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L-cone  作者: 王生らてぃ
第三章
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椎名翼:パラドックス-3

「これは……ひどい。まるで『障り』でも受けたみたいだ」

「さわり……なにそれ?」



 東さんのところへやって来た僕は、連れてきた女の子よりも先に、東さんの手当てを受けることになった。奥の座敷に移され、右足を小さな台の上に乗せられて、骨折した人のような扱いを受けた。



「あの女の子は?」

「ひと通り診たが、特に外傷や異変はない。気を失っているだけのようだ。今は、奥でひばりがついているよ。目が覚めたら、魔法で記憶を隠して、家に帰してあげるつもりだ」

「そんなこともできるんだ」

「ああ――グローパーや魔法少女のことは、知らないほうが都合がいい」



 東さんは広げた和紙の上に、手術器具のような道具を大量に並べている。



「――それよりも君の方が重傷だ。魔法少女の魔力でも治らない傷、これははっきり言って前例のない事態だ。グローパーに噛みつかれたんだろう?」

「うん、そのはずだけど……」

「さあ、ちょっと痛むよ。我慢しなさい」



 ぐっと傷口を包帯でしめつけられた。



「痛った……!」



 声が出ないほどの、経験したことのない激痛に視界がちかちかと眩んだ。身体じゅうから力が抜けて、右足のじんじんとした感覚だけが残る。

 見ると、僕の右足に包帯の様なものが固く巻き付けられていた。白くて幅の広い包帯の上に、赤と黒の毛筆のような字で何か模様のような文字が書かれていた。傷口から消毒液を掛けられたような激痛が絶えず続いている。



「これで、ひと晩様子を見なさい。放っておくよりはずっと具合がよくなるはずだ。と言っても、結果を見てみなければ分からないが……」

「それって、『さわり』ってやつのこと?」

「そうだ」東さんは余った道具を片付けながら、「『障り』というのは、簡単に言えば呪いの様なものだ。原因の分からない頭痛や病気、身内の不幸ごと、なぜかやることなすことうまく行かない……おまじない程度の軽いものから、都市や国の命運を左右するようなものまである。この傷は、障りによく似ている」

「どういうこと?」

「『ライター』の魔力による治癒は確かに効いているが、それが何らかの力で妨げられているんだ。魔法少女の魔力に対する、毒のようなものと言ってもいいかもしれない。これは自然に治癒するのではなく、根本的な要因を取り除かないと治らない傷だ」



 東さんの言うことは難しくてよくわからなかったが、とにかく簡単には治らない怪我だということは分かった。



「それって治るの?」

「取りあえず、治療はしたから経過を見よう。それでも回復しないようなら、また別の手を考える」

「なんか不安になるなあ~」

「ハハ。こう見えてもわたしは、軽く五百年は生きた『東方の魔女』だぞ? 信用しなさい」



 座敷の扉を開いて、背の高い女の人が現れた。

 あの時――僕が抱えて走った、驚くほど軽い人形みたいだった女の子だ。村山ひばり――あの時とは違って、しっかり背筋が伸びて、血色もよくなっていた。



「あの子は大丈夫みたい。表情も落ち着いてきたわ」

「そうか。分かった」東さんは立ち上がり、「あとは私が様子を見ておく。翼、具合がよくなるまではここにいてもらって構わない。帰りたくなったらいつでも帰りなさい。ただし、傷が悪くなったらその時はすぐに戻ってくるか、クウに伝えるんだ。良いね?」

「はあい」



 東さんはそう言って出ていった。



 ひばりさんが残った。彼女は僕のそばにやって来て、傍らに膝を折って正座した。



「――あの時の子ね。私を運んでくれた」

「うん、そうだよ」

「ありがとう」正座した膝の上に手を置き、深く頭を下げた。「あなたのおかげで、私は長い長い呪縛のような眠りから目覚めることができた。あなたがいたから、私は明日架と――大切な友だちと、もう一度出会い、話をすることができた。あなたには関係のないことかもしれないけれど、とても感謝しているの」

「君の声が聴こえたんだ」

「声?」

「こっちにきて、明日架のところへ連れて行って、っていう声が。だから、僕は君の言うとおりにしただけ」

「……、不思議な子だね、君。寝てる私の声が聴こえるわけないのに」



 ひばりさんはくすくす笑った。



「これからは、同じ仲間として、よろしくね。君がどれだけ強いかは、あの時の戦いで見ているつもりだよ」

「僕も、君がどれくらい強いか知っているよ」

「ふふっ、そうだね。――だからこそ、この状況は危険だと思う」



 ひばりさんは急にきっとした表情で神妙に呟いた。



「危険って?」

「私や、明日架が戦っていた頃はね――君がまだ小さいころかな――街にいるグローパーの数はこんなに多くなかったし、建物よりも背の高いグローパーなんて見たこともなかった。それなりに強い個体はいたとしても、深く傷が残るような強さのグローパーはいなかった。魔法少女に変身している間は、魔力が私たちの身体を守ってくれている――けれど、その『常識』が、だんだん通用しなくなっていっている」

「ふうん。そうなんだ」

「君も充分に気を付けるんだよ。今度は足のケガくらいじゃ、すまないかもしれない」



 すると、部屋にすいっと小さな白い妖精が飛び込んできた。



「ひばりちゃん! グローパーが現れたみたいよ、急いで!」

「やれやれ……」



 と、ひばりさんは立ち上がり、肩をゆるゆる回した。



「大変だ。まるでひとりの時に戻ったみたいだよ」

「もう、ぼやいてないで。お願い!」

「はいはい」



 髪の長いクウにせかされながら、ひばりさんはふらふらと気だるい感じで部屋を出ていった。



「だいじょうぶ? 僕も一緒に行こうか」

「君は休んでいないと駄目だよ」



 ひばりさんはゆらゆら手を揺らしながら、



「心配しなくても、私はそんな簡単に負けたりしないから大丈夫。君は早く怪我を治して」








 僕は言われたとおりに横になっていた。そしてうとうと、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。



 夢を見ていた気がした。どこか遠い場所、湖のほとり、木々の生い茂る山のなか。周りにいっぱいの子どもたちがいて、学校みたいだけど、それよりもずっと楽しそうなところで遊んでいる夢だ。僕と、僕の隣には女の子が一人いて、いっしょに遊歩道を走り回ったり、花畑や湖畔の桟橋を歩いたり、道端にチョークで落書きをしたりして過ごしていた……



 一緒にいた子どもたちはみんな僕と同い年くらいだったけれど、その中にひとり、とても見覚えのある女の子の姿があった。その子は、周りの子どもたちや、引率の大人たちにおとなしく従っていて、すごく静かな子だった。僕はその子のことを知らなかったけれど、どうしても見覚えがあるような気がして、だけど話しかけることもできなくて、遠くからじっと見ていた。

 どうしたの、と隣に立つ女の子が言った。

 ううん、なんか、あそこの子のことが――







 と、そこで目が覚めた。



「何だったんだろう……?」



 夢の内容はおぼろげで、もうほとんど覚えていなかった。

 僕は何時間くらい眠っていたんだろう。この部屋、というか、この建物には窓がないから、時間が分からない。



「目が覚めた?」



 隣にクウがいた。僕は身体を起こして、クウに尋ねた。



「いま何時くらい?」

「そろそろ日が沈むころよ。あなたはよく眠っていたわね」

「東さんと……ひばりさんは?」

「ご主人様はまだ、地下にいるわ。ひばりちゃんもそろそろ戻るって、連絡役のクウから」

「そっか……そうだ、あの女の子は?」

「うん……まだ目を覚まさないみたい。ご主人様と、クウたちが様子を見ているから、心配しないで」クウは真面目くさった顔で僕に言った。「ご主人様からは、あなたのことについては特に何も言いつけられていないわ。まだここにいてもいいし、帰ってもいいって」

「それじゃあ、もう帰ろうかな……」



 僕は立ち上がった。恐る恐る、包帯の巻いてある右足に体重を乗せる――もうほとんど痛みもなく、普通に立って歩けるくらいに回復している。まだ感覚が戻っていないからか、ちょっと足が重く感じる程度だ。



「それじゃあね。東さんによろしく」

「お気をつけて」








 クウに見送られて、僕は東さんの工房を出た。

 外はすっかり暗くなっていた。夏は暑いけど、夜になると一気に涼しくなって、少し肌寒さすら感じるほどだ。早く帰って、横になって眠りたい気分だった。僕はひどく疲れていた。



「なんでだろう」



 いつもはこんなに疲れないはずだ。やっぱり、この右足の傷のことが関係しているのだろうか。

 僕は半ばよろめくようにして家に帰ってきた。

 家の中は真っ暗で誰もいないようだった。玄関の鍵を閉め、僕は自分の部屋に行き、自然とベッドの上で横になった。電気もつけず、暗い天井をぼうっと見上げた。

 あの女の子は無事なのだろうか。ひばりさんは戦いから戻ったのだろうか。

 明日架や、千夏お姉ちゃんは、今頃どこで何をしているのだろう。



「うーん」



 赤いライターの中身は透き通ったまま、いっぱい、なみなみと揺れている。








「へえ。そういうのもアリなんだぁ」



 という声が、誰もいない静かな家の中に響いた。ばっと起き上がった僕の視界に、細く青い光が差し込んでいるのが見えた。窓の外だ。



「気になって後をつけてきて正解だったかも。きみ、面白いんだね」



 そこに女の子がいた。

 背中から翼を生やし、手には光る棒のような槍を握って、身体じゅうから淡い青い光を放っている。魔法少女だ。ひと目でわかった。僕は手のライターを強く握りしめた。

 くすくすとその女の子は笑う。



「あれ? でも、人間だとそういうのも珍しくないのかな? わたしが勘違いしているだけかな? うーん、よくわかんないや。ふふふ」

「誰だっ。僕に何か用?」

「ふふっ。帰って、八宵ちゃんに報告しなくっちゃ。また会おうね、ボク」



 その子は羽を大きく羽ばたかせて、ものすごい速度で夜の空に消えていった。

 あんな魔法少女は見たことがない。

 僕はなんだか嫌な気分になった。後を追いかけようとも思ったけれど、また、右足の傷がだんだん痛みだしてきたので、それは出来なかった。



 魔法少女になってから、初めてってくらい、僕は――――不安だった。


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