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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏の陽炎

ずっといっしょの、おやくそく。

「ゆきちゃん、あーそーぼ」


 木陰のベンチでうとうとしていたら、お友達のなっちゃんが走ってきた。夏休みっていいな。大好きなお友達と朝からこうやって遊べるんだもん。


「はい、ごはんだよ」


 なっちゃんはそう言うと、わたしに食パンをくれた。わあ、ごはんだ、ごはん。わたしはうきうきと食パンをみあげる。


「ほんとはいろいろ食べたいよね。ごめんね」


 しょんぼりするなっちゃんに、わたしはありがとうって抱きついた。お風呂に入ってないわたしはけっこう臭い。それなのに、なっちゃんは嫌な顔もせずに、いい子いい子と頭をなでてくれる。えへへ、なっちゃん大好き。


 むしゃむしゃパンにかぶりつくわたしの横で、なっちゃんは夏休みの宿題の話をしてくれた。読書感想文が残ってるとか、算数のドリルはもうだいたい終わったとか。


 困っているのは、自由研究らしい。自由研究って言うんだから、やるかやらないかも自由なんじゃないのかなあ。っていうか、研究ってなんだろうね。「食べられるもの」と「食べられないもの」の見分け方なら、わたしにもお手伝いできるんだけどなあ。


 朝ごはんを食べ終わったわたしがなっちゃんにべたべたくっついていると、お友達のみいちゃんもやってきた。みいちゃんは、あんまりなっちゃんと仲が良くない。みいちゃんはなっちゃんにくっつかれると、嫌そうな顔をする。


 わたしとみいちゃんは前から仲良しだったから、それでもなんとなく三人で遊んでるんだけどね。でもね、わたしは知ってるんだ。みいちゃんもほんとはなっちゃんと仲良くしたいんだって。あまのじゃくなみいちゃんは、困ったちゃんだよね。


 今日はみんなでかくれんぼ。わたしはかくれんぼや鬼ごっこでみんなを見つけるのが得意なんだ。ぴょんぴょんジャンプしてお願いしたら、じゃんけんなしで鬼にしてもらえた。やったあ、らっきー! わたし、じゃんけん苦手なんだよね。いつもパー出しちゃうの。


 まだかな、まだかな。もう探しに行っていいかな。あ、先に30数えるんだっけ。いーち、にい、さーん……。


 しゅっしゅっ。はあはあ。なっちゃんたちが隠れるのを待っていたら、変な音が聞こえてきた。あ、なっちゃんの後ろにいる男の人、なんか右手をかしゃかしゃしてる。やだあ、お外なのにパンツ脱いじゃってるよ。 わたし、知ってる。ああいう人って、ヘンシツシャって言うんだ。だからわたしは急いで走る。早く、早く、なっちゃんがびっくりしちゃう前に!


 えいっ。

 がぶり。

 もぐもぐ、ごきゅん。


 ぺろりとわたしはまるのみする。えへへ、お残しなしで、すごいでしょ。でも急いで食べたから、あんまり噛めなかったの。うえっ、やっぱりまずい。こういう人の味は、たいてい苦かったり、酸っぱかったりする。ぺっ、ぺっ、もうお水が欲しいよ。お腹壊さないといいなあ。ちょっとだけ気になって、でもそのままぴょんと、なっちゃんに飛びつく。なっちゃん、みーつけた!


「わあ、ゆきちゃん、すごいねえ」


 あと、みいちゃんみっけ! ついでに木の上に隠れていたみいちゃんのことも呼ぶ。えへへ、わたしは()()()()んだよ。難しい言葉を使ってじゃじゃーんとドヤ顔してみたら、みいちゃんがやれやれってそっぽを向いた。うーん、みいちゃんは厳しい。


 でも、みいちゃんもほっとしたでしょ。この公園、変な人多いもんね。みいちゃんったら()()()()()()()()()()()、首を一生懸命なめてる。だからわたしもよしよしってしてあげたら、ちょっとだけひっかかれた。うう、何でよ。


 わたしはなっちゃんが大好き。みいちゃんが大好き。


 さあ、次は何して遊ぼうか。かけっこ? 滑り台? 好きな人と一緒なら、何をしても楽しいよね! お昼ご飯はなっちゃんが持ってきていた食パンの残りを食べて、公園のお水をみんなで飲む。みんなで飲めば、ただのお水だっておいしいな。


 夕方はさびしい。だってなっちゃんがおうちに帰る時間だから。いつもはバイバイって言って終わりだけど、今日はちょっとだけ違った。公園になっちゃんのママが顔を出したんた。


 こら!ってなっちゃんのママが言った。

 びくん。

 わたしはびっくりして、近くのベンチの下に逃げ込んだ。なっちゃんのママは、とっても怒ってた。


「登校日をサボったなんて、どういうこと?! 学校に来ていないって会社に電話がかかってきて、ママは本当に心配したのよ! それにその隣の汚いのはなんなの。野良犬や野良猫はビョーキやバイ菌を持ってるかもしれないのに、触っちゃダメでしょう! 噛まれたらどうするの!」


「ごめんなさい。ママ、ごめんなさい。もうしないから怒らないで」


 わたしはなっちゃんのママも大好き。なっちゃんのママは、わたしのことを臭くて汚いって言うけれど、平気だよ。ずっと昔はなっちゃんみたいに撫でてくれたのをわたしは覚えてる。いい子、いい子って、抱っこしてくれたし、おいしいご飯もくれたよね。いっぱい遊んだ大事なお友達。


 でもなっちゃんの泣き声が聞こえるの。ああ、どうしよう。なっちゃんが泣いている。わたしのせいで、なっちゃんが泣いている。何だかわたしはむずむずして、どうしていいかわからなくなった。だって、なっちゃんが泣いているのに。でも、なっちゃんのママだって大事なひとなのに!


 どうしよう。どうしよう。どうしたら良いんだろう。わたしはおばかさんだから、難しいことはよくわからない。できることはひとつだけ。得意なことはひとつだけ。


 だからわたしは、ぱくんと食べてみた。


 ばりばり、むしゃむしゃ、かみかみ、ごっくん。ちゃんとよく噛んで食べないとお腹が痛くなっちゃうからね。じんわり甘い、優しい味。なんでだか、わたしは急に泣きたくなった。


 ごちそうさま、なっちゃんのママ。ううん、はるちゃん、久しぶりだね。わたし、ちゃんと約束守ったよ。ずっと一緒だよって、はるちゃんは言ったもんね。はるちゃんはわたしの大事なお友達。だから、はるちゃんの大事ななっちゃんは、わたしの大事なお友達。なっちゃんは、ちゃんとわたしのことを、はるちゃんがつけてくれた名前で呼んでくれたよ。


「ママ? え、どこ? ママ?」


 いきなり消えたママを探して、なっちゃんが泣き出した。なっちゃん、大丈夫。なっちゃんのママはわたしのお腹のなかにちゃんといるよ。もう、なっちゃんを怒ったり、たたいたりなんてしない。しくしく泣いているなっちゃんのほっぺをぺろりとなめたら、何だかしょっぱい味がした。変なの、ちょっとだけ胸がぎゅっとする。


「うええええん、パパ〜。先生〜。ママがいなくなっちゃったよお」


 どうしよう。お仕事が忙しくて、おうちに帰ってこないなっちゃんのパパも食べた方がいいのかな。たくさん宿題を出す、怖い先生のことも食べた方がいいのかな。でもママを食べてあげたのに、なっちゃんは泣いてるの。やっぱりわたし、何か間違えたのかな?


 はじめてひとを食べたのはいつだったっけ?

 もう何にも思い出せない。誰かのために何かをしようとすると、いつもわたしは失敗しちゃうの。


 なっちゃん、大好き。ずっと一緒だよ。ぺろりと口の周りをなめるわたしの横で、みいちゃんが一回だけ小さく鳴いた。


 かわいそうに。


 かわいそうって、誰のこと?

 そんなわたしをみて、みいちゃんがつんと知らんぷりした。もう、みいちゃんの意地悪。みいちゃんのことも、食べちゃうぞ。


 ゆらゆら、ゆらゆら。夕焼け空の下で真っ黒な影が揺れる。わたしの影はそのまま大きくびよんと伸びて、ぽっかりふうわりあくびした。

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