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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
75/93

【Epilogue】中井明日架はようやく悪夢から目覚める

   【Blue】




「本当にイケるの?」



 海音の心配はもっともだ。心配というより、もうほとんどヤケっぱちの怒りの声だ。



「正直、ライブで演奏するレベルにはなってない。いまからでもセットリストを――」

「もう、海音しつこい」秋良が衣装の裾を整えながら、「行くしかないんだから、もう、ここまできたら」

「でも、」

「でも、でも、って心配するよりも、もう、当たって砕けろだよ! ね、瑞穂」

「え、あ、はいっ! そうです、当たって砕けろです!」

「砕けてるじゃん」



 ライブ前の空気のピリ付き。過去最高だ。

 ――私が原因なんだけど。











 数日前――

 あの戦いが終わった次の日のリハの時だ。



「セットリストを変えたい」



 私の言葉にみんなは、もう、絶句していた。



「一曲、追加したいの。昨日書いた曲、どうしてもこれを演奏したいんだけど。駄目かな」

「駄目に決まってるでしょ。バカ」



 真っ先に反対したのは海音だ。もちろん、その怒りは当たり前だった。セットリストは観客の心を左右する大事なものであり、何週間も前から綿密に組み立てていくもののはずだ。少なくとも私たちはそう考えている。



「それをどうして今さら――信じられない。一昨日だって、勝手に練習を休んでさ。ほんとうにやる気あるの、明日架?」

「どうして、そうしたいの?」



 秋良がベースを両手でぎゅっと抱えながら、私の眼を見て告げた。



「まず、それを聞きたいな。話はそれから」

「秋良――」

「もちろん海音の言いたいことも分かるよ。でも、明日架がそうしたいって言ったことなら、私たちは全力でそれに答えなくちゃ。だって、同じバンドのメンバーなんだもの」



 瑞穂は黙っている。

 私はノートに書いた旋律と歌詞をみんなに広げながら、



「うまく、言葉に出来ない。でも――」ひとつひとつ、言葉をチューニングするように。「いま、私が歌いたい、ほんとうの気持ち。みんなのこと。それから、私に関わる、すべての人。もの。こと。それを全部、ひっくるめて……そういう歌を歌いたい。歌わなくちゃいけないの。次のライブで、どうしても。だから、みんなには、とても迷惑をかける。でも、ごめん。これは私のワガママ。それでも聞いてほしい。お願い……お願いします」



 だれも何も言わなかった。

 海音は腕を組んで、じっと息を殺している。

 秋良はノートの符に目を通し、メロディーを口ずさんでいた。

 瑞穂はまだ、黙っている。この空気をうかがっているのだろう。



 あの戦いが終わったあと、私は、目を覚ましたひばりには声をかけず、ひと目も振り返ることなく家に帰って、その勢いのままこの曲を書いた。そして、部屋でこっそりとライターを押し込んで変身し、銃をマイクに変形させて、



「おいで……」



 と、呼びかけた。

 十分くらいして現れたのは、リサのリボンを巻いた、あのクウだった。ひばりに『紫のライター』を届けてくれた、今回の戦いの影のヒーローだ。



「どうしたの、明日架さん。なんだか、あなたに呼ばれた気がしたのだけど」

「これ」と、小さく折り畳んだライブの招待チケットを手渡し、「ひばりに届けてちょうだい。私からって、伝えて」

「いいけど、どうして? 直接手渡しちゃだめなの?」

「だめ――今はね」

「けんかでもしてるの?」

「……、まあ、似たようなものかな」



 クウは飛び去って行った。






 この曲は、ひばりと会ってしまっては作れない。

 ひばりとの約束――



『何があっても、歌うことをやめないで』



 それだけを頼りに三年間を生きてきた。路上ライブも続けた。音楽を続けていくことの交換条件として父さんから言い渡されたのは、少しでもレベルの高い高校へ進学することだった。それもクリアした。そして、秋良と出会い、海音が加わり、瑞穂を見つけ、『Pisces』が出来た。

 この四人でしか作れない曲がある。

 きっと、今いちばん、ひばりに聞いてほしいのは――私の歌ではなくて、私たちの音楽なんだ。






「ねえ、明日架。この譜面――ひょっとして、まだ完成してない?」



 秋良はいつの間にかベースを持ち出して、自分で弦を弾きながら、しげしげと楽譜を睨みつけていた。



「はぁ? まだ完成していない譜面を持って来たっていうの?」

「ううん――それは、私が作った完成」海音に言ったら怒られることは分かっているけれど、「この曲、みんなで完成させたい。私が部屋で、ひとりで考えてきただけの音じゃ作れない――そういう曲にしたいんだ。私の曲じゃなくて、『Pisces(わたしたち)』の曲」

「え――即興でセッションするってことですか?」



 瑞穂の言葉に、海音は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。そして、なにかを言いかけて私を睨みつけると、そのまま黙ってスタジオを出て行ってしまった。

 みんな黙ってしまう。



「――ま、そりゃそうか。怒るよねふつう」

「ごめん……ライブ前の大事な時に」

「ううん。私はいいと思うよ、即興セッションとか嫌いじゃないし」



 秋良はこういう時、いつも私のことを受け入れてくれる。



「それに――明日架が、それでいいって信じるなら、きっといい曲ができる。好き勝手にやっていいってことでしょ、つまり?」

「好き勝手にって……なかなか難しいですよね」

「でも、それがいいんじゃん。こういうときはさ」



 瑞穂はちょっと、気分を持ち直したようにほっと息をついた。

 けれど、その次にまた、違う溜息をつく。



「でも、海音さんは……」

「だいじょうぶだよ、海音なら」



 秋良の言葉を裏付けるように、私のスマホに着信音が鳴った。



『譜面の写メ、撮るの忘れた。今すぐ送って』



 ――という、海音からのメッセージ。



「海音は海音で好き勝手にやるつもりなんでしょ。あいつ、ちらちらノート見てたもん、目の端で」






 それから、リハーサルにリハーサルを重ねて、何度も何度も言い合いをして、喧嘩をして、そして演奏して歌って、また言い合って――結局、一度も意見はまとまらないままだ。

 でもこれでいいと思う。

 予感がある。



「じゃあ――行くよ、みんな」






 ステージの上に立った瞬間に、照り付ける照明。

 瑞穂のスティックが軽やかに打ち鳴らされる。

 1、2、3、4――






   ○




    【White】





 1曲目の最初のサウンド。

 ギターが鳴らされる、その一瞬で、ライブハウス全体のボルテージが最高潮になる。歓声、低く響くベースの音、それらすべてが「圧」となって、私の身体に叩きつける。イントロのたった数フレーズだけで、何十分もの時間が過ぎているように感じられた。それくらいの密度で叩きつける、ありとあらゆる信号は、私の身体を駆け巡って瞬きすらさせない。



 これは、音楽じゃない。

 感電――とでも言うのだろうか。それくらいの衝撃だ。



 マイクの前で息を大きく吸い込む。そして、最初のことばを発する。大和から借りたCD、何度も聞いたこの曲。タイトルは確か――『I’M BLUE』。






「みんな、今日はありがとう」



 あっという間だったような、でも深く、何度も聞いているような、不思議な感覚に私の意識は奪われたまま、明日架の声で我に返った。大きな拍手と歓声に沸きかえっていたライブハウスが、一瞬で静まり返る。



「私たちは『Pisces』――1曲目、『I’M BLUE』、これは、私たちが最初に作ったCDの、1トラック目に入ってた曲。盛り上がってくれて嬉しい」



 沸き立つ観客に対して、明日架の眼は鋭く、口元はクスリともしていない。ただ、身体じゅうから滴る汗と、高温の灯体に照らされた肌から上気するもうもうとした煙だけが、彼女の存在感を形作っていた。



「私が書いた曲。でも、私ひとりじゃ作れなかった――一緒にこの曲を作ってくれたメンバーを、みんなに紹介したいと思う」






   ○




   【Blue】






 だれもが私のことを、はっとしたような目で見ていた。

 予定にないMC、予定にないメンバー紹介、予定にないこの時間。何もかも私のスタンドプレー。何が「一緒に作った」なのか、笑ってしまいたい。

 でも、あなたに知っておいてほしいんだ――ひばり。私の、大切な同志たちを。






「いつも私のワガママを聞いて、受け入れてくれる――ベース・落合秋良」



 こういう時、いつもノッてきてくれる秋良。だいすき。ウィンクをしながらプレイを決めて、観客に最高のスマイルを向ける。







「いつも私に火を点けて、最高のパフォーマンスにしてくれる――キーボード・林海音」



 海音は私を睨みつけながら、鍵盤に指先を滑らせる。――キメッキメ。最高。







「そして、いつも私たちを縁の下で支えてくれる、カワイイ後輩――ドラムス・寺川瑞穂」



 これまで見たことがないくらい、瑞穂の表情は得意げだ。鋭いスティック捌き、メチャメチャ走ってる。クールだよ、瑞穂。







「このライブは――特別なライブ。いつも以上に」



 しん、と静まり返るライブハウス。

 注目は私の顔に集中している。超満員、立見席の一番奥の奥に、私がいちばん、いちばん、いちばん大切な人がいる。

 ひばり――それにリサ、香苗さん、千夏までいる。

 ちょっぴり恥ずかしいけれど、私の気分は路上ライブの時までさかのぼっている。でも、あの時とは違って――ひとりじゃない。



 私と一緒に曲を作ってくれる仲間。

 私と一緒に戦ってくれる仲間。

 私のことをずっと忘れないでいてくれた、仲間。

 みんな一緒だ。



「だからみんな――――」目に汗が入って、ふう、と溜息。「まだまだアガれるッ?」







 ああ――――サイッコーだ!

 身体を叩く大歓声、足元から突き上げられるような振動、灯体の熱、スピーカーの音圧、ぜんぶぜんぶ私を動かす力になる!



「それじゃあ2曲目、『Don’t Get Into a Groove』!」






   ○




   【White】




「いや――すごいライブだったね」



 人の波に押し流されるようにして外に出た私たちの感情は、リサさんの呟きに集約されていた。

 すごい。

 それ以上に言葉が出てこない。



「カッコよかったわね、明日架」

「ほんっとうに!」

「私、あまり音楽とか、詳しくないんだけど――とっても楽しかったわ」



 香苗さんのこんなにエネルギッシュな顔をはじめて見た。

 私は大和から「おつかい」を頼まれていた、ライブ限定の物販CDの入った袋を手に注意深く握りながら、額の汗を拭った。なんで私が汗をかいているんだろう?



「ひばりさん、凄かったですね!」



 リサさんははしゃぎながら、ひばりさんの手を取った。けれど、ひばりさんは――



「うん……凄かった。そうだね」



 という、相変わらずの静かな笑みを崩さなかった。



「あまり楽しめなかった?」



 香苗さんが言う。



「ううん、そんなことない。楽しめたよ。もちろん」

「最後の曲なんか、ひばりさんに向けて! って、感じの歌詞でしたよね。確か――」

「『Gradation』でしたっけ?」

「そうそう、そんな感じ。パンフレットとかCDとかにも、封入されてないんだよね。ライブでしか聞けない限定曲って感じなのかな?」

「でもあの曲、演奏がちょっと乱れてたわね」

「もう、香苗さん、ライブの醍醐味ってそういうとこじゃないですか、そういうとこ! よくわかんないですけど、アイドルのライブとかでもそういうものなんでしょ?」

「私、よく分からないわ。でも、明日架が必死に歌っているのが凄く、印象に残った……」すると彼女は遠い眼をして、すっかり暗くなった夜空を見上げて、「明日架って、そういえば、ああいう子だったわよね。真っ直ぐで、でも向こう見ずで……必死に自分で抑えつけているけれど、ほんとうは誰よりも感情の起伏が激しいの。誰よりも怒るし、誰よりも笑うし、誰よりも泣きたい子。でも、それが出来ない」



 ひばりさんはじっと、黙り込んでいる。



「ごめんなさいね、貴女の前で、こんな話をして。でも、このなかじゃ、明日架との付き合いは長い方なの。あの子のこと、それなりに分かってるつもりよ」

「ええ――」

「でも、私よりも明日架のことを分かっている子が、ひとりだけいるわ」







 ほら、と目配せした先。

 観客たちの出入り口とは別の、関係者用の出入り口の小さな扉から飛び出してきた、いつもの魔法少女の衣装とは違う、ぎらぎらした衣装に身を包んだ少女。彼女は、汗で乱れた髪の毛や、流れ落ちたメイクも、服のしわも、ぜんぶ気にせずにこちらへ歩み寄って来て――その歩調は次第に速くなって、だんだん小走りになって……

 そのまま、ひばりさんに飛び込むように抱擁した。







「ありがとう……!」

「頑張ったよ、私……ひばり……!」



 きつく抱き合い、涙を流しながら、笑い合うふたりを見て……

 私とリサさん、香苗さんはそっと目配せして、帰り道の駅のほうへと歩き出した。






   ○




   【Blue】





「ひばり、私、やめなかったよ……約束、守ったよ……!

「ごめんなさい、遅くなって。でもほんとうによかった、また会えて、また聴けて。貴女の歌は、こんなに、素晴らしいものになっていたのね」

「当然。だって――仲間が、一緒だから」

「いっぱい、いっぱい聴かせてちょうだい。貴女の歌と、それから――」

「うん、うん。これから、いっぱい、いっぱい話すから。これからもいっぱい歌うから……」



 だから、今は、今だけは。

 三年分のぜんぶを、ひばりの胸の中でさらけ出したかった。



 夜の風がさっと吹いていく。

 私の涙も、汗も、身体の熱も奪い去っていく。

 それでも、私の興奮と熱量は冷めることはない。今夜は忘れられない、大切な、素晴らしい夜になる。



「でも今は、こうして、いさせて……!」

「おつかれさま――素晴らしかったよ!」

「うわああん……うわああああ……!」



 枯れた声でみっともなく漏れる嗚咽は、今夜のどんな歌よりも、ずっとずっと――――


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