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L-cone  作者: 王生らてぃ
第三章
80/93

井荻リサ、ディスターブド-1

    【Yellow】




「おう、リサじゃんか」

「ん、」



 街を適当にぶらついていたらたまたま駿介と会った。彼はいつもの制服やユニフォームではなくて、ラフなTシャツを着ていた。――ついこの間、会って話をしたはずなのに、少し背が伸びたように見えた。



「なんか、久しぶり」

「前の試合以来だっけ? そんなに間、空いてないだろ?」

「ちょっと……その、いろいろ忙しくてさ! バイトとか」

「それに、会ってなくてもメッセージとかたまに送ってるだろ?」



 それはそうだけど、ちょっと的外れな回答だ。携帯やSNSでメッセージを送り合うのは、すれ違った知り合いに「おはよう」「じゃあね」って挨拶をする延長線上の行為なのだ。直接会って話をするのとは、少し違う。



 今さらになって自分の格好が気になってきた。もうちょっと気を遣えばよかったかもしれない。とりあえずぶらぶらするだけだと思って適当に選んできたから、そんなに可愛い服装じゃない。駿介はそういうこと、気にしないだろうけれど……



「ヒマ? だったらどっか行こうぜ。せっかくだし」

「別にいいよ」



 微妙な歩調の合わせ方が合図のようになって、ふたりで同じ方向に歩き始める。思えば、休みの日に、お互い私服で並んで歩くのは、随分久しぶりな気がする。いつも帰り道で一緒になるときは、お互い制服だったりするからだ。



「今日は休みなんだ」

「しばらくはな。今日から帰省する奴が多いからってさ。そう言えばリサんとこ、いつから帰るの?」

「明日。でも、私はついていかないことにしたよ」

「そうなのか?」

「うん、無理してついてくることないからって」

「いいなあ。うちは親がうるさくてさ、明日から無理矢理だよ。まあ、じいちゃんたちの顔を見られるのは嬉しいけど」



 アスファルトの上には陽炎が揺らめいていて、見た目から既に暑い。クウをバッグの中に押し込んでいるのが申し訳ないくらいだ。



「暑い……」

「言うなよ、余計暑くなるだろ」



 ちょっと頭痛までしてきた。熱中症になりそうだ。



「ねえ、どこか入ろうよ。どこでもいいから」

「喫茶店とか、ファミレスとかでいいか?」

「いいよ、冷房があれば……そんなにきつくないところ……」



 大通りを歩きながらいくつか、喫茶店やファミレスを覗いてみたけれど、どこもかしこも休息、もとい、冷房を求める人でごった返している。お盆中だから東京のお店は空いているかと思ったけれど、若い人たちの姿が目立つ。時どき扉をくぐって中を入ってみると、どこもかしこも列を成して並んでいる人たちばかりだった。むしろ、冷房に当たりたいがために、並んでいるような人もちらほらいた。



「だらしないなあ」駿介がつぶやいた。「クーラー病になるぞ、ああいう人たち。最近はちょっと過剰だけど、たまには外に出て太陽に当たらないとさ」

「クーラー病って。おばあちゃんみたい」



 そうして歩いているとき、カラオケの看板が目に入った。



「あそこでいい? カラオケだったら飲み物もあるし、暇もつぶせそう」



 駿介はちょっと苦笑いしながらも、自動ドアを一緒にくぐった。








「いらっしゃーせー……あっ、リサじゃん。ちっすー」



 やる気のない挨拶をするのは、髪をライトブラウンに染めたクラスメイトだった。いつも私に構ってくるうちのひとりだ。



「えっ、てか桜井くんも一緒じゃん、なに、デート? ねえ、デート?」

「ちが……」

「デートじゃないし! 喫茶店とか開いてないから、仕方なく来たの。カオリはなに、バイト?」

「そ、バイト。うちは帰省とかないから、稼ぎどきよ。今のうちにため込んでおかないとね」



 別に歌いたくて入ったわけじゃないから、機種や部屋については特にこだわらず適当に選んだ。二時間くらい時間を潰せたらそれでいいだろう。エレベーターに乗って案内された三階の部屋に向かう。



 閉じられた部屋から漏れてくる歌声。若い人たちのものがほとんどだ。へたくそで、ほとんど叫んでいるだけのような歌から、プロが練習しているのではないかと思うほどの美声が漏れてくる部屋もある。部屋に行く途中に設置されていたドリンクバーで、ウーロン茶とコーラをそれぞれのグラスに注いだ後、部屋に入った。



「はあ、」椅子は少し硬くて、いかにも、少し安いカラオケって感じだった。「取りあえず、乾杯」

「なんでだよ」

「いいじゃん、なんとなく」



 グラスをぶつけ合い、ウーロン茶を口に運ぶ。



「はあ、涼し……天国だね」



 思えば、駿介とふたりでカラオケに来ることなんてなかったかもしれない。そもそも、私はカラオケにはあまり来ないし――せいぜいクラスメイトとの付き合いで一緒に来るくらい――、



「駿介って、部活の人とかとカラオケ良く来るの?」

「まあ、付き合いくらいには。クラスの奴に誘われたりもするよ」

「なに歌うの? 聴きたい、せっかくカラオケに来たし歌おうよ、何曲かは」



 駿介はしぶしぶと言った風にデンモクを手に取り、指でスクロールし始めた。ここは見ないようにしておくのがマナーだろう。



「なんか恥ずかしいな、ふたりだと」



 駿介の何気ない言葉が妙に気になった。



「何、恥ずかしがってんの。いまさら」

「いや、まあ、なんかさ」



 そう言っているうちに一曲目の映像が流れ始めた。私でも諳んじることができるくらい有名な、スピッツの『空も飛べるはず』だ。思ったより無難なチョイスで、歌のうまさも、無難な感じだ。

 聞き苦しくもなく、びっくりするほどうまいというわけでもない。ごく普通の高校生の歌い方だった。歌い終わった駿介に、取りあえず拍手を送る。



「うまい、うまい。いつもこういう感じ?」

「まあ、男同士で行くのが大半だからなあ。ほら、次、リサの番」



 私はデンモクを手繰り寄せ、適当にスクロールし始めた。



「何にしようかな。私もあんまりカラオケとか来ないからなあ」

「何でもいいんだよ、歌いたい奴歌えば」

「そう言われてもな」



 とりあえず『サイレントマジョリティー』をかけた。街中でもよく聞く曲だし、流行りの歌だから嫌でも覚えてしまっていた。

 歌が下手ではない自信はある。この曲は画面にPVも流れるから、退屈しない。というわけで無難に歌い切った。



「ありがとうございました」

「うまい、うまい」



 駿介からぱらぱらの拍手をもらい、私は椅子に座った。いつの間にか立ち上がって歌っていたようだ。そして、ウーロン茶を口に含む。



「そういえば、課題進んでる?」

「いや、あんまり……部活が忙しくてさ。リサは?」

「私もあんまり。実は、今日も持ってきてるんだけどさ」鞄からノートとテキストを取り出し、「どこか涼しい、家じゃないところでやろうかなと思って、出てたんだけど。そしたら駿介とばったり」

「その、実は俺もさ……」と、駿介も鞄から同じものを取り出した。「家だと、なかなか集中できなくて、でも図書館も混んでてさ。仕方なく、喫茶店にでも行こうかと思ったんだけど」

「じゃあ勉強会にしよう。飽きたら、歌えばいいんだし」

「まじかよ。カラオケまで来て?」

「女子はよくやるよ。それに、駿介って成績良さそうだし」

「そんなことないよ」

「だよね。偏見」



 机の上にノートを広げて、同じ数学の課題に取り掛かる。部屋の外から漏れ聞こえてくる歌声が、ちょうどいい感じのBGMになって、逆に集中力を高めてくれるようだ。涼しいし、ふたりきりで雑念が入り込まない。



「駿介、ここわかる?」

「どこ?」

「ほら。ここ。この問題」



 自然と近くに身体を寄せて座る。駿介のノートの中身がちらりと見えた。駿介の字は細くて几帳面で、ちょっと右斜め上がりになっている。小さいころから変わっていない。



「ああ、ここ、テキストに載ってるよ」

「うん、たぶん、ここを応用するんだと思うんだけど――」

「そうそう。ただ、それだけじゃなくてさ」



 教え方のせいもあるのか、自分一人では解けなかった問題がすらすら解ける。

 その後も黙々と課題をこなすこと三十分以上。気が付けば、今日のうちに済まそうと思っていた分はとっくに片付けてしまい、課題そのものの終わりも近くなってきた。



「結構進んだねえ」

「リサ、あとどのくらい溜まってるんだ? 課題」

「あとは読書感想文と、それから古文と化学基礎」

「あっ! 読書感想文、忘れてた。やべー、何読もうかな……」

「じゃあ、この後本屋にでも行こうよ。それで一緒に選ぼ、私も決めてないからさ」



 ウーロン茶を飲み干してノートを閉じ、いったん立ち上がった。



「ごめん、ちょっと、お手洗い」








「なーんか違くね」

「うわ!?」



 扉を開けて廊下の角を曲がった瞬間、さっきまでフロントにいたクラスメイトのカオリがそこにいた。トレイを抱えて、むっとした表情を浮かべている。



「せっかくカラオケにふたりきりで来たっつーのに、何だよそれ! なんかイベントとか起こしたりしないワケ? しかも、ふたりしておとなしく宿題してやがんの、つまんな! 優等生か、真面目かよ!」

「覗いてたの!」

「カラオケってさ、監視カメラで全部見えてんのよ、夜中に入って来てヤってる高校生カップルとか、ラブホ代わりにウリしてる女子高生とかザラなわけよ」

「なっ……か、カメラ?」



 急に恥ずかしくなってきた。ぜんぶクラスメイトに見られてたなんて!



「いい? リサ、よぉーく聞きなさい」カオリはおばあちゃんのような顔で、「アタシらはみぃ~んな、あんたと桜井くんとの恋路を応援しているわけ。そりゃ、からかったりはする、冷やかしもしようじゃない。話のタネだもの」

「最低――!」

「でも、邪魔したり、笑ったりはしない! あんた達、幼馴染だからとか、何とか言ってのらくら言い訳してるけどさ――好きなんだろ?」

「うっ、それは……」

「そこで口ごもっちゃう当たりビンゴじゃんか!」



 トレイを片手に持ち、もう片方の手でカオリは私を壁に追い込んだ。カオリはクラスの中で目立つ女子の中でも、抜群のスタイルと高身長でそうなっているタイプの女子なのだ。



「告っちまいなよ」

「はあ!?」

「告白しろっていってんの! なんならその先までいってもいいぞ、アタシがシフト当番の日で良かったな! 店長とかには黙っといてやっから!」

「い、いやいや。いやいや!」

「今さら何を恥ずかしがってるのさ、ぶつかるだけじゃんか! どーんと! 桜井くんだってきっと悪い気しないと思うけどな」



 それはそうかもしれない、と、思ってしまう。

 でも、それが問題なのではない。問題はもっと別にあるのだ。



「でも、そんな……今のままでも、じゅうぶん仲良くやってるし。今のままの関係で落ち着いてるなら、それが一番だと思わない?」

「ふうん」

「そ、そりゃあ……駿介のことは、す……好き、だけど、さ」

「ほら!」

「でもそれは、人間と人間としてであって、というか……別に、恋愛とか、そういうんじゃ、ないと思うんだ。このまま、なんとなく一緒にいられれば、それでいいかなって」

「じゃあさ、桜井くんに彼女が出来たらどう思うワケ?」

「別に、おめでとうって言うよ。それで……」

「もっと先まで考えてみようか。桜井くんは、彼女と過ごす時間が増えるよね? で、彼女がいる手前、リサと過ごす時間も少なくなってくるわけだ――浮気されてるって彼女に誤解されるかもしれないから。そのうち成長して、大人になって仕事をする。そうなると、ますますプライベートの時間は作れなくなっていくじゃん? で、桜井くんは誰か、他の彼女と結婚して、子どももできる。そうなると、男は稼がないといけないワケよ。ますます時間が無くなっていく。そうなると、もう、リサに構っている時間は無くなるんだよね。だって、幼馴染とはいえ、家族でも、仕事の同僚でもない、ただの他人になっちゃうわけだから」

「それは……」

「あんたがそのポジションに収まっちゃえばいいのよ。人間は変わっていくのに、関係性が変わっていかないなんて、そんなことありえないよ? ただ、彼氏と彼女っていう肩書になるだけじゃん? そんなに特別なことじゃないって」



 そこで、カオリはインカム越しに「はい、戻ります!」と小声で言って、



「それじゃ、ガンバレよ!」



 と、私の肩を拳で小突いて小走りに戻っていった。








 お手洗いで意味もなく手を洗いながら、鏡に映った自分の顔を見た。



「クウ、どうしよう」

「どうって言われてもわたしには分からないわよ、りっちゃん……」クウは暑さと退屈さでげんなりとした表情を浮かべている。「でも、さっきのお友だちさんの言葉はその通りだと思うわ。りっちゃんがどうしたいのか、ちゃんと考えて、その上で伝えるべきじゃないかしら」

「でも、恋人……私が、駿介の彼女……」



 鏡にはちんちくりんな私が映っている。

 こんなのが彼女でいいのだろうか。小さいし、スタイルだってそんなに良くない。可愛くない。ファッションセンスもない。それに――



「……、」



 ポケットから取り出した、黄色いライター。

 私は魔法少女だ。最近はあまり見かけないけれど、グローパーと戦う使命がある。そのことと、恋愛とを、両立させることは難しいと思う。クウの頭に巻いたリボンからは、危険を知らせるサインはまだ発せられていない。私の『使い魔』たちの監視下に於いては、まだ、グローパーたちは出現していないということだ。



「どうしよう……ああもう、カオリがあんなこというから、余計に意識しちゃうよ……!」



 どんな顔をして部屋に戻ればいいのか分からない。かといって、このままずっと戻らずに随分長いトイレだったな、とか言われるのも、女子としてのプライドに関わる気がする。



「あんまり戻らないと、駿介くんも心配しているんじゃないかしら」

「……、クウは恋とか……しないよねえ」

「そうね。わたしたちには性別や繁殖の概念はないから」

「繁殖……」



 余計げんなりした。



「とにかく戻りましょうよ、それで、その時になったら決めればいいんじゃないかしら」

「ええ……」

「このリボンのおかげで、りっちゃんの感じていることはなんとなく分かるのよ。だから、りっちゃんがいますごく、悩んでいるのは分かるわ。そこに、わたしの意見を加えるのなら、悩んでいてもはじまらない、ってことくらいかしら」

「……、うん、そうだね。そうだと思う」



 ちょっと勇気づけられたところで、扉を開けて再び廊下に出たとき、ごつん、と何かに扉をぶつけてしまった。



「あっ、すみません、」



 そこには私と同じか、少し背が高いくらいの女の子が立っていた。たぶん中学生くらいの顔立ちで、グレーのパーカーと、長さがぜんぜん揃っていないショートカットの、銀縁の眼鏡をかけた女の子だった。



「いえ、気にしないで」



 クスリともせず、その子は入れ替わりにトイレに入っていった。



「なんか、暑そうな格好だなあ」

「早く戻りましょ。もう十分くらい経ってるわよ」



 咄嗟にポケットに入り込んでいたクウの声に急かされて、私は部屋に向けて歩き出した。


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