真夏の夜の夢のような戦い-3
【White】
もう何も考えない。
ただただ、目の前にあるものを斬るだけ。
私の手で怪物が悲鳴を上げて崩れ、血を流し、ばらばらになって倒れていく。
「翼には悪いけど――」
お父さんにはこんな姿見せられない。
「こんなに楽しい時間、誰かに邪魔されてたまるか」
○
【Blue】
「さて、どうしようかしら明日架。あんなに大きなグローパーは今まで戦ったことがないわ」
ひばりは三年前と何も変わってない。
いつもぼんやりして、マイペースで、自分の考えがいつだって一番正しいと思っている。おっとりしているようで実はとても強引で、こうと決めたら曲げない。でも、それを隠そうともしないので嫌みったらしさが無くて、正直できれいな人に見える。
初対面の時――
私のへたくそな路上ライブに立ち止まって耳を傾けてくれた時から、この子は何も変わっていない。透明で、堅固で、冷静に見えるけど、実は美しい。
『氷』の魔法が彼女から現れたのも、すんなりと納得できる。
ドラゴンは今か、今かと私たちに牙をむいて、あと数秒後には襲い掛かって来そうだ。
「どうしようかな」
私の銃では、あの堅い鱗を貫けない。
振り下ろされる前肢――ひばりが薙刀を斜めに切り上げると、そこから巨大な氷柱が立ち上がり、腕を凍り付かせて動きを止める。ドラゴンは大きく口を開いた――その奥には燃え滾るような炎が見える。
「ひばりッ」
うなずくのも見ず、返事も聞かず、私は氷柱を蹴って上空へ跳ぶ。そんなことをいちいち確認する必要はないのだ。グローパーの視線が私を捉え、大きな口を開いたまま、燃え盛る黒く巨大な塊を吐き出そうとする。その、どこまでも奥へつながっていそうな顎を、十本以上の氷の杭が貫いた。
グローパーが戸惑うように首を二、三度もたげる。
氷の杭がつっかえになって、口が閉じるのを封じる。けれど、すぐにもうもうと白い煙を上げながら、氷の杭は蒸発し始めた。ものすごい高熱だ。けれど、私に必要な時間を稼ぐのには、充分すぎるほどだった。
銃を構え、魔力を銃口へ集中させる。青い光が集まって、バチバチと火花を散らす。狙うのは――大きく開いた口の中だ。
「行けッ!」
引き金を引く。
光の弾丸は、寸分の狂いもなく口の中へ吸い込まれて、グローパーの喉の奥、体内で電気と共に炸裂した。凄まじい感電の衝撃で、ドラゴンの身体が大きく震え、身体が罅割れる。
「やった……?」
「いえ、まだよ」着地した私のすぐ横を、ひばりが駆け抜けていく。「たぶんね、推測だけど――あのグローパーは、いくつも魂を持っているんだと思うの」
「え?」
「ひとつのグローパーにひとつの魂があるのだとしたら、あれはそれをさらに寄せ集めた物の怪。だから、いくら倒しても倒れない。いくら殺しても、死なない」
ドラゴンの腹が内側から大きく裂けた。
すると、中から黒い血液がどぽっと重たい音を立てて落ち、同時に、巨大な肢が生えてきた。新たに四本、全部で八本。大きく身をもたげ、翼を広げて咆哮する。
「じゃあ、あれは――グローパーの集合体?」
複数のグローパーを混ぜ合わせ、組み合わせ、あれだけ巨大なイキモノへ仕立て上げる。
そんなことが可能なのか?
だとしたら、誰が――どうやって? それともグローパー同士、自然に起こった現象なのだろうか?
「でも、それって、つまりさ、」その声は後ろから、赤くまばゆい光と共に降り注いだ。「いつかは倒せるってことだよね? だって、そこに生きているんだから。そうでしょ?」
「そう。その通り」
翼は、真っ赤に光る剣を両手で構え、私のすぐ隣に立った。
グローパーが大きく咆哮する。眩しい、と叫んでいるかのようだった。
「明日架、ひばりさん――力を貸して」
「さっきの明日架の攻撃から、突破口が見えた気がするわ」
「突破口?」
「見て――あの鱗を」
グローパーの鱗。
私の銃弾を弾き飛ばすほど、堅くて強い外皮。その隙間からは、岩から染み出てくる水のようにダラダラと黒い血が流れて――黒い血?
「体内に攻撃を与えたことで、鱗が内側から叩かれて剥がれ落ちそうになっているわ。あれをもう一度やれば、鱗は剥がれ――竜の身体が剥き出しになる」
「なるほど。そこを、僕が攻撃すればいいんだね!」
「私が動きを止める。明日架、貴女がもう一度、あの竜の身体の中に攻撃するのよ。出来れば、さっきよりもずっと強い力で。――できるわよね?」
冷たい笑みだった。
ひばり――ほんとうに、
「何も変わってない」
「貴女は変わったわ。とても――」
「そうかな?」銃を折り畳み、背中に背負った。「ひばり、あいつの動きを止めるなら――あいつの身体に穴を開けられる? 一瞬だけでいいから」
「ええ、容易いこと」
「どうするつもりなのさ、明日架」
「翼、最後のトドメは、あんたに譲ってあげるから――確実に決めてよね」
「……うん、もちろん」
翼が切っ先を天に掲げると――
赤い光はますます強くなり、そこに天にそびえ立つ、真っ赤な柱がそびえ立ったようだった。
「ひばり、お願い!」
地面を蹴り、走り出す。
グローパーが咆哮する。
ひばりが薙刀を低く、横一文字に振るうと、猛烈な地吹雪が私の背中を押した。それはアスファルトを一瞬で凍り付かせ、スケートリンクみたいにしてしまう。グローパーは肢をとられ、そこから這い上がってくる氷に身体を一瞬で覆われてしまう。やがて完全に身体をうっすらと白い氷の膜が覆ったとき、そいつは完全に動かなくなった。
どすっと、グローパーの脳天に、細くて鋭い氷の槍が突き刺さる。
足を氷にとられないよう、注意深く地面を蹴り、その槍を掴んだ。
『氷』はもともとは水。
そして水は、電気を良く通すのだ。
素手で掴んだ氷から、私の力を、直接注ぎ込む!
「ッ!」
落雷のような衝撃。
思わず私自身も、弾き飛ばされてしまう。グローパーの体内に迸った電撃は、一瞬でその身体を黒焦げにして、体表を覆っていた氷すら瞬時に蒸発させてしまう。
鱗がぼろぼろと音を立てて崩れ落ちた。
苦しそうにグローパーが咆哮する。
「翼――――っ!」
返事はなかった。
ただ、目の前が真っ赤に染まった。
それは朝日の光だったのか、それとも――――――――




