツッコミ入れられますか?
(挿入歌 「一億の夜を越えて」安部光俊)
戻ったら、充希はマジで熟睡してやがった。
「おい、起きろ。ホント、いくら何でも帰れ」
「今日はココで寝てもいい?」
「幼稚園の時じゃないんだぞ」
「ねえ、なんにもしないから。いいでしょう」
「ダメに決まってるだろ」
「ヤダ」
「ヤダじゃない」
「だって、帰ったらもう入れてくれないでしょう」
「そりゃあ」
「じゃーあ、おとなしく帰るからあ、また来てもいいって約束して」
「いや、あのね」
「約束してくんなきゃ、絶対帰らない」
「どこでもいいから悪の組織さん。おれも手先になって世界征服のために一生懸命働きますから。お願い、元の充希を返して」
「ひどいなあ、こんなにイイ義妹になったのに」
いや、殴られようが蹴られようが前の方がマシです。
「こらっ、またっ。寝るんじゃない」
調子に乗った充希はしょっちゅう来るようになった。おれが机に向かっていると、ベッドに潜り込んで「ココが一番安心する」とか言って寝ようとするし。おれがベッドを死守しようと座っていると、「ねえ、ひざ枕して」とか言ってすり寄ってくるし。帰そうとすると、「お休みのキスは?」とか言うし。
誰だ、こんな奴が「大人びて」、「憂い」や「色気」があるとか言ったのは?
瑞希さんと外出したりして、なるべく家にいないようにし、アポを断りがちにした。
すると、「お姉ちゃんにイヤラシイことしちゃダメよ」とか送ってくるし。そんなのこっちの勝手だろう。イヤ、してないけど。
<LINE時代の告白とは>
いまの中高生の作法では、クラスの違う知り合いでない人への告白はどうしてるのか。身近に高校生の知り合いがいないもんで。調べに行ったら犯罪と間違われるのが恐ろしい。
この前、学園ベビーシッターズを見てたら、靴箱に手紙を入れてたから、今でもあるのかと思ったんですが。
それから、徒然チルドレンを見たら、メールでコクるのはアリとかナシとかやってましたが、それはかなり親しい場合の話でしたね。
どっちの作者さんも相当な年だし、連載が始まったときはまだLINEなかったし。LINEも5年後には誰も使ってないかもしれない。こういう技術は過去のモノになるのが早いので、書きにくいです。




