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L-cone  作者: 王生らてぃ
第三章
92/93

八坂八宵、メランコリー-1

   【◇◇◇◇◇】






 街が揺れている。



 かすかに感じるこの「揺れ」。風に煽られる高層ビルのような、心臓の鼓動や、肺の運動と区別のつかないくらいの――でも、この感じは明らかに異質だ。それはあたしや、あたしと同じような力を持つ者にしか感じられない。つまりは、魔法少女たちにしか。



 あたしはこの場所が好きだった。

 東京という、せまくて密集した場所を見下ろすことのできる、工事現場のクレーンの上。ぐらぐらゆれて、ぎしぎしきしむ。このクレーンは毎日、重たい荷物を揚げてはおろし、揚げてはおろし、東京を構成するビルをすこしずつ高く組み上げていく。見下ろす現場は鉄骨が剥き出しで、コンクリートがあらわになっていて、木くずや、置きっぱなしの工具、作業車が、整然と並べられている。



「『選ばれた少女たちが、覚醒を始める』――」



 あたしの両腕に抱えられた、この『本』。これが、あたしの魔法少女としての力が形になったものだ。このページには何も書かれていない。絵も文字も、なにひとつ。

 あたしの喋った言葉、あたしの考え、あたしの世界が、ひとつずつ刻まれて行って、この『本』は『物語』になる。そして『物語』は本の中を飛び出し、この街を舞台にした、等身大の人形劇に変わる。



「『力にめざめた魔法少女たちは』――『それぞれぶつかり合い、まじり合い』――『この世界の真実に近付いていく』――」



 世界の真実。

 この街を動かす、人形つかいの存在。

 そんなものが本当に存在するのなら、あたしが生み出した六人の「魔法少女」たちは、いったいどんな真実を、どういう風に見つけ出すのだろう。






     ○






 ――――数週間前のこと。



「そこのあなた。よろしいでしょうか」



 たまたま帰りが遅くなった日、夜の街を歩いているとき、あたしにそんな風に声をかける何かの気配を感じて立ちどまった。そこは街灯の少ない、薄暗い道で、周囲を住宅に囲まれた静かな場所だった。

 振り返っても、周りを見まわしても、誰もいないので気味が悪くて、あたしは急いで走り去ろうとした。



「もしもし。よろしいでしょうか」



 突然、目の前に女の子が現れた。あたしとおんなじくらいの背丈で、ほっそりした色白の女の子だ。地味な白いブラウスと黒いスカートを着ていても、それが様になるような印象だった。



「な、なに……なんですか」



 その子はあたしの方へと一歩、また一歩、氷の上を歩くように歩み寄ると、あたしの目をじっと覗き込んだ。ちらちらと視界の端でちらつく白い光が目に付いた。それは街灯の点滅かと思って目線をやると、光る球体のようなものが、明らかに自然ではない挙動で飛び回っているのが見えた。



「ひっ、」

「――なるほど。この子で間違いないんですね、クウ?」

「うん、間違いないわ」光る球体が喋った。「他のクウと一緒に、街じゅう探し回ったけれど、この子が一番。一番――『魔法少女』としての素質が高いわ」



 よく見るとその光る球体のようなものは、羽のはえた小さな妖精のような姿をしていた。小さいころに絵本で見たことのあるような……

 あたしはその時、すっかり足がすくんでしまって、逃げ出そうという考えはみじんもなかった。目の前で起こっていることがよく分からなくて、背を向けようという気持ちが怒らなかったのだ。



「はじめまして。あなたに、これを差し上げます」



 その女の子がポケットからもぞもぞと何かを取り出すと、あたしの方へと差し出した。

 それはプラスチックの小さなケースだった。中には色がついていない、透明な液体が詰まっていて、銀色の部品が取りつけてある。大きさは手のひらに収まるくらいで、街灯の白い光にきらきら光っていた。



「あやしいものでは、ありません。これは、あなたのために作られたものです。だからあなたに差し上げます。手に取って、スイッチを入れてください」



 当然あたしは、最初は受け取ろうとはしなかった。女の子と、傍らに浮かぶ白い妖精のような何かを視界に収めたまま、少しずつ、少しずつ、後ろへとさがっていく。あと少しで大通りに繋がる曲がり角がある。そこに出たらすぐに走って逃げればいい。女の子はその場に立ち止まったまま、こちらへ近づいてこようとはしない。あたしが逃げ出そうとしていることには気づいていないのだろうか。



 すると、背中にどしんと何かがぶつかった。

 振り返ると――さっきまで目の前にいたはずの女の子が、すぐ後ろに立っていた。あたしはその女の子にぶつかったのだ。



 慌ててまた前を向く。まだ、そこに女の子が立っている。

 同じ顔、同じ姿をした人間が、ふたりもいる。



「なに……! なんなの!」

「静かに、」後ろに立った方の女の子があたしの両腕をしっかりと羽交い絞めした。「あんまり騒ぎになると厄介です。それは、私の望むところではありません」

「あなたはただ、この『ライター』を手に取って、スイッチを押すだけでいいんです」



 前にいる方の女の子が、あたしの右手にそのプラスチックの容器をぎゅっと握らせた。触ったとき、あまりに冷たい手なので思わず変な声が出た。



「なに! 何するの、やめて!」

「大丈夫です、落ち着いて。身を委ねて」



 あたしの右手がもぞもぞと動かされた。

 そして、銀色のスイッチのような部分を、カチッ、と押し込んだ。

 突然、目の前が真っ白になって――身体が熱くなって――






     ○






「おい、大親分」



 突然、声を掛けられたのではっとした。あたしの目の前に現れたのは、逆立った銀色の髪をした小さな妖精だ。



「ああ……パロマ。何かあったの?」

「麗が他の魔法少女と戦った。真っ黒な服を着て、緑色の炎を操っていた」

「ああ――あのひと」

「知ってんのかよ。もしかして、あんたが差し向けたんじゃないだろうな?」

「さしむけた? そんなことしないよ。麗が、香苗とであった。そしてふたりは戦った。たったそれだけのこと」






 石上香苗。あたしが彼女を見出したとき、彼女は既に魔法少女だった。わざわざ力を貸さずとも、すさまじく強かった。だけど彼女は、精神に不安を抱えている。

 過去のトラウマ。仕事のストレス。強迫観念。

 それがうずまいている。そして、それに押しつぶされそうになりながらも、つぶれる前にその反動を利用するかのように、戦い続けている。それが強さでもあるけれど、それは弱さでもある。だから、さらに力を与えた。



 あたしが作り出した『パステルグリーン』のライター。

 魔法少女が、さらに『魔法のライター』を使うとどうなるのか? その実験のためでもあった。結果は火を見るより明らかだった――あの夜、あの新宿での戦い。石上香苗は、ふたつのライターを使って変身し、とてつもない力を発揮していた。ただでさえ強かった彼女が、さらに強くなった。しかし、そのあとは露骨に体調を悪化させ、ますます精神の揺れ動きがおおきくなっている。

 おそらく、ライターをふたつ使えばとてつもない力を発揮するが、身体にかかる負担もそれなりのものになるのだろう。






「麗はどうしている?」

「傷は問題ない。でも相当荒れてるな。俺も追い出されてきたんだよ」

「そう。まあ、あの石上香苗と戦って、生きてもどっただけでも、充分ね」






 日高麗。彼女に『パステルイエロー』のライターを与えたのは、あたしが魔法少女になって数日たったころだ。ちょうど学校では、夏休みがはじまったころだろうか。

 麗はまだ小学生だったけれど、気高く、女性らしさと、そのことに対する誇りを胸の内に秘めていた。正義感が強くて、そうあろうといつも前向きに努力している。あの年頃の女の子にはありがちな、自分でこうありたいという精神力のある少女だった。

 それは変身願望と言ってもいいかもしれない。

 小さな女の子は、大人になりたい、きれいになりたい、という、漠然とした憧れを抱いている。だけど、それに向かって努力できる人は数少ない。それは立派な才能だ。



 だからあたしは、その才能に報い、力を与えたのだ。

『変身』して、人々を守り、わるい怪物と戦い、正義を成すための力を。



「グローパーを倒すことに関しちゃ、問題はないんだけどな」パロマは珍しく世間話をするように、「ほかの魔法少女とぶつかったのは初めてだし、ちょっとはしゃいでた感じだったぜ。それに、相手の魔法少女も、あんまり本気でやってる感じじゃなかったからな。一歩間違えば、死んでてもおかしくなかった」

「ずいぶん、麗のことを心配しているみたいじゃない」

「あんたがそうしろって言ったんだろ?」

「そばにいろとは言ったけれど、そこまで仲良くなっているとは思わなかった。これからもその調子でお願いね。あなたは、あたしの言うことを聞き続ける必要はない。麗のそばで、あの子のことを助けてあげてちょうだい」

「助けるって言っても、俺に出来ることなんてたかが知れてるけどなあ。なあ、大親分。あんたがもっと俺に強い力をくれれば、麗を助けることだってできるかもしれないんだけどな」

「調子に乗らないで」

「ちぇッ」



 パロマはすいすいとあたしの周りを飛び回った。

 パロマたちのパーソナリティまでは、詳しくプロットしていない。彼らは魔法少女たちに付き従い、その行く末を見守るために在るからだ。彼らが戦ったりすることはないが、パロマたちは魔法少女たちと交流し、成長し、それぞれに変化していく。



「大親分。戻ったぞ」



 もうひとりのパロマが戻ってきた。前髪が長く、片目が隠れている個体だ。



「あなたは――ええと、」

「絢水はもう家に戻った。いったん報告のために寄ったんだよ」

「ああ。清瀬絢水のところに向かわせたパロマね」






 清瀬絢水。彼女はある意味で、この街に潜むいろいろな秘密を知る、とてつもなく近いところにいる人間だった。そして、彼女はそれを知りたがっていた。だけど、真実は重く高い壁にはばまれていて、それを乗り越えることは難しい。そのことにフラストレーションを感じ、だけど、何も知らないままでもいいと感じていた。

 自己矛盾。それが彼女の原動力になると直感した。



 だからあたしが力を与えたのだ。『パステルパープル』のライターを与え、魔法少女に変身し、彼女が知りたい真実へひとつ近付くためのステップをひとつ設えた。

 彼女は、真実を阻む分厚い壁を乗り越え、その向こう側を見通す力を得た。彼女は正義感でも、闘争本能でもなく、好奇心で自分の力を振るうだろう。それがどういう結末を迎えるのか、彼女がその先に見通す真実とは一体何なのだろうか……それはまだ、あたしも知らない。






「絢水はどう? 上手くやってる?」

「まあまあ。今日もグローパーと戦った。あと、他の魔法少女とも会ったな」

「魔法少女と?」

「ああ。結局ジャマが入って、戦うまではいかなかったけどな。ひとりは『バイクに乗って、炎を噴き上げながら突っ込んできた』。もうひとりは『氷』を操って戦ってた。最後のひとりは――よく、わからん」



 パロマは腕組みして、歯切れ悪くつぶやいた。



「わからんって?」

「姿がよく見えなかったんだ。グローパーではない、魔法少女……だと、思うんだけどな。『バイク』の魔法少女を一瞬でやっつけちまって、そのあとは姿を消した」

「『バイク』の魔法少女……」



 そんな魔法少女は、どこのページにも書かれていない。



「調べる必要があるね。それで? ジャマが入ったっていうのは?」

「ああ……絢水の家族の誰かが、グローパーに変身して割って入ったんだ。例の『拳銃型ライター』の連中だよ」

「ああ。いたねそんなの」

「それで、絢水を家に連れて帰っちまった。俺はとっさに隠れたが……絢水はちょっと、参ってるみたいだ。それで、ひとりになりたいんだってさ」



 パロマは肩をすくめた。すっかり人間くさい仕草が板についてきたようだ。



「年頃の女の子は、複雑なのよ。頃あいを見て、戻ってあげて」

「ふうん。よく分かんねえな」



 あたしはページをさかのぼりながら、パロマの話に合った魔法少女をさがした。

『バイクに乗った魔法少女』。

 それから、『氷の魔法少女』。

 後者のほうは、ひとつ、それらしい記述を見つけた。あの夜、新宿で戦っていた魔法少女のなかに、氷を操る魔法少女がひとりいた。恐らくその魔法少女だろう。絢水のまえにわざわざ現れたことから察するに、『魔女』の側の魔法少女とみて間違いない。



 あたしは新しい、白紙のページをめくった。

 ポケットの中から、オーロラ色に光る銀色の羽根を一枚取り出す。開きっぱなしのページの上にふわりと落とすと、じわっと、氷の板がとけて消えるみたいにページに染み込んで、銀色の文字を浮かび上がらせていく。



「『出ておいで、あたしの仲間たち』――」



 少しずつページが――紙に濡れた和紙のようにほころんでいき、その欠片がむくむく膨らんで、やがてそれらは翼を広げた、小さな妖精のような姿に変わる。わらわらと、群がって周囲に生まれてくるそれらは、数にして、二十ちかくのパロマたち。みな、それぞれ容姿に個性がある。髪の短い・長い、顔立ちの険しい・優しい、目の色、肌の色……ぜんぶが微妙に違う。



「『みんなたち、よく聞きなさい』――」新しく生まれたパロマたちは、ざわざわとあたしの言葉に耳を傾ける。「『あなたたちはみんなたち』――『街じゅうにちらばって』――『たとえ距離ははなれていても、いつもひとつにつながっている』――『いいもの、わるいもの、正義と悪、少女と怪物』――『見て、聞いた、すべてのものは、みんなの知恵、みんなの記憶』――」

「大親分。いつもいつも、あんたの言ってることは難しすぎて分からねえよ」



 別にいい。これはひとり言であり、同時にパロマたちの魂に刻み付ける命令のようなもの。

 話として、言葉として、理解してもらうつもりはない。



「みんな。魔法少女とグローパーを追いなさい」



 パロマたちはうなずいた。



「どんなにちいさなことでもいい。覚えて、話し合って、みんなに知識を共有しなさい。名前――姿――ことばづかい――なんでもいいよ」

「わかりました、大親分。俺たちに任せてよ」



 パロマたちは蜘蛛の子を散らすように、ぶわっと空に広がり、街のビルの光にまぎれて消えていった。あちこちの路地に入り込み、あるいは駅のホームにたたずみ、あるいはまた、公園なんかでたむろしている人たちに目を光らせる。

 東京という街のいたるところで、人間といっしょに歩き、時には空を飛ぶ鳩の群れのように、パロマたちはあちこちにいる。普通の人たちには気付かないレベルで、既にそこらじゅうにいる。街で見かける鳩の群れ、街灯に紛れる小さな光の粒。それはすべて、パロマたちの目の光だ。

 彼らは妖精。そして使い魔。そしてあたしの、忠実なしもべたち。



「あなた達もそろそろ戻っていいわ。報告、おつかれさま」



 あたしが言うと、麗、絢水、それぞれにつけたパロマはすいっと街に消えていく。



「ったく、大親分には振り回されてばっかりだ」

「お前、俺と絢水の邪魔はするんじゃねえぞ。もしそっちの魔法少女とぶつかったら、容赦しないからな」

「ハン! 麗はお前のよわっちい魔法少女に負けるほどヤワじゃないよ」

「なんだと!」

「なんだとぅ」

「こら。ケンカはほどほどに……」



 と、いがみ合いながらもパロマたちは街に消えていった。

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